嘘に触れる
kou
嘘に触れる
日曜日の午前。
自宅で一人の少女が出かける支度をしていた。
やや吊り気味の大きな瞳に、短めの髪をシンプルにまとめ上げたポニーテールに結んだ、ボーイッシュな雰囲気の少女だが、整った目鼻立ちは可愛らしい顔をしている。
快活で勝ち気な性格をしてはいたが、誰に対しても優しく接し、思いやりのある子だ。
名前を
蛍子は、お気に入りのフリルドッキングニットに、チノパンツを穿いている。足元にはスニーカーを履いた可愛くも、活動的な服装だった。
蛍子は、鏡の前でくるりと回ってみる。ふわりと揺れたフリルドッキングニットが綺麗なラインを描く。
その姿を眺めながら、うんうんと満足げにうなずいた。
今日は友達の吉田
自宅を出ようとしていると、蛍子のスマホが鳴った。
表示を見ると千秋からの連絡だった。
「ごめん。今日のショッピングだけど、調子が悪くなって行けなくなちゃった」
スマホ越しに、千秋の声は元気がない。
その声を聞いて、蛍子は心配になった。
いつもなら明るくて、ちょっとお節介なくらいなのに……。
「ええっ!? そうなの。大丈夫?」
「大丈夫だよ。この埋め合わせはするから。ごめんね」
そう言うと電話はすぐに切れてしまった。
蛍子はしばらく呆然としていたが、やがて諦めのため息をつく。
「仕方ないよね」
千秋とは、昔から仲が良く、一緒にいることが多いのだが、最近は特に距離を感じている。
それはきっと自分が原因なのだろうと、蛍子は思っていた。今回のショッピングは親交を戻すきっかけになればいいと思っていたのだが……。
しかしこうなった以上、一人でも買い物を楽しむしかない。
せっかくの休みなのだ。こんな時こそ楽しまなくては損である。千秋と出かけられなくなったことは残念だったが、着替えたのも勿体ないと思った蛍子は一人で、近場に出かけることにした。
町を歩き、交差点でクラスメイトの少年・佐藤
背が高くて、すらりとした体型をしている。髪形や服装にも清潔感がある少年だ。
声をかけても良かったが、何となく恥ずかしくて話しかけられなかった。
その内、歩行者信号が青に変わって隆哉は横断歩道を渡って行ってしまった。
本屋で新刊の漫画が出ているのを手にとっていると、見知った少年に出会った。
身に纏う雰囲気はとても穏やかで優しげで、どこかあどけなさが残る細面の顔立ちは中性的な印象を受けた。
また、瞳は、まるで宝石のように輝くエメラルドグリーンだ。東北と九州の一部では、日本人の中で明るい色の瞳を持つ人が多いというが、少年は祖先にアングロサクソン系や欧州系の人が居たのかもしれない
少年・
「あ。采女くん」
「佐京さん」
二人はお互いに気づいて挨拶を交わす。
冬馬は蛍子の洒落た服に気づき、思わず微笑む。
「どうしたの。何か今日は決まってるね」
屈託のない笑顔で褒められて、蛍子は嬉しくなって頬を赤らめる。
そして、少し照れくさくなりながらも、今日あったことを話して聞かせた。
「実は、今日は千秋とショッピングに行くハズだったんだけど。千秋、体調をくずしちゃったのよ」
その話を聞いて冬馬は首を傾げる。
「千秋? 吉田さんなら、駅前で見かけたよ」
言われて蛍子は笑う。
「人違いでしょ。千秋は、今日調子が悪いって連絡あったんだから」
それを聞いて冬馬は、何の疑いもなく納得した。
「ところで、采女くんは何してるの?」
「僕は佐藤と市川と、3人で映画を観に行こうとしたんだけど、二人共カゼひいたって連絡があって肩透かしなんだ」
冬馬の言葉を聞いて蛍子は驚く。
「佐藤って。佐藤隆哉? 佐藤くんなら、交差点でみかけたわよ」
「え?」
二人の間で、妙な疑問が浮かび上がった。
「――まさか」
それから二人は、本屋を出るとスマホを取り出す。
先に連絡を入れてたのは蛍子だ。
数コールした後に、電話が取られる。
「はい。吉田です」
千秋の母親の声が聞こえた。
蛍子が電話したのは、千秋の家だった。
「もしもし、佐京蛍子です」
すると、千秋の母は相手が分かって安心した声を出す。
「蛍子ちゃん。どうしたの、今日は千秋とショッピングに出かけてるんでしょ。もしかして、待ち合わせ時間に遅れてるの? あの娘、結構早めに出たのよ」
千秋の母が口にした言葉を聞いて、蛍子と冬馬の表情が強張った。それは二人が抱いていた疑念が確信に変わった瞬間だった。
「い、いえ。ちゃんと会えましたよ。今、二人で本屋さんにいるんです。会えたってことを、家に連絡しておかないと心配すると思って……」
蛍子は言葉を濁す。
それから、適当な話をして蛍子は電話を切る。
次は、冬馬が電話をした。
連絡先は佐藤の家だ。
「はい、佐藤です」
出たのは佐藤の父親だ。
冬馬は名乗ると、佐藤の父親は電話の相手を理解する。
「あの。隆哉なんですけど……」
「おお隆哉か。すまんが、隆哉は朝早くに出かけてな。映画のチケットを持って出かけて行って、今留守なんだ」
その答えを冬馬のスマホに耳を近づけて聞いていた聞いた時、蛍子は、やはりと思う。
「どう思う。千秋は調子が悪いのに、家に連絡したら、私と出かけてることになってる」
蛍子は言った。
「僕の方は、隆哉はカゼで家に居るハズなのに、家に連絡したら映画を観にでかけている」
冬馬は言った。
その時の二人の脳裏には、一つの考えがあった。
「出来過ぎだね。僕たち、二人共友達に約束をすっぽかされてる」
冬馬は苦笑する。
それを確認できたことで、二人は、この奇妙な出来事の真相に近づいた気がした。
「つまり、これは?」
と蛍子は、冬馬を見る。
「アリバイ工作」
冬馬は腕組みをして目を伏せる。
「佐京さんが、吉田さんとショッピングを約束したのはいつ?」
「一週間前」
冬馬の問いに、蛍子は答える。
「最近の様子は?」
「距離を感じてた。親交を取り戻す為のショッピングだったの」
更なる問いに、蛍子は答えた。
「隆哉の奴。告ったんだよ」
冬馬の言葉に、蛍子は驚く。
千秋に好きな人がいたなんて、つゆとも知らなかったのだ。
「じゃあ何。千秋は佐藤くんからデートに誘われたから、私とのショッピングを蹴って、デートを優先させたってこと」
「そして、隆哉は僕らとの約束を
二人は、お互いの顔を見つめる。
そして、どちらからともなく呟く。
――とっちめてやろうか。
それから二人は、お互いの顔を見て微笑んだ。
二人共が、同じ結論に達したことを理解したからだ。
「采女くん。ちなみに観に行こうとした映画のタイトルは?」
「『ゴジラVSガメラ』」
間髪を入れずに冬馬は答える。
それは千秋も大好きな特撮怪獣映画だ。
蛍子はスマホで、もっとも近い市の中心街にある駅ビルにある映画館の上映時間を調べる。
中学生の小遣いを考えれば、行動範囲などたかが知れている。
朝一の上映時間から見て、昼前には終わるようになっている。今から向かって、ソフトドリンクでも飲んでいれば、ちょうどいい時間になるだろう。
そう思った蛍子は、冬馬に提案する。
「ねえ。これから映画館に行ってみない?」
それは、とても魅力的な誘いだった。
冬馬は不敵に笑う。
「佐京さんも人が悪いね」
「あら。采女くんほどじゃないわ」
二人は、お互いの顔を見て笑い合う。
「それじゃあ、行きましょう」
蛍子が言うと、二人は歩き出した。
二人は、それぞれ自分の友人と会うために、街へと繰り出した。電車に乗って市内まで出ると、駅ビルにあるシネコンへと向かった。
目的の映画館があるフロアに着く。
まだ次の開場まで時間が有るせいか、人はまばらだ。
「ところで、佐藤くんは、映画はエンドクレジットまで観る方なの? 千秋は、エンドクレジットでさっさと出ていくんだけど」
蛍子は尋ねる。
冬馬は少し考えてから答えた。
「場合によるかな。エンドが煮えきらなかったら、隠しエンディングを期待するし、最高のエンドならそれで出て行くし」
「ということは、今日は後者ね」
蛍子は笑う。
「その心は」
冬馬はニヤリと笑う。
蛍子も似た笑いをする。
「二大怪獣の夢の大決戦よ。しょっぱい終わり方をする訳がないでしょ」
蛍子の言い分を聞いて、冬馬は吹き出す。
【しょっぱい(格闘技用語)】
新日本プロレスの平田淳嗣がある試合のインタビューの際に「しょっぱい試合ですいません」と言った事から「しょっぱい=なさけないor恥ずかしい」という意味になる。
これが転じてプロレスで見栄えのしない試合やマイクパフォーマンスがつまらないレスラーを指す言葉として使われるようになり、見ていてつまらないレスラーを「塩レスラー」などと揶揄することもあり、名前の一部に「塩」をつけて渾名されることもある。
例として、昔の佐々木健介はパフォーマンスがつまらなかったため「塩介」と呼ばれた時期があった。
「男の子ならいざ知らず。佐京さんが、そんな格闘技用語を知ってるなんて思わなかったよ」
冬馬は言った。
「私の、お兄ちゃん
蛍子は答えて続ける。
「という訳で、二人が出てくるのは早いわよ。ソフトドリンクを飲みながら優雅に過ごせなくなったわね」
やがて上映時間は終わっていないが、観客がゾロゾロと出て来る。エンドクレジットを見ないで出てきた観客だ。
蛍子と冬馬は端に隠れて、その観客をじっと観察する。その中に、千秋と隆哉の姿があった。
二人共手を繋ぎ、楽しげに会話をしながら歩いていた。
そして、二人は、こちらの方へやって来る。
蛍子と冬馬は、千秋との前に、何の前触れもなく歩み出た。
蛍子と冬馬の姿に気がついた、千秋と隆哉は、一瞬驚いた表情を見せた後、慌てて繋いでいた手を振り解き、千秋は右手を、隆哉は左手を背中の後ろに隠す。
そして、ばつが悪そうな顔で、そっぽを向く。
「あれ? 千秋じゃないの。体調が悪いって聞いてたけど、どうしたのかな?」
蛍子は、わざとらしい口調で言う。
千秋の顔色がサッと青ざめる。
「蛍子? え。いや、これは……」
「そうか。お父さんに、病院に連れて行ってもらったんだね。何か、クラスメイトの佐藤くんに似てる気がするけど。千秋のお父さんって、結構若いんだね。
ここって、映画館かと思ったけど、ここ病院だったんだ。それじゃあ、仕方ないよね」
蛍子は、千秋と肩を並べながら肩と肩を突き合わせて、顔を近づけて圧迫を加える。
冬馬も言う。
「隆哉。隆哉じゃないか。カゼで映画に来られないって聞いていたのに、どうしてこんな所に居るんだ。そうか、お前も、お母さんに病院に連れて来てもらたんだ。
へえ。それにしても、隆哉のお母さんって、可愛いな。同級生の吉田さんかと思ったよ。それじゃあ、しょうがないね」
冬馬は、隆哉と肩と肩をぶつけ合わせ、お互いの顔を寄せ合いながら、プレッシャーをかける。
二人の圧力に耐えかねたのか、千秋と隆哉が口を開く。
「どうして、分かったの……」
蛍子と冬馬が、お互いに視線を交わす。
蛍子はニヤリと笑う。
「その前に、私達に言うことがあるんじゃないの?」
蛍子は腕組みをし、千秋と隆哉を見下ろすようにしながら言った。
二人は下を向いて黙り込む。
千秋が先に折れた。
「ごめん蛍子。私、ウソついてた」
「千秋を責めないでくれ……」
隆哉が言った言葉に、蛍子と冬馬は反応する。
「もう名前で呼んでるのかよ。随分仲良しになったんだな」
冬馬の驚きつつの、突っ込みに、隆哉は真っ赤になって俯く。
「あ。いや。これは、その……」
蛍子は続ける。
その声は優しい。
「私は、約束をすっぽかされて怒ってる訳じゃないの。こそこそして隠し立てされる方が嫌なの」
蛍子の言葉を聞いて、千秋と隆哉は深い反省の表情を見せる。
千秋が言った。
「ごめん。言うのが恥ずかしかったから」
隆哉が言う。
「俺が言い出したんだ。千秋には内緒で付き合おうって」
蛍子が、呆れた声で呟いた。
冬馬も、溜め息をつく。
「もうちょっと、信用してよ。僕は、二人が付き合っているからって、やゆするようなことはしないって」
千秋と隆哉は、蛍子と冬馬に謝った。
それから、二人は、今までの経緯を、蛍子に話し始めた。
「はいはい。もう分かったわよ。人の色恋なんて私には関係ないもん」
蛍子は、うんざりした表情で言った。
冬馬も苦笑いを浮かべる。
千秋と隆哉は、蛍子と冬馬に対して申し訳なさそうに頭を下げる。
「ところで、私お腹すいちゃったんだけどさ。これから、みんなで食事でも行かない?」
「いいね」
冬馬は同意する。
「じゃあ、私が案内するわ」
千秋は言った。
「それって、二人のデートコース?」
と、蛍子が突っ込みを入れると千秋は赤面して俯いた。
「お、俺が奢るよ」
隆哉が言った。
「そんな、たかりみたいな真似できないよ。友達だろ」
冬馬は隆哉に気を使わせないよう断り、背中を叩く。
「行こっか」
蛍子の誘いに、千秋と隆哉は、嬉しそうな笑顔を見せながら首を縦に振る。
四人は仲良く連れ立って歩き始めた。
「何かさ。私達って、Wデートみたいだね」
千秋は、蛍子と冬馬に向かって微笑みかけた。
蛍子と冬馬は、お互いの顔を見つめ合い、同時にクスッと笑った。
「何なら。私達みんな、名前で呼びあってみる? 敬称無しで」
蛍子は、冗談半分で提案する。
冬馬は、照れくさそうに頭を掻く。
「ま、友達なら。アリかもね」
蛍子は、千秋と隆哉の顔を見る。
千秋と隆哉は、少し戸惑っている様子だったが、やがて、覚悟を決めたように、大きくうなずいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます