第2話東条空は臆病者

 季節は七月、夏休みを間近に控えた夏真っ盛りである。


 ここ東京私立光高校に通学している俺は先程、小学校から始め、中学校、なんならこの光高校にはスポーツ推薦で入学までしたバスケ部をクビにされた。


 いきなりクビ宣告とか聞いたことないんだけど! え、俺ほんとにクビなの? というより、一体俺は何をしたんだ?


 相手の心を読む特殊能力とか芽生えたりしねぇかなー、などと要領を得ないことばかりを考えている。


 いや、それなら透視能力がいいな……。


 まさか、あの顧問、俺のことが嫌いだからってクビにしたのか⁉ いや、まさかそんなわけないよね?


 ……そんなわけないよね? 正直自信が無いので、念の為二回言っておく。


 流石に部活の一顧問の感情で、部員を退部させるのは常識的に考えてあり得ない。


 それこそ、嫌いなら試合に俺を起用したりしないはずだ。


 あまりの出来事にせっかく母親が作ってくれた昼飯も喉を通らず、考える要素が全くないといっても過言ではないので、碌な思考も浮かばない。


「家族になんて言って話したもんかなー」


 実際、部活をクビにされた事は隠し通せるものではなく、我が家の父、母は、試合があったりすると必ず応援に来てくれているからだ。流石に、試合に応援に来たら息子である俺がいないのだからその時点で全てが露見されるわけだし、何より他の保護者方から「え、あれ東条君のご両親よね? 東条君、部活で問題を起こして退部させられたんでしょ? 一体何しに来たのかしら。クスクス」と周りの保護者方に馬鹿にされかねない。


 そんな恥晒しの様な真似を両親にさせるわけにはいかないので、折を見て打ち明けるしかない。


「仕方ない。ちょっと行ってくるか」


 考えても仕方がないので、俺は昼休みに練習しているであろうバスケ部のメンバーに確認をしに行くことにした。


 ここ光高校は上から見ると英語のL字型になっている、そして俺が目指している体育館は、二階の中廊下を抜け、体育館棟に位置する。昼休みはみんな、教室やら中庭で仲睦まじく昼食を嗜んでいるため、体育館棟に行き着くまであらゆる人と遭遇する。俺はその人だかりを抜けながら足を体育館に運ばせているのだが、先程からどうも何かがおかしい。


 そして、その違和感はすぐにわかった。


 その違和感の正体は、バスケ部の後輩たちだ。特に二階は一年生の階層になっているので余計に気になっていた。


 この光高校はなぜか、一年生が二階、三年生が一階、二年生が三階と謎の階層の分け方になっている。理由は、わが校長曰く「一年生を間に入れることにより、上級生ともすぐ仲良くなれる」だそうだ。


 一年生からしたらはた迷惑な話である。友達作りもままならないのにいきなり上級生にサンドイッチにされ、どこに行くにも上級生に気を遣わされる。


 それはまるで、新入社員としての気持ちを高校生の段階で疑似体験しているようだ。


 とまぁ、どうでもいい説明は置いといて、俺は、体育館への道中、何名かの部活の後輩たちにすれ違うのだった。


 そして、その全員が同じ反応を取ってきた。それは、全員が気まずそうに顔を背けて、あたかも俺なんか見てません的な反応をしていたのだ。


 ……俺ってそんなに影が薄いのかしら。


 まぁ確かに、俺ってどこにでもいるモブキャラだからな。


 もしかしたら、今回の件は後輩たちによる差し金なのか、これは早く確認しに行かなければならないと、少しだけ歩みを速めた。


 体育館に着くと、そこにはバスケ部の副キャプテンである、北嶋俊彰。通称サブローが昼練をしている最中だった。


 サブローは低身長のかなり筋肉質な体型で、いつも皆にマスコットにされている。だが、あの小さな背中に試合中何度も救われたことがある。頼れる副キャプテンだ。


「おーい、サブロー。ちょっといいか?」


 俺の呼びかけに気付いたサブローは何食わぬ顔で俺のところに足を運んできた。


「なんだ? 珍しいな、お前が昼練に来るなんて」


 ……あれ? こいつ、俺が後藤先生に何を言われたのか知らないのか? 確認も兼ねて俺はサブローに言葉を投げかける。


「いや、俺部活クビになっちゃったんだよね。んで、その理由が分からないから、サブローに聞きに来たんだよね」


 次の瞬間。サブローが物凄い剣幕を立てて俺の胸倉を掴み、壁におもいっきり押し付けてきた。


「おい! それどういうことだよ! 冗談にしても笑えないな。なんでお前がクビになるなんて事になってるんだよ!」


 普段から怒るようなことがないサブローが、こんなに怒り狂っている姿を初めて目の当たりにした俺は少し萎縮してしまっていた。


「あ、いや、待て待て。俺もいきなり言われたから理由もわかんねぇんだよ。それに、クビか退学なら、普通退学したくないって答えるだろう? そしたら『お前には部活を辞めてもらう』だそうだ」


「それで、お前は納得できるのかよ」


「その理由すらわからないんだから納得も何もないだろう」


 そう口にしながら俺はサブローの腕を引き剥がした。こいつ、めちゃくちゃ力強いじゃん。思わずちびりそうになったわ。


 このやり取りからわかるようにサブローは今回の件を知らなかったということになる。


 やはり、俺の同学年である、二年生には今回の件を話していないのだろう。

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