第3章(6)
両の脚に力を入れ、斜め上方めがけて跳ねる。
身体が浮き上がり、数メートル先にゆっくり降下する。
それを繰り返し、桜子は遅々と歩みを進めていた。
背中と両脇に四人の子どもを抱えながら移動しているのだ。それを遂行できているのは、桜子の浮力あればこそと言えるだろう。
桜子の眼前に、上り階段が現れる。
ここを上れば、出入り口のあるフロアへ戻ることができるはずだ。
しかし四人を抱えて上るには、いくら桜子と言えど骨が折れる。そう考え始めると、ふつふつと子どもたちへの興味が再び湧き上がって来る。
――幸い、他の三人の目もない。ここで一度休憩を挟んで、少しだけ、内側を覗いてみるのはどうだろうか。
渇望とも言えるその欲求を反芻し、桜子は「ふふふ」と笑みをこぼす。
――やはり、これは嗜癖だ。
迷っている風を装っているが、その実はすでに迷ってなどいない。いつの間にか思考は「どのようにしてうまくやるか」ばかりをなぞっている。
どうすれば三人の目をごまかせるか。
どうすれば野沢を出し抜けるか。
そもそも隠す必要などあるのか――いずれにしても、これが終われば収監生活が続くのだ。
「ふふ。ははは」
目を見開き、乾いた笑いを漏らす。
そのとき、階上から凄まじい勢いで転がり落ちてきたものがある。それは踊り場の壁にぶつかって止まり、うねうねとのたうった。
ぬめりを帯びた肌色の塊。
――サカナ。
桜子の笑みが大きくなる。
「はははははっ」
そのまま助走をつけ、サカナに蹴りを見舞った。
サッカーのフリーキックさながらに、サカナは階段の上まで飛んでいく。
「礼を言う。お前のおかげで、新たな罪を重ねずに済んだ」
サカナが耳障りな声で鳴く。それはどこか金属音めいている。
先ほどまでのペースとは打って変わり、桜子は一跳びで階段の最上段へと至った。
そして子どもたちを一度降ろす。
サカナの出現に驚いたのか、それとも階段を上る桜子の勢いに怯えたのか、子どもたちは――意識のない一名を除いて――身を固くしている。
サカナの方へ向き直ろうとした桜子に、一人の少女が囁いた。
「助けて」
桜子の目がさらに見開かれる。
「ふふ。ははは」
――これは面白い。
桜子は自分の胸元を強く握る。
サカナが迫って来るが、彼女は最早そちらに意識を向けていない。
無造作に、再び足を振り抜く。
サカナは吹き飛び、壁に備えられた手すりの先端へと突き刺さった。
「興味深い。面白い。いつぶりだろう、自分の内側を知りたいと思うのは」
興奮した桜子の呟きは、胴を貫かれたサカナが動かなくなるまで続いた。
そして、彼女は子どもたちのもとへと戻る。
「あと少しだ。安心するといい」
一人を背負い、三人を力技で抱きかかえる。
そのままぐいぐいと進む。ゴーヤの化け物も、アヒル顔の女も通り過ぎる。
あと数歩もすれば玄関、というところで、突然強い引力に襲われた。
――階層が落とされる。
桜子は笑みを浮かべ、駆け出す。
階層がこれ以上落とされれば、無事に戻ることが一層困難になるだろう。空間がさらに歪めば、扉の向こうが玄関であるという保障すらなくなる。
自動扉のすりガラスに映る明かりが恨めしい。
引っ張られる感覚はどんどん強まっていて、うまく足が踏み出せない。
子どもたちがしがみついてくる。
――届け。
桜子は扉へ手を伸ばした。
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