13 蒼の満月
アーシャは空を見上げ想う。
わが国の暦で、20年に1度だけ来る「蒼の満月」、
その日も今日のような、煌(キラ)めくような雲ひとつない空だったのかしら。
◇◇◇
アーシャとカイルが酒場の裏の茂みに馬を繋ぎ、店内の入口に回り込んだ時、すでにごろつきが1人、見張りに立っていた。
しまった!遅くなってしまった、、、早めに出てきたのに、、、、
騎士が思った以上に、街のいたるところにいて、時間をとられてしまった、、
もうゲームは、既に始まっているんだ!!
見張りの男が、騎士の姿をしたアーシャに気づく。
こちらへ何事か叫び向かってくる男の足に、カイルがナイフを命中させた。
すかさず私が、見張りの首を背後から叩き、気絶させる。
誰かに気付かれたかしら?
辺りの気配を窺うが、どうやら大丈夫なようだ。
カイルは、私の護衛としての役割も果たしてくれているから、それなりに強い。
「カイル、ありがとう。」
「あんたが無事なら」
いつも通りの声に、焦っていた心が少しホッとする。
「ありがとう•••あと、アル、よ。間違えないで! ここからは私はアーシャ姫ではなく、騎士アル、だから。」
カイルはその美しい金の目を細めてこちらを見て頷いた。
「アル、、、姫さまらしい安直な名前だな•••まあ、ここまで来たら仕方ない。無理だけはしないでくれ。」
「カイルもね。」
中の様子を伺うと、ちょうど、手に爆弾を持った若い男が、女性を人質にとり、店内の他の客は全員縄で縛られているところだった。
かなり凄まじい光景だ。
「爆弾? やはりここは、騎士団に任せた方が、、、」
「ううん、それはダメ!床にばら蒔かれている葉が見えるでしょう?あれは禁止薬物で、カイラス国で採れるものだから••••そしてこの場にはカイラス国の王子がいる。
どんなに王子は無関係だと私が言ったところで、説得できる保障はないし、何より彼はこの国に密入国している•••」
カイルは、フウッと息を吐き、アーシャを見る。前を見据え、強い意志を宿した眼差しの彼女を。
「こうなったらオレはもう、何があってもあんたについていきますよ。」
金色に輝く瞳が、ただアーシャだけを映す。
その透き通った眼差しに、吸い込まれそうになる。
カイルは昔からこうだった。
必要な時にはいつだってこうして手を差し伸べてくれた。
「カイル、ありがとう、、、私はあなたに甘えてばかりね、、、」
そう言いながらふとアーシャの視線は、ある一点に吸い寄せられていた。
人質になっている彼女、、、、
「蒼き騎士たちと聖女」のヒロイン、、、、リリアだ!
怯えた様子の彼女に胸が痛い。
本当にゲーム通りの可愛らしい容姿だ。
この後、彼女は悲劇の中で聖女となる。
でも、悲劇なんかなくても聖女になれる!
一刻も早く、、、彼女を、リリアを助けなければ!
◇◇◇
そう、リリアは聖女になる。
わが国では、20年に一度、蒼の年が訪れる。その年の蒼の月の満月は、青く光ると言う。
そして蒼の満月に生まれた子どもたちが16歳になった年、その中から聖女は選ばれる。
特別な能力を持つからではない。
「青の石の守り手」である私たち王族の代わりに、神殿に務めるサポート的な役割だ。
ゲームの設定では、リリアの家は借金を抱えていた。
もし聖女になることが分かれば、借金の返済を待ってもらえるから、情報屋に会いにきたのだろう•••
目前の状況を整理していると、カイルがポツリと呟いた。
「あれがカイラス国の第一王子、、」
視線の先を追うと、確かにひときわ目立つ体格の良い銀髪の男性がいた。後ろ手で手首、両足ともに縄で縛られている。
戦闘の凄まじさを感じさせる血しぶきを浴びてはいるが、少し切長の涼しげな目元に整った顔立ち。
荒んだ光景の中でただ1人、色気さえ漂わせるさまは、なるほどさすが第一攻略対象者、などと変な感心をしてしまう。
だが、このままだと彼は、爆発で片足を失い、わが国の騎士たちに捕らえられ、幽閉される。
この場にも大量の死者がでた。
運良く無事に保護され聖女となったヒロイン、リリアは、ただ1人王子の無実を信じ、彼との愛を深めていく、というのが彼のルートだ。
私はと言えば、王子の幽閉を口実に、隣国との戦が起こり、その戦の中で殺される•••
ん?
えッ?
私、何もしてないんですけど???
あ、でも、恋愛にかまけて、ヒロインの言うことをガン無視して、あろうことか面倒くさい扱いしてたかも!?
やっぱり自業自得だ、、、、
そこまで考え、その先へと思考を巡らせようとすると、突然胸の奥が絞られるような底が見えない恐怖に囚われた。
戦争、
そして死、、
今、それが単なるゲームではなく、現実のものとして迫っている。
知らない間に、身体が震えていたのだろう。
カイルが私を心配そうに見つめ、そっと手を握ってくれた。
暖かくて大きな男の人の手だ。
「こんなことに巻き込んでごめんね。」
何とか声を絞り出してそう告げる。
カイルはもう一つの手も添えて、私の手をスッポリと両手で包み込むと、優しい目で私を見た。
「オレはあんたに、そんな顔をさせたくてついてきたんじゃない、、、、もしあんたが不安なら、オレがあんたのその不安ごと守る。」
従者、としてではなく、カイル本人として言ってくれたんだと信じられた。
カイルの手の暖かさと真っ直ぐと自分を見つめる視線に、こんな時なのに泣きそうになる。
本当は•••記憶を思い出してから、ずっと心細かった•••
何で私はこの世界にいるのだろう•••
どうして、何のために生きてるの?
この世界でたった1人かもしれない、という孤独•••
でも、違う。
私は今、大切な人たちがそばにいることにちゃんと気づけてる!
目の前を今一度しっかりと見据える。
カイルは口では冷たいことも言うけど、なんだかんだ言っても結局最後は私のことをいつも守ってくれた。カイルの言葉が、存在が、私を勇気づけてくれる。
私は、「わたし」をもう一度だけ信じてみよう••••
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