3 蒼き騎士は青の国に君臨す

ウンディーネ国は、豊富な水と青い石、

そして何より騎士たちが守る国。


青の石の変化は、神官ハムルを通じてすぐに王城へ伝えられた。


「ハムル、このことは外には漏らすな。アーシャやカイルにも口外しないよう言っておこう。」


年齢の割に若く見えるこの美貌の主は、アーシャの父、ルイス王である。決して威圧的ではないが、その佇まいや威厳にはある種のカリスマ性があった。


赤茶色の髪と瞳の色素をそのまま薄くしていくと、ちょうどアーシャ姫の薄桃色の髪と瞳の色になるだろうか。


「かしこまりました。ただ、息子のフェンリルはすでに色の変化に今朝方気づいてしまったようですが」


そう答えた神官ハムルの腕に煌(きら)めくクリスタルの装飾具は、まるでこの場を照らしているかのように、光を放っていた。


「フェンリルか? まあ、フェンリルなら大丈夫だろう。

それよりもシルヴィオ、話は聞いていたな。」


美しい青色に染め抜かれた騎士のマントをまとった体格の良い男が、一歩前に進み出て、王の前に跪く。


「ハッ」


騎士団長である彼は、根っからの陽気さと面倒見のよさで、団員たちからも慕われている。


年若くして騎士団長になった彼は、ルイス王の信頼も厚い。


少しウェーブがかった柔らかそうな金髪は、彼のエメラルドグリーンの瞳によく似合う。



「何も起きないかもしれない。だが、何か起きるかもしれない。念のため•••だ」


ルイスの言葉にシルヴィオは問いかける。


「では、アーシャ姫の護衛の数も念のため増やしますか?」


騎士団長である彼は、アーシャを城内で見かけることはあっても、直接会話を交わす機会はこれまでほとんどなかった。


だが、今後、視察などの機会が増えるにつれ接触の機会も増えるだろう。今回のことは良い機会だ、と捉えていた。


ルイス王は、シルヴィオのまっすぐな視線を受け止めつつ、その端正な顔にわずかな笑みを浮かべ答えた。


「アーシャが城内にいる限りは、まだ大丈夫だろう。カイルもついているからね。ああ見えてもカイルの腕は確かだ。ただ、現状に変化が見られたときはまた考えよう。」




この時••••ルイス王は知らなかったのだ•••アーシャ姫が今、まさに城の外へ出ようと画策していることを!!




ルイス王の指示の下、街の人がパニックになるのを防ぐため、しばらくは目立たぬように、騎士団による国の警備体勢が強化されることが決まった。


神官のハムル、騎士団長のシルヴィオがそれぞれの役割に戻った後、ルイスは、その知性を窺わせるような深い赤茶色の瞳を閉じしばし物思いに耽る。


本当に何かが起きるのだろうか?


だが、確かにこの青の石には不思議な力がある。


その時ルイスが思い出していたのは、

アーシャに14歳の時に言い交わした会話だった。


「アーシャ、この青い石でできたネックレスを、お前の王女お披露目式の時に贈ろう。この石は王家の血筋の者が身につけると、『蒼き騎士』を見つける助けとなってくれるのだ。」


『蒼き騎士』とは、青の石の守り手である王家の者を護る6人の騎士。


現在、国王ルイスの元に2人の蒼き騎士がいる。


「騎士」と付いているが、騎士団に所属する騎士とは限らない。


王個人を生涯かけて支える立場の者であれば、歴代の蒼き騎士の中には宰相もいれば軍師もいた。


王個人へ忠誠を誓い、また、王の危機の時にはその側で1番に王を護る権利を与えられる。


国中で認められている名誉の称号だ。


薄桃色の目を輝かせ、アーシャは王である父に尋ねる。


「父上、蒼き騎士は私が気に入った者であれば誰でもよろしいのですか?」



「もしそうであれば、私はもっと蒼き騎士を従えてたよ。それに、蒼き騎士とは、相手が心からの忠誠を誓うだけでもダメだ。」


ルイス王は、目を輝かせ自分の話に耳を傾ける娘に対し、笑いながら楽しそうに答えた。彼女の豊かな髪をなでて娘の反応を楽しむ。


自分が望むだけでも、相手が誓うだけでもダメなら、どうやって選ぶのだろう••••


ルイスは娘の疑問に応えるように話を続ける。


「アーシャ、『蒼き騎士』は、青の石が認めた者しかなれないのだ。お前へ心から忠誠を誓う者が現れ、その者を青き石が認めた時にのみ、その石が光る。

そして、石が認めた者のみが、その石でできた剣を持つことができる。そのために、お前にネックレスを贈るのだよ。」


「ネックレスが••••教えてくれる?」


「ああ、そうだ。」



「私、『蒼き騎士』の一人目は、カイルが良かったのに。」


「まあ、待て。そう急ぐでない。確かにカイルの頭の良さはお前の力になってくれるだろう。

だが、青の石はまだ誰も選んでいない。」



アーシャにとことん甘いこの王は、キラキラした目で自分を見つめる王女の姿に、つい頬が緩みそうになりながら


「そうだな•••まずはカイル自身が承諾すればの話だが•••お前の騎士ではなく、従者についてもらうのはどうだろうか? カイル自身も、そしてもちろんお前も、まだまだ学ぶことがたくさんあるのだから」

と言い聞かせるのだった。


◇◇◇


アーシャは今年16歳になった。


いよいよ来月は王女お披露目式が控えている。


美しく育ったアーシャのもとには、縁談の話も舞い込んではいるが、ウンディーネ国では、王族の伴侶と同等もしくはそれ以上に、『蒼の騎士』の存在が重要視されている。


ルイスは、重いまぶたを開け窓の外に輝く満月を見た。


アーシャには、お披露目式の日に初めて青の石のネックレスが贈られる。そしてその日、アーシャは、青の石で作られた騎士の剣の秘密を知ることになるだろう•••


「この青の石はまるで生きているかのように、どこまでもこの国を守ろうとしてくれているかのようだ。」


ルイスの声は、夜の中にかき消されていった。

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