月下の星使い(5)帰宅

 三日後。

 真っ直ぐ家に帰るのはまずいだろうという判断の下、遠方の町の宿を転々とした後に、二人はようやく街へと帰り着いた。

 まずは道具屋に依頼の品を引き渡しに立ち寄ると、

「おお、よくきたねぇルーナ。キャンディあるよ。おお、ケーキでも焼こうか。なあに、あたしの魔法にかかればあっという間に――」

「キャンディ! ケーキも食べる食べる!」

 アマンダがだだ甘おばあちゃんと化した。

 というかアマンダがルーナをかまい倒す間、フェルナンドが待たされた。なんだこれ。

「……さて、フェルナンド。あんた、よく無事に帰ってきたね。賊が屋敷を吹き飛ばしたなんて聞いたから、ダメかと思ったけど」

 アマンダはキャンディをなめるルーナを膝の上にのせてたいそうご満悦だった。

 だからなんだこの図。

「悪いな。厄介な合成獣がいたものでな、屋敷ごとやっちまった」

「ああ、セルモンティのせがれの破軍猿か。どうもあそこにいたみたいだね。先に情報を入れられなかったのは悪かった」

「俺らが狙う情報が、バレてたってことは……」

「標的様ご本人が魔術サロンでさんざん自慢して回ったのだから、何が起こるかは自分でも解っておっただろうさ。疑うのは止めてもらいたいね」

 ……くそ、そういうことか。

「時間差だったわけか。もう少し待てば――」

「情報は手に入ったが、先を越された後だったかもしれないがね」 

 もし本物ならば、複数人が狙うに足る品だ。別の誰かが同業者に依頼を出すこともあり得る。現場でかち合い、奪い合いになる可能性も――

 それを思えば……まあ、結果よければということだろう。

「いいさ。金は約束通りだな」

「おやおや。屋敷をぶっ飛ばした後の火消しは、誰がやったと思ってるんだろうね。フェルナンド?」

「うっ……」

 当然と言えば当然だ。屋敷を半壊させられ、護衛をほぼ皆殺しにされ、世界に一つしかない貴重品を盗まれて、ただで済まそうとする人間の方がどうかしている。

 あるいは、確認はしなかったが、そもそも家主ががれきの下敷きになっていてもおかしくなかった状況だ。その場合は遺族が謎の解明に動き出す可能性もある。

 いずれにしろ、痕跡を消してきたとはいえ、穏当に済ませるにはいささかやり過ぎたわけで……。

「貴族本人と、一族、従者、周辺住民。それだけまとめての認識操作、記憶偽造をベルトランドに」

「ぐ……」

「例の魔術サロンと、この近辺のアブリア派一党の内部へ情報撹乱をマルコに」

「ぐぐ……」

「なにぶん緊急の呼び出しだったからずいぶんとむしり取られてねぇ?」

 そこまで言われてはフェルナンドは全く何も言えない。どちらも知る人ぞ知る手練てだれ。偽装工作を専門に請け負う魔術士だ。

 元々の値段もお高い上に緊急とあらば、アマンダがどれだけ支払ったかなど想像もつかない。

 差し引きで今回はタダ働きか、下手をすれば金で済まんか、と覚悟したが、存外アマンダは穏やかな顔で、

「なに。依頼の品は傷無し本物、追加報酬の目録も全部揃ってる。追加報酬をまるまると、成功報酬から三割引いて――それだけで勘弁しておいてやろうさね」

 おそらくは全額分ではない。一部はアマンダの持ち出しだろう。

「何から何まで、すまん。世話をかけた……」

「いいさ。多少は必要経費で依頼人に出させるし、追加依頼はあたしの商品の調達だったからねぇ。せいぜい高値で売り払って元を取るさ。……その代わりと言っちゃなんだがね」

「そ、その代わり……?」

「もう少しルーナの顔を見せておくれよ。最近さっぱりじゃないか」

「そうだそうだ! わたしもおばあちゃんとこ来たいー!」

「…………」

 アマンダのところは、やたらルーナが甘やかされて、妙に不安になるので足が遠のいていたのだが。

「……わかった。もう少しこまめに顔を出させるよ」

 交換条件ならどうしようもない。ため息をつきながら、フェルナンドは諦めたように手を振った。

 ルーナへのお仕置きに、おやつ抜きは当分使えそうにないようだ。


    *


「帰ってきたよ我が家ー!」

 三日かけて帰ってきた我が家は、素知らぬ顔をして二人を出迎えた。

 盗みに遭った痕跡もない。出た時のそのままの姿だった。

「あー、くそ、疲れた……」

 荷物を置き、どっかりとベッドに腰を下ろす。

 ここ数日は追手を警戒しながらの宿泊だったので気が休まる間もなかったが、流石にここなら大丈夫だ。

 この家に限らず、フェルナンドは自身の滞在する街自体を要塞化している。他の魔術士が住んでいないのをいいことに防御、人避け、探知避けや逆探知、抗呪などありとあらゆる術式を街中に仕込んであるのだ。

 術式は一度動かしたら永続式。魔力源は星月さえあれば足りる。曇りが続いてもいいように、多めの宝石を配置して晴れの日に星霊力を蓄えられるような仕組みにしてある。

 ここに閉じこもれば、ひとまずは刺客や追っ手を心配することもない。

 ルーナも同じベッドに「ぼふん」と声を出して飛び込んできた。手慰みに撫でてみたら、機嫌がいいようで「えへへへ」とやたら楽しそうにじゃれついてくる。

 仕事を終えた安心と、未だ覚めやらぬ興奮が入り交じったような様子。

 ……今のうちに飯食わせて、さっさと寝かせるか。

 毎度のことながら子どもにはハードな行程だ。ルーナの意識は術式と興奮で持っているようなものだろう。身体はもう悲鳴を上げているはずだ。

 というかこのままベッドで寝落ちする可能性が高い。非常に高い。

「よし。飯作るか」

「わたし、ケーキ食べたからおなかいっぱいー」

 そりゃあんだけ食えばな、とフェルナンドは苦笑。昼を食べた上でカップケーキを五個も六個も平らげれば、大人でもそうなる。

「……軽めにしとくよ」

 市場を回ってきた時点でケーキの食べ過ぎはわかっていたことだったから、そう買い込んでいない。

 肉と野菜を最低限。両方突っ込んでスープにでもするか。

「んとねー、今日はごはんいらない」

 またこのわがまま娘は。

「肉食わなきゃ体力つかんぞ。術式はあくまで補助だからな。筋肉はあった方がいい」

 いくら身体強化が使えるといっても、術は星霊力を消耗する。

 もともとの身体が強ければそれだけ術への負担が軽くなるし、いざ術が使えない状況に追い込まれた時の生存確率も上がる。体力はあるに越したことはない。

「でも、筋肉ついたらかわいくないし」

「そうだな。なら今度から家で可愛く留守番するか」

「うぐっ……じゃあ、たべる」

「おう。作るから待ってろ」

 途端に殊勝な表情になったルーナにフェルナンドは思わず苦笑。どうやらそこは譲れないらしい。

「リゾットは明日だな?」

「んー。明日でいいー……」

「へいへい」

 間延びし始めた声に、とにかくルーナが寝こける前に飯にしなければ、とフェルナンドは急ぎ足で台所に向かうのだった。

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