餅を狩る話

りっとく

餅を狩る話

 餅が食べたいわ、それも新鮮なやつをね、などと妻がかわいこぶって言う。去年は店売りの餅で我慢してもらったが、新鮮なやつと指定されては仕方がなく、友人を誘って狩りに出た。

「今年の餅は例年より小さい傾向らしい。代わりに群れが多いと聞いたよ」

「捕まえるのは楽そうだな」

 友人は「油断しちゃいけない、餅は小さいほど素早いから」と真面目に忠告をしてきたが、五年前に村総出で捕らえた巨大餅ほど大変なことはないだろうと言うと、そりゃそうだと苦笑いした。


 しばらく山道を歩くとやがて餅の生息域にたどり着く。ちょうど親子らしき餅が川の水を飲んでいるのが見えた。

「ここいらでいいか」

 持ってきた道具で焚き火を起こし、鉄板を渡して醤油を垂らす。焚き火から目を離さないようにしながらそっと草陰に隠れれば、匂いにつられた餅たちがむにむにと近寄ってきた。

「確かにあまり大きくないな」

「でもツヤはいいんじゃないか」

 ひそひそ話しながら餅を観察する。

 焦がし醤油に気を取られている個体を確認し、そろりそろり、草と木々の合間を移動して背後へ。友人と目線を合わせて頷きひとつ、網をえいやと投げてやる。

「よしっ、入った」

 途端、網の外の餅たちがほうぼうに逃げていく。これで醤油は警戒されて使えなくなった。


「三個か。ちょっと物足りないな」

「餡子は?」

「あるぞ、つぶもこしも」

「いいね。確かきなこも去年の残りがまだあったはず」

「そんならもう五、六個は捕まえられそうだ」


 結局、合計十個の餅を捕獲することに成功した。

 友人と五個ずつ分けるつもりでいたが「奥さんと食べるなら君が多めに持っていけ」と言うので、こちらが六もらった。


 家に帰ると妻が鍋をかき回していた。

「おい、餅とれたぞ」

「お疲れ様。ちょうどよかった、こっちの準備もできたところ」

 餅をふたつずつ椀に入れ、煮えた汁を注ぐ。

 妻の雑煮は少し塩辛く、それが活きのいい餅と合わせることでぴったりと調和するのだ。これを知っているからついわがままも聞いてしまう。

「お前の希望通り新鮮だから、喉に詰まらせるなよ」

「はあーい」

 妻はまたかわいこぶっている。実際にかわいいなと思ってしまったので、餅狩りで疲れているのやもしれない。やれやれと腰を落ち着かせると、雑煮の椀と茶が置かれる。うん、正月だな、と思った。


「今年もよろしくね」

「こちらこそ」

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