第2章(4)

 腹が減ったと言う香月桜子と共に、野沢はファミレスに居た。

 刑務所から連れ出したばかりの人間にファミレスはないだろう、と野沢は考えていたのだが、本樫英梨からの電話に対応しているうちに、桜子が「ハンバーグ……」と呟いて店へと入って行ってしまったのだ。

 先に英梨が聞いた「あ、ちょっと、勝手に動かないで」という言葉は、このときに発せられたものである。

 桜子は相変わらず、目をかっと見開いたまま笑みを浮かべ、ハンバーグセットの到着を待っている。野沢はその顔を真正面で見ながら、自分は何をしているのだろうとぼんやり思った。

「頼まなくていいのか?」

 唐突に桜子がそう尋ねる。

「食欲がないもの。それに、新幹線も押さえてある。あなたが食べ終わったら、現場まで直行よ」

「安心してほしい。時間は掛けない」

 店員の若い女が鉄板とライスを運んできて、桜子の前に置く。

 桜子の口角がさらに上がり、満面の笑みに近くなる。

 いくら桜子が美貌を備えていても、ただならぬ雰囲気が漏れ出てしまっている。店員も少なからず恐怖しているようで、先ほどから目を合わせようとしない。

「ねえ」

 桜子が店員を呼び止める。

 店員は動揺した様子で、「はい?」と振り返った。大学生だろうか、髪を明るく染め、今まさに青春を謳歌しているという頃に見える。

「お前の持っている物について教えてほしい。なぜ今のパートナーにもらったネックレスを捨てて、前のパートナーにもらった同じ柄の古いものを取ってあるか。ベッドの脇にテディベアが三つあるが、どれも左足に噛み跡があるのはどうしてなのか。それから――」

「ちょっとストップ! ストップ!」

 必死の思いで野沢は桜子を止めた。

 店員ははっきりと青ざめながら「え? え? え?」と声を発している。

 当然だ。見ず知らずの危険そうな女が、誰も知るはずのない自分の情報をべらべらとしゃべり出したのだから。

 野沢は店員に精いっぱいの笑顔を向け、明らかに無理のある弁明を述べる。

「ごめんなさいね。この人はこうやって、たまに自分の作ったお話をしゃべっちゃうことがあるの。勘弁してね」

 釈然としない表情を浮かべながらも、店員は去っていった。

「なぜ止める?」

 不服そうな表情の桜子に、野沢は鬼の形相を向ける。

「あんたね、いい加減にしなさいよ。あの子の内側に潜ったでしょう?」

「潜っていない。彼女の階層一を覗いただけだ」

「同じよ。赤の他人んが自分のプライバシーを把握していたら怖いでしょう?」

 桜子はきょとんと首をかしげてみせた。

「そういうものなのか?」

「そういうものなの。それに、あなたも言っていたように、これは嗜癖なんでしょう? そのうち覗くだけじゃ我慢できなくなるわ。今までのように、階層の奥深くまで入り込んで、興味のままにいじくり倒し、最終的に壊しちゃう」

「ふむ」

 桜子は嬉しそうにまた笑った。

「興味深い予測だ。そしておそらく的を射ている」

 言いながら、ハンバーグを分厚く切り分け、塊を一つ口へと放り込む。

「壊したくないのだがな。我々はお前たちが好きだから」

「あなたの言う好きっているのは、私たちが玩具へ向けるそれと同じよ」

 その例えは理解できなかったらしい。桜子は再び首を傾げ、ハンバーグに集中し始めた。

 野沢の携帯電話が鳴った。通知欄に、メッセージを受信した旨が表示されている。

 彼女はメッセージを開き、表情を曇らせた。

「何かあったのか?」

 桜子の問い掛けに、野沢は小さく頷く。

「ええ。萩野夏実が殺されたわ」

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