第5話東条空は臆病者(4)

「今日、お前を呼んだのは……」


 俺が今回の本題を話そうとした時、桃坂が言葉を遮り、口を開く。


「先輩の部活の件ですよね」


「やっぱり知ってるのか。ちなみに今回の件の理由まで把握しているのか?」


 今一番重要なのは、部活をクビになった事ではなく、どういった経緯でクビになったのか、それを明らかにしたいのだ。


「……はい。知ってます。先輩もそれを私なら知ってると思って声をかけたんですよね?」


 やはり、桃坂は今回の件の真相まで知っているようだ。伊達に校内の人気を集めているだけあって情報が早い。桃坂を敵に回したら次の日には俺の味方は居なくなりそうだな……。


「あぁ。お前なら知ってるかと思って声をかけた。頼む、教えてくれるか?」


 その言葉を聞いた桃坂は少しバツが悪いのか、手を下でモジモジしながらこちらを窺うように口を開く。


「えっと、流石にここだとあれなので、場所を変えて話しませんか?」


 きっと誰かに聞かれるかも知れないと勘繰りを入れて気を遣ってくれているのだろう。


「そうだな。ちょっと公園にでも寄るか」


 俺も桃坂の提案を受け入れ、二人で公園に行くことにした。


 公園に向かう道中、桃坂は意外にも口を開くことは無く、ただ俺から離れないように距離を保ちつつ、付いてきている。


 しかしあれだな、桃坂がこの行動を素でやっているのなら、その歩き方、可愛すぎるんだが。不安そうな顔をして決して置いてかれまいと後ろをてくてく付いてきている。何故か本能的に守ってあげたくなってしまうんだろうなと一人で感慨に耽っていた。


 二人で同じ距離を保ちつつ、校門を抜け、目の前にある大きな公園に入り、しばらく歩いているとそこには、東屋のような休憩スペースが見えたのでここで話をしようと促した。


「お、ちょうどよさそうな場所があるな、ここでいいか?」


「……あ、はい」


 ここにきて、さらに桃坂の元気が無くなったかの様に見えた。この一件は桃坂にとってもあまり、気分の良いものなのではないのかもしれない。


「ちょっと待ってろ」


 俺は自分の緊張をほぐすのと同時に、桃坂に協力してもらったせめてものお礼の気持ちを渡すべく、自販機に向かった。


 自販機に着くとそこで俺はピタリと動きが止まった。そういえば、女の子って何を飲むんだろうか? タピオカ? いや、自販機にはねーな。どうすっかなー、聞いとけばよかった。


 これで変な物を買うだろ? そうすると「あー……、ありがとうございます……」みたいな変な空気が流れて、しかも多分その飲み物が飲まれることがないオチまである。……とりあえず紅茶でも買っとけば良いよね?


「ほれ、紅茶でいいか?」


「え? あ、ありがとうございます。いくらでしたか?」


「いや、いい。協力してもらってるんだし、せめてもの報酬だと思ってくれ」


 鞄から財布を取り出そうとする桃坂に対し、俺は首を横に振り断りを入れた。


 渋々ではあったものの、桃坂も俺からの報酬を受け取ってくれた。案外しっかりしているんだなーとまた、新たな一面を見れた気がした。


 それでも、桃坂は元気がなく、普段ならここで「なんですか? これで私のポイントを稼いでいるつもりですか? 紅茶くらいで私のポイントは上がりませんよ?」とか言ってあざとくからかってくるはずなのに。


 俺は早くこの件から解放してあげるのが一番の報酬になるとお思い、本題を口にする。


「桃坂、聞いていいか? 今回どうして俺がクビに至るまでの話になったのか、そしてその理由を」


「わかりました。それは……」


 桃坂の話によると、どうやらこの件は同じバスケ部の後輩だった田中響が事の発端であるらしい。


 それは大体一週間くらい前の話だ。俺は怪我をしていて、二週間程コートから外されていた期間があった。


 うちの部活ではそれなりにスタメン争いが激しく、いくら当時エースといえど復帰してすぐにスタメンに戻される程、甘いものではなかった。


 怪我からの復帰を果たした俺は、コートから外れていた遅れを取り戻すべく、躍起になって部活に励んでいた。するとどうだろう、遅れを取り戻すどころか、俺は何も遅れを感じなかった。


 一見すると、俺がまるで凄いかのように聞こえるが、全く違うのだ。彼等は、俺がコートから外れていたあの二週間前から何一つとして成長していなかったのである。


 そして、その理由は明白であった。彼等は顧問の後藤が居ない時、決まってみんなで仲良く、楽しく部活をしていたからだ。誰一人、誰よりも上手く、大会で良い成績を残すべく部活に打ち込んでいる者は居なかった。


 俺はどうも昔から、その手の和気藹々とした雰囲気が苦手で、常に嫌悪感を抱いていた。


「ったく……。なんも変わらないな。焦りを感じてた俺が馬鹿だったわ」


 俺が呆れとも、嘆きにも似た独り言を発していたのだが、これが全ての決め手となったようだ。


 そこにたまたま田中響が居て、たまたま俺の独り言を聞いてしまい、それをあたかも自分に言われたかのように解釈をしてしまったらしい。


 田中響は元々俺に憧れを強く抱いてくれた傾向があり、よくプレーを真似したり、俺に教えを乞うてきたりしていたこともあった。だから余計に心に来るものがあったのだろう。


 そして田中響は、俺に見放されたと思い、顧問である後藤先生に話をしていたそうだ。


 その話を聞いた後藤先生は、一年生を全員呼び出し、俺について、問いかけたのだ。


「東条の嫌なところ、この二ヶ月余り一緒に居てどう思ったか全員答えてくれ」


 後藤先生の問いかけに一年生はみんな、怒られて怖かった、話しかけづらかった、目がやばいなどと答えみたいだ。……目がやばいって言ったやつそれ只の悪口だろ。


 だが、一年生がそう答えるのも無理もない、俺は普段から愛想無かったし、フレンドリーとはかけ離れていた性格だった。そのせいもあり、彼等は入部当初から東条空は怖い先輩というレッテルを張られていた。それを逆手に取ろうとバスケ部のキャプテンである田口瀬名からとある頼み事をされていた。


「空、頼む! 一年が俺の言うことを聞かないから、代わりにお前が一年を怒ってくれないか? 一年はお前のことを怖がってるし、お前が言えば多分言うことを聞いてくれると思うんだよね」


 正直俺はこの提案にあまり乗り気ではなかった。恐怖による支配は各個人の短所に加え長所までも消してしまう。だが、このままではチームの統率が取れていない。そのことに要点を置き、チームのことを考えた上での結果なのだろう。それに、他ならぬキャプテンからの頼み事となると俺もそう無下に扱うことができず、その怒り役を引き受けることにした。


 それらが遠因になり、一年生からしたら俺はさらに怖い存在として認知されていたのだろう。そして、その話を聞いた後藤先生は彼等に結論を告げた。


「わかった。東条はクビにする。チームの雰囲気を乱す奴はチームには必要ないからな」


 こうして、後藤先生は俺にクビ宣告を告げるに至ったらしい。理由を伝えなかったのは、恐らく、一年生が理由でクビになったとわかれば、俺が一年生になにかしらの危害を加えるかもしれないと懸念したからであろう。


「……なんだよ、そんなことでクビかよ。結局は、みんなで仲良く楽しくやりましょうってことか」


 桃坂からの話を聞いた俺は心にあったモヤモヤが晴れた気がした。結局は俺が貧乏くじを引かされただけの話だった。


 それに、俺は少し思い違いをしていた、チームのエースが誰よりも真剣に取り組めば、みんなもそれに釣られて俺に負けじと頑張ってくれるものだとばかり思っていた。だけど現実は違った。


 ──俺は最初からチームの中で孤立していた。

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