16 騎士は、迷う
「何か用かしら?」
カツンッとハイヒールの音が響く。
地下牢の檻の向こうに、銀色の狼のような冷たい瞳をしたカイラス国の王子が幽閉されていた。
その右足が目に入り、私は思わず顔を背ける。
爆破の衝撃も生々しく、肉も露わに太ももより下が欠けている。
この女が、ウンディーネ国のわがまま姫か•••随分甘やかされてきたと聞いているが•••反吐が出る•••
「•••オレはやっていない•••薬物をこの国に持ち込んだこともなければ、あの酒場を爆破したのもオレではない。」
切長のブラウンの瞳が、睨みつけるようにこちらを見据え訴える。怖い•••
父上が私に優しいからと、私を取り込もうとしてるんだろうけど、、、
「あいにく私は、あなたにも政治にもまったく興味がないの。あなたの言ってることが嘘だろうと本当だろうと、私にとってはどちらでも良いことだわ。」
目の前の男は、手首に繋がれた鎖をジャラジャラと引き摺りながら叫ぶ。
「なっ!!•••人が•••人が•••あれだけ死んでいるんだぞ•••」
フェンリルさまの稽古が始まってしまう•••こんなことに時間を取られたくないのに•••
小首を傾けた瞬間、一筋の薄桃色の髪が頬にハラリとかかる。水色のドレスを身に纏い、この国の王女は、もう飽きたと言わんばかりの顔で問いかける。
「カイラス国エドゥアルト王子、用件はそれだけでしょうか。私、忙しいので失礼しますわ。カイル、馬車を用意させなさい。」
目前の男が、鎖ごとその両手を床に振り下ろす。地響きのような不気味な音だけが、こだまのように地下牢に響いた。
なんて獰猛な男なの!そう言えば•••あの鎖には特殊な加工が施されていて、彼の国の王族がもつ何かしらの能力が封印されるとカイルが言ってたわね。何の能力って言ってたかしら?覚えてないわ•••
「行くわよ、カイル」
シャンリゼの花を模したマゼンタ色の耳飾りを揺らし、ドレスの裾を翻すように馬車に向かう。地下から聞こえる凄まじい叫び声に思わず顔をしかめる。
「姫さま、オレはあの王子がまるっきり嘘をついているとは思えない。リリア様もあの王子は無関係だと証言している。せめてあの王子の話はきちんと聞くべきだ。」
「取り調べでわかるでしょ。今私はそんなことに時間を取られたくないのよ!」
———————————-
「グヴァァ••••」
男のうめき声で意識が戻る。今、私、ゲームの場面を思い出していたんだわ•••
目の前にメガネの男•••なぜ刺されてるの?••誰が刺したの?? ••店の灯がその銀の髪色に反射し、エドゥアルト王子の姿を映す。
エドゥアルト王子•••王子は、縄が解かれ自由になったその腕で、すぐさま落ちていた剣を拾い、カイルを傷つけたメガネの男の急所を突き刺したんだ••
!? そうだ!?カイル!?カイルは?••••
「カイル•••」
カイルは、肩から血を流し息も絶え絶えに、床にうずくまり倒れていた•••もの凄い血の量だ。
「カイル‼︎ カイル‼︎•••」
カイルの頬に、手を当て呼びかける。こんなところで、、いやだ、カイルを失いたくない!! 私は、つい先ほどまで、エドゥアルト王子の無事な姿を見て安心していた•••良かった•••ゲームのシナリオは変わった•••と。でも•••なぜ?どうして?私はまた間違えてしまったの??•••今にも涙が溢れそうな自分を叱咤する。ここで泣くのはきっと違う。でも•••
するとカイルがゆっくりと目を開けその金の瞳に、私の無様な姿を映した。乱れた息を整えつつ、かすかな声で話す。
「オレは大丈夫だから•••あんたが無事で良かった•••」
「カイル•••」
苦しい••••もう何もかもどうだっていい•••カイルさえ無事なら•••
そんな想いが胸をよぎりそうになった時、上から冷静な声が降る。
「早く止血をした方がいい」
見上げると、エドゥアルト王子が自らのフードを剣で切り裂き、細長い布にし始めた。
その時だ、、
「おーい、こっちだ!」
遠くの方からガヤガヤと、大勢の人の声や馬の蹄の音などが聞こえてくる。我が国の騎士団だろう。
エドゥアルト王子は、窓の方に目を向けた後、止血用の布を私の方へ投げた。
「騎士殿、先ほどは感謝する。」
そして••••血がついたままの剣に手をかけたかと思うと、勢いよく振り下ろした!
!?
音を立てて振り下ろされた剣は、拘束されたまま近くに座っていた金髪の男の縄を瞬時に断ち切る。
「ラッセン、行くぞ。」
「もっと穏便にできないもんかねえ。」
ラッセンと呼ばれた男は、呑気な声で嘆いた。人懐っこそうな声の主は、王子の従者なのだろうか。二人並び立つと背が高いので、かなりの威圧感がある。
エドゥアルト王子は、フードを脱ぎ捨てた。フードの中は、色味はブラウンと地味だが、一目で上質な生地と分かる仕立ての良い服を纏っていた。
「時間がない。大勢の足音が聞こえる。」
エドゥアルト王子が今にも外に飛び出しそうなのを、ラッセンと呼ばれる男は追いかけていく。
そして一度振り返るとこちらに向かって大声をあげた。
「騎士さん、助かったよ!」
そして、あっと思う間も無く、二人の姿は外の闇の中へと消えてしまった。
追いかけなければ!と思うのに身体が動かない•••今、カイルの側を離れたくない•••カイルは、途切れ途切れの声で••••一生懸命私に何か伝えようとしている••••
「ア•••ル•••、追いかけるんだ、、ッッウッ•••ハァハァ•••戦を止め•••るんだ•••」
カイルの首筋に汗が滴り、とても苦しそうだ•••
こんな状態のカイルを残しては行けない!でも!•••
私がその場で動けないでいると、一人の女性がこちらを伺うように声をかけてきた。最初はおずおずとした様子で•••私が耳を傾けているのを見てとると、少しずつキッパリとした声で•••
「あ、あの!事情はよく分かりませんが•••この男性のことは私が見ています•••もうすぐで騎士団も到着すると思いますし•••騎士さまは、先ほどの方達を追いかけなければいけないんですよね?」
リリアだ!
私はカイルを見る。カイルは揺らぎのない眼差しで、その金の瞳を私に向けている。
私は、今できる最高の笑顔をカイルに見せた。きっと涙でぐしゃぐしゃでブサイクな顔なんだろうけども••••
「カイル•••必ず戻ってくるから!」
カイルはクシャッとした笑顔で「ああ」とだけ言った。とても優しい声音で。
私は、窓の向こうを見据え立ち上がると、リリアに礼を伝える。
「ありがとう。あなたがいてくれて良かった!」
リリアは、オレンジ色の瞳を見開き、耳と頬を赤く染め、コクンッと頷いた。
今度こそ•••私は私のできることを!!!
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