237.ご当主からの依頼
朝、早起きして大学の近くにある高級パン屋に行き、ベーグルとマフィンを数種類ずついくつか買う。
神薙家へのお土産だ。
朝早いから開いているお店は限られるから仕方がない。
いつもどおり、裏口からご挨拶。
「恢斗、あなたねぇ……」
いいんだよ。こっちからのほうが落ち着くからな。
お土産を瑞葵に渡すと、
「あら、ここのマフィンは大学でもよく頂いていますわ」
知っているようだな。まあ、大学の近くだから知っていてもおかしくないか。
いつもの座敷に案内され、草団子をお茶うけにお茶を飲んでいると神薙ご当主が登場。
瑞葵はどらちゃんにかりんを紹介しながら、モフモフを堪能している。
「久しぶりだな。いろいろと活躍しているそうじゃないか」
「それが、ご当主の役に立っているならいいのだが」
「十分に役に立っている。これからも励みたまえ」
どのことを言っているのかは知らないが、まあいいだろう。
「今日来てもらった件だが、急ぎで治療を頼みたい」
「急ぎ?」
「急ぎだ。来月行われる秋華賞に出走する予定の馬が訓練中に故障した。その治療を頼みたい」
馬かよ!? まあ、馬でもGⅠを狙っている馬なら仕方がないのか? 聞けば、秋華賞からエリザベス女王杯制覇を狙っていた馬らしい。
馬主が神薙ご当主の友人らしく、神薙ご当主も出資しているそうだ。久しぶりGⅠを狙えると思っていた矢先の故障らしい。
「君さえよければすぐにでも向かいたい」
「近くなのか?」
「千葉だ」
高速を使えばすぐだな。
「問題ない」
よし、出発だ。
「その前にだ」
座敷に入ってきたときに持っていた木箱を座卓の上に置く。
またやる気か? ならば、受けて立とうじゃないか。
白手袋を出して装着。今日はマスクもしよう。
「南宋、龍泉窯の飛青磁花壺だ」
「お父様も懲りませんわね」
本当だな。金持ちの道楽なんだろうが、その金額が庶民には理解できない。騙され具合がな。
「拝見します」
見た目は綺麗な青磁だ。だが綺麗すぎないか? これはヤバい雰囲気……。
「まあ、そのう……」
「恢斗、気にすることはありませんわ。介錯して差し上げなさい!」
神薙ご当主の目が泳いでいる。額にも汗が滲んでいる。
「康津高麗青磁窯の飛青磁花壺、百二十万」
「ぐはっ……」
「悪は滅びるのですわ」
俺には見える。吐血し血の涙を流し打ちひしがれる神薙ご当主の姿が……。俺のせいじゃないけど、なんか悪い気がしてしまう。
後で瑞葵に聞いたが二千万で購入したものなのだそうだ……憐れ。
神薙家の車に乗って一時間半、競走馬のトレーニングセンターに着いた。
かりんは連れていくと馬が驚くと困るということで、かりんは瑞葵とお留守番。瑞葵は馬には興味がないそうで行かない。モフモフじゃないからか?
移動中、車の中で神薙ご当主に聞いたが屈腱炎という怪我なんだそうだ。一度なると完治し難い怪我らしい。競馬にはまったく興味がないので、まったく知らん。まあ、アンクーシャなら問題なく完治させることができる。
馬の所に行くと壮年の男性が待っていた。この馬の馬主で神薙ご当主の友人で有名な実業家……らしい、知らん。
「その子が言っていた子か? 幸作」
「そうだ。
「若いな。本当に治せるのか?」
「どうだね? 風速くん」
「まずは見てみよう」
馬の前に行き、足元を見る。右前脚にコルセットのようなものが装着されている。
鑑定で見ると怪我中度と出た。プチ鑑定だからか怪我の名前まではわからない。馬全体を鑑定すると、体調不良、ストレス状態と出ている。
まあ、問題ないだろう。
「治療していいか?」
神薙ご当主が馬主の幹さんに目で問うと、幹さんが頷いた。
「やってくれたまえ」
アンクーシャを出して右前脚に、そして全身にも回復をかける。鑑定で再度確認するが、右前脚には何も出てこない。ほかの脚なども一応確認するが問題ないし。馬自体も健康、高揚状態と出ている。
「終わったぞ」
「治ったのかね?」
「なんだか少しイレ込んでいるように見えるが?」
「この治療を行うと、気分が高揚する。おそらく、脚が治ったことがわかって走りたいのだろう」
体調不良で体重は落ちているかもしれないが、それ以外はベストの状態にある。この状態でGⅠを走れば優勝は間違いないだろうな。
「本当に治ったのかね?」
「治ったと言っている。あとは医者にでも確認させろ」
「……」
すぐに帰れると思っていたのに、貴賓室らしき部屋に案内されお茶を飲んでいる。チーズケーキ付きだ、意外と美味い。
馬の精密検査が行われているようだ。正直、俺には関係ないので帰らせてほしい。
神薙ご当主と馬主の幹さんは横で、GⅠについての話で盛り上がっている。
そこに初老の男性がノックして入ってきた。
「信じられません! 完治しています! ぜひ、検体として解剖させていただきたい!」
だいぶ、イレ込んでいるな。トレーニング場を一周走ってきたらいいんじゃないか? 落ち着くと思うぞ?
「問題ないのだね?」
「はい。万全と言っていいほどの状態ですな。今すぐにでもレースに出せる状態と言っていい。今から軽く一周ウィンドスプリントさせてみますよ」
「わかった見よう」
「うむ」
えぇー、マジでぇ。
帰りたいんですけどー。
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