第4話東条空は臆病者(3)

 昼休み終了のチャイムが校内に鳴り響く。


 午後からの授業も普段から聞いてる方ではなく、今日は更に聞く気にもなれず、ずっと机に突っ伏していた。


(本当に俺は一体何をやらかしたんだ? 退部になるってよっぽどだぞ?)


 考えても一向に答えは出ず、ただただ同じ思考のスパイラルに囚われていた。それから周囲の音が消え、それに気が付き顔を上げてみると、既に帰りのホームルームが終わっていた。……誰も起こしてくれないのね。もぅ、皆優しいんだから♡


 放課後になり、他の生徒たちは各々部活に行くなり、下校するなりで校内に人の影は無くなっていた。そして、俺は先程、昼休みに連絡をした人物を待っていた。


「あ、いたいた! せんぱーい!」


 どこかふんわりとした可愛らしい声で俺を呼ぶ声が聞こえる。俺を先輩呼びするのは……、とあたりをつけて声のする方に顔を向けるとそこには、桜のような綺麗な桃色の髪をした一人の少女が居た。


 彼女の名前は、桃坂奏。


 彼女は俺の後輩で、女子バスケ部に所属している。さらに、下級生ながらにして、女子バスケ部のエースを任されている意外と凄い子である。


 髪型は肩より少し長いセミロング、クリっとした大きな目に涙袋に黒子があるのが特徴的でとても可愛らしく、スタイルは運動部ということもあり、キュッと引き締まったウエスト、更に程よく肉付いた太もも、胸部は俺推定によるとC寄りのBだと思われる。


 端的に言うと俺好みのバストサイズである。


 性格は、天真爛漫でとにかく明るい桃坂。そしてなにより……、あざとい。


 俺のことをいっつもからかって遊んでやがる。ったく、一体どこのからかい上手さんだよ。


 彼女のあざとさに隠された巧妙な計算に気付かない哀れな男共は、幾度となくその術中に嵌り桃坂の掌の上で転がされ、女性不振になるやつまで居たらしい。


 だが、その容姿とあざとさ故に桃坂の人気はかなりすごいらしく、わが校に留まらず他校の生徒にもモテモテらしいと噂で聞いたことがある。


 確かに、一年生ながらにしてバスケ部のエース、それにあの容姿、人気があるのも頷ける。


「よぉ。悪いな、いきなり放課後会えないかなんて呼びだして」


「もぉー。ほんとですよー、先輩からの呼び出しなんて今までなかったので驚きましたよ」


 頬をぷくっと膨らませて抗議してくる。なにこの子、可愛いんですけど。


「でもさ、君。来るの遅くない? 結構待ったんだけど」


 俺が抗議の念を伝えるべく口を開いたのだが、その瞬間桃坂の頬がはちきれんばかりの膨らみを見せる。


「先輩! デリカシーなさすぎです! 女の子には色々準備があるんですよ!」


 ……え、この子、俺に会うために準備してたとか、可愛すぎる。俺も彼女になら弄ばれてもいい気がしてしまった。だが、しかし待ってほしい! 俺は桃坂奏がどういう人物かを知っている。


「さいですか。んで、ほんとは何してたの?」


「ほぇ? 友達と話してましたよ?」


 ほんと期待通りで嬉しいよ! あぶねー。危うく俺も桃坂奏被害者の会に入るところだったぜ、いや、なんならそのまま会長になってるまである。


 しかもほぇ? ってなんだよ。あざとすぎるだろ! そんなこと言う奴初めて見たわ。


 桃坂は普段から、男受けする言い回し方、仕草、制服の着こなし方まで全て計算されているのだ。俺はそんな桃坂のことを常に警戒している。そうでもしないと、いつ騙されるか分かったものではないからである。


 こんな学内を超えて人気のある桃坂とモブキャラの俺がこうも普通に会話しているのは少し訳がある。それは、桃坂と初めて話したことがきっかけだった。


 わが校のバスケ部では、一ヶ月に一度男女混合で練習をする日があるのだが、その時のメニューが一対一で男女のペアを作ることになり、その時の相手が桃坂だったのだ。


 俺も当初はバスケ部のエースとしてチームを引っ張っていた。そして、男女両エースの一対一が見てみたいという事になりこの組み合わせになったというわけだ。


 流石に女子相手に負けるわけがないと高を括っていた俺だが、見事に足元をすくわれたのだった。


 桃坂は完璧に俺をドリブルで抜き去り、華麗にゴールを決めて見せたのだ。


 あれは、後にも先にも初めて女子に負けた瞬間だった。そこから先は、俺もプライドが許すまいと意固地になり、完膚なきまでに叩きのめした。いやぁー、あれは流石に大人気ないと反省している。


 挙げ句の果てに桃坂には大号泣されるし、ほんとあの時は大変だった。女バスの連中の視線もかなり痛かった。でもね、これが人生というものだよ?


 こうして俺にとってある意味きつい練習が終わり、いつもの自主練をしていた俺のところに桃坂がやってきた。


「先輩、名前教えてください」


「ん? あぁ。俺は東条空だ」


 俺、一応、あなたと同じバスケ部のエースなんですけど? まさか名前も知られてないなんて……。何それ、悲しすぎ!


「東条先輩……。覚えました。私は桃坂奏です。ももっちって呼んでください」


 先程までの大号泣が噓かの様に、キャピルンとした感じで、ちゃっかり自己紹介をしてきた。


 あざとさを忘れないあたりは最早、職人技ともいえる。


「いや、呼ばないから。それに、俺はお前のこと、知ってるし。まぁよろしくな。んで、なんか用か?」


「あんなコテンパンに負けたの初めてです。めっちゃ悔しいです」


 桃坂はあからさまに怒っていることを匂わせる仕草を取りながら、文句を言ってきた。


「俺だって、女子相手にあんな完璧に抜かれたことなかったわ」


 お互いそんなあまり中身のない話をしていた。それにしても、これはバスケの話をしているから違和感は無いのだが、俺たちがバスケとは無縁の場所でこの会話をしていたら、かなりエッチな会話になってないかと、どうでもいいことを考えていた。


「へぇー、それはちょっと嬉しいかな。先輩の初めての人が私ですか」


 ……あざとい。何があざといかって、最後にその柔らかそうな唇にそっと人差し指を当てて微笑んでるあたりがもうやばい。


 今日一日を通して色々と桃坂を観察していたのだが、こいつはあざとさの塊だった。男子と女子と会話しているときの顔が全くもって別人だった。リアルに百面相かと思ってしまった。……桃坂を観察してたのは泣かせてしまったから心配していたわけで、ちょっとエッチなハプニングないかなとか狙ってないんだからね!


「そんな初めてを奪っても嬉しくないだろ?」


「なんですか? 他の初めても私に奪って欲しいってアピールですか? 先輩もさりげなく攻めてくるタイプですねー?」


 は? なにこいつ、一体どういう思考回路してんだよ。なんで今の会話でそこまで花咲かせられるの? 頭お花畑なの?


「そんなこと言ってないわ! んで、ほんとの用件はなんだ? 用がないなら自主練の邪魔だから帰ってくれ」


「むーっ。先輩ちょっと素っ気なさすぎじゃないですかぁ? ほんとの用件はですね……私これから毎日部活の後先輩と一緒に自主練します!」


「はあ⁉ ちょ、なんでだよ、普通に嫌だよ」


「いいじゃないですか! 私も、もっと上手くなりたいんですよ。それにーいいんですか? 私を泣かせた事、色んな人に言い振らしちゃいますよ? もちろん、内容は改竄して」


 俺は、桃坂は単に男を誑かせる小悪魔だと思っていたが、考えを改めなくてはならないようだ。小悪魔なんて可愛いものだ、こいつは悪魔だ。いや、魔王だ。


 そんなことされたら、またあの頃に戻ってしまう。それだけは何があっても回避しなければならない。


 せっかく高校デビューも無事に成功し、今のモブキャラとして、目立ちすぎず、尚且つ存在感もちゃんと放っている完璧なモブキャラを演じているのに、全てが水の泡になってしまう。


「待って、ほんとに待って。わかった! わかったから。一緒にやればいいんだろ?」


 俺は必死に桃坂の提案を飲んだ。


 俺の言葉を聞いた桃坂は、それはそれは大層お気に召されたのか、にこにこっとあざとく笑顔を作り、敬礼の様な所作をしながら口を開く。


「はい! それでは明日からよろしくです! 先輩」


「あいよ。ただし邪魔だけはするなよな?」


「そんな邪魔なんてー、先輩の練習している所をじーっと観察するくらいですよ?」


 はぁー、もういい。こいつと話してるとなんか、凄く疲れる。


「あ! 先輩、LINE教えてください」


「やだ。お前に教えたら悪用されそうだし、それに自主練するだけなら連絡先とか要らんだろ」


 実際、今日知り合った人にホイホイあげるほど俺の連絡先は安くない! 本当は、悪用されそうで怖いからなんだけどね。


「そうですか。わかりました」


 あれ? 意外と聞き分けの良いことだな。


「まだちょっかいを……、まだ連絡先を聞くとかは早すぎですよねー」


 ん? 今ちょっかい出すとか言わなかった? え? なに? ももっち怖すぎ!


「では、お疲れ様でーす」


 別れを告げた桃坂が元気よく手を振りながら歩いていくのを俺は見送り、また自主練を再開した。


 自主練が終わり、一息ついていると、ピロリンと携帯が鳴った。携帯を開いて画面を確認すると。


「こんばんわー! 先輩の愛するももっちでーす。明日から二人のイチャラブな自主練楽しみにしてますね」


 ちょっと誰―? 俺の知らないところで俺のプライバシーが露見されていた。

しかも、イチャラブな自主練ってなんだよ。ちょっと楽しみになっちゃうだろうが。


 それからは、最初は半信半疑だったが、ほんとに桃坂は毎日俺と自主練を共にしていた。あんな会話やメッセージではあざとさ全開であったが、いざボールを手にし、コートに立つと、さっきまで出していたあざとさは一切無く。バスケに取り組む姿勢は真剣そのものだった。


 俺はその姿を見て、桃坂は実は物凄く真面目で、一生懸命であり、とてもかっこよくて可愛らしい女の子なのだと思った。


 これが俺と桃坂のファーストコンタクトである。

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