一つの決着 その8
言い訳をしたところで、犯した罪は変わらない。
そして、ループを利用した解決策で、更なる罪を重ねて来た。
それを十分承知しているルヴァイルは、ゆっくりとした動作で頷いてみせる。
「えぇ、償いはいずれ……。そういう話でもありました。ですが一つ、気になった事があったのです」
「何よ……?」
「オスボリックから聞いていた話です。封印の間の前で、自身の終わりを悟ったからこそ漏らした話だと思いますが、大神について、少し……。その時は、大して疑問に思わなかったのですが……」
「だから、それは何なのよ」
ユミルの声に棘が混じり始めて、催促する声にも遠慮がない。
ミレイユは腕を擦って落ち着くように言うと、ルヴァイルから謝意のような視線を向けられつつ、詳しい説明を待った。
「前提として、神は世界を越えられない。それは能力や権能とは別の問題で、摂理がそれを拒むのです」
「あぁ、それについては良く知ってる」
「ですが、大神は超えるつもりであったようです」
「何だって……?」
「この世の摂理として、永遠はない。それは世界も、そして神にも通じる摂理であるのかもしれません。そしてだからこそ、この世界が永遠に続かないことも理解していた。……そういう話を聞きました」
ミレイユはユミルの腕から手を離し、帽子のつばを摘んで頷く。
「ドーラからも、それと良く似た話を聞いたな……。死を免れないからこそ後継者を望み、そして生み出せないから、他の手段で造り出そうとした。……その失敗例が、お前たちの様な神だろう?」
「えぇ、そのとおり。しかし、移住計画もまた、同時にあったようなのです。いざとなれば、この世界を離れる意志があった」
「それはつまり、次善の策を用意していた、という話じゃないのか? 後継者を生み出そうとして、多くの失敗があった訳だ。これは大神を持ってしても、望む存在を造る事は簡単じゃない事を意味しないか。だからこそ、全てを道連れにしない手段を講じていた……と、考える事も出来そうだが」
特に深く考える事なく、思い付くまま口に出したに過ぎなかったが、中々に的を得ている様な気がした。
ドーワの言葉を信じるなら、大神は自身の死を予期してから、後継者を欲する様になった筈だ。
大神が完璧な存在なら、多く失敗例を造るとは思えない。
一度の失敗すら起こり得ない、と言うつもりはないが、それでも最低でも八度の数は多過ぎる様に思う。
創造神の死と世界の死が不可分で、そこに暮らす無垢な生命まで道連れにするつもりがないから、せめてこれだけでも逃がそう、と策を講じる事に不自然はない。
それが世界を跨ぐ移住計画というなら、むしろ納得しかなかった。
これから沈むと分かっている船に乗った客を、今も無事な船に移し替えようという訳だ。
「何か可笑しい事があるか? 私は大神を直接見た事もないし、今となっては完全な善神と見る事も出来ないが……、やろうとしてる事は真っ当に思える」
「余所から魂を拉致して、神を造ろうって辺り、まさにそう言う感じあるし……。手段というか、倫理かしらね。そこは私達と明確に、異にしているって感じするわよね」
ユミルも自分なりの見解を述べつつ、ミレイユの意見に同意して頷く。
ルヴァイル達の方を見つめて、今更それが何だ、と挑戦的な視線を向けた。
インギェムはその視線を、物理的に払うかの如く手を振り、鬱陶しそうに顔を顰める。
「そう邪険にするなよ。今となっては色々悔やまれるんだ。ラウアイクスに言われるがまま、特に考える事なく協力してた事に。己は難しく考えるのに向いてないんだ。向いてるヤツに任せりゃいいって、そう思ってたんだが……」
「その考えは理解できるがな……」
ミレイユが小さく頷くと、インギェムは肩を竦めて続けた。
「何も知らない方が幸せってのは、神になっても同じなんだろう……。己はそれを敢えて知らずに、楽と思える方に逃げていた。大神との直接的な関わりなんて、殆ど無かったしな」
「それはつまり、昇神してからも、って事か?」
「あちらさんも、失敗作に積極的感心が無かったせいだろうな。己ら八神も、小神相手に関わったりしない。それと似たようなもんだろ。だから、大神がどういう性格、考え方をしていたかも知らない」
「……ルヴァイルもか?」
ミレイユが視線を向けると、彼女は気不味げに頷く。
「そうですね、関わりがあったとするなら、ラウアイクスぐらいだったでしょう。グヴォーリも、その次ぐらいには関わりがあったかもしれません。しかし、妾は……」
「あぁ……まぁ、大体予想できる。言わなくて良い。それに今となっては、詳しく話を聞ける相手は残ってないしな……。だが仮に、大神が善神でないどころか悪神寄りだったとして、それの何が問題だ?」
「まぁ、そうよね。移住計画にケチを付ける程の理由にはならない気がするけど」
ユミルが同じく同意して、二柱の神へ交互に視線を向ける。
邪険にされているからと、懸念の一つを胸にしまい込むのではなく、話題に上げてくれた事は評価できた。
時として、その何でもないと思った懸念が問題に発展する事もある。
だが、話を聞くだに、そしてミレイユなりに想像するなり、そこに問題があるようには思えなかった。
ルヴァイル達は、これに関して何を感じ取ったのだろう。
そこにインギェムが、眉根に皺を寄せながら口を開く。
「己はオスボリックの最期、大神の話を聞いて、まるでラウアイクスみたいな奴だと思った。他人の口から登った話の印象から感じ取った事だから、勘違いしてる可能性は高いし、それならそれで別に良い。頭の足りない奴が、無い知恵でもって勘違いしたってだけの話だ。――でもよ、ルヴァイル。お前どう思う?」
「そうですね、大神に感じた印象は確かにラウアイクスと似ている。その彼が、己の死期を悟ったら……果たして何を考えるか?」
「あぁ……。目的は違えど、小神計画を持ち出して世界の延命を図るよう、立案したのもラウアイクスだろう? 自己の破滅を受け入れられなかった、だから大神への反逆だって持ちかけた奴だ。世界の破滅が免れないからって、他の生命だけでも逃がそうなんて考えると思うか?」
ルヴァイルは思わず瞠目して息を呑み、虚を突かれた様な顔をした。
話を聞いていたミレイユも、また同じ気持ちだ。
ラウアイクスは傲慢だった。
自己愛が強く、何者にも優先されるべき存在と疑っていなかった。
あれは神として長く生きて来たからかもしれないが、ならば尚の事、最期に良い事をしよう、と考えるようには思えない。
自身の死が抗えないなら、他も道連れにしようと考えそうなものだし、可能な手段があるなら、他を見捨てても自分だけは助かろうとするのではないか。
ミレイユはラウアイクスの表面部分しか知らない。
敵対関係でもあったし、その心底がどういうものかなど、心許した相手にはどう接するかなど知らない。
しかし、インギェムとルヴァイルの反応からしても、ミレイユの印象とそう違いがありそうに見えなかった。
「それは確かに……、あまり有り得そうな話じゃありませんが……」
「だろう? そこに来て、移住計画だ。これは本当に、世界に住まう者達を逃がす為の計画だったのか? ……ふと、そう思っちまったんだよ」
「……中々、面白い考えだったが……」ミレイユはそれに口を挟んで首を傾げる。「でも、既に死んでるだろう? 何か知ってたらしい、ラウアイクスもまた同じく……」
口にしながら、今際の際に言っていたセリフが思い出される。
――後悔する事になるだろう。
――そこからして間違っているのだな。
「あのセリフは何だったんだろうな……。挑発か、そうでなければ皮肉程度に思っていたが……、何か別の意味があったのか?」
「何て言ってたの?」
「私は後悔するんだそうだ。大神を救おうとする事を、非難するような言い方だった」
ふぅん、と難しく眉根を寄せながら考え込み、ユミルはそれきり動かなくなった。
思考に没頭する時には、ままある事だ。
今は放って置いて、インギェムに顔を向ける。
「どういう意味だと思う?」
「そりゃ分からん。分からん……が、大神は本当に死んだのか?」
「お前達が言った事だろう? あの瘴気は、大神の死骸から発生した、毒だか呪いだと」
「あぁ、そう聞いたな。だが、ラウアイクスが言ったという、今のセリフが気に掛かる。これがその後悔か? ――何を間違ってたんだ?」
言われてみると、妙な話だった。
その時は気にもしなかったし、対話はあっても互いに挑発や時間稼ぎを主にしていたもので、中身まで良く考えていなかった。
しかし、ラウアイクスの言葉に嘘がなかったと仮定した場合、不可解な部分が出て来る。
そしてインギェムが言ったとおり、何をすれば間違う事になるかと言えば、大神を救った後で気付く事になる、と捉える事が出来た。
「私が瘴気を開放する事になるから、後悔すると言いたかったのか?」
「イマイチ納得できない感じはしますけど、後悔するのも間違いないって気がします……」
ルチアが首を捻りながらそう言い、その見解には一定の理解が出来る。
元は毒の泥――瘴気を塞いでいた封印だ。
それが漏れ出せば世界の破滅、それを知っていた身からすると、発言の意味も通る気がする。
勝利を勝ち取ろうとも、その結果として世界の破滅が免れないと知れば、後悔するに違いない。
しかし――。
「『遺物』を使って解消する事を、ラウアイクスが予想していないとは思えない。願って消せないというならお手上げだが……、そういう意味でもない気がする」
「――そこで思う訳だ」
インギェムが腕を組んで顔を歪める。
その表情は苦渋に顰められており、不都合なものを直視したくない、と言っているようにも見えた。
「己は死骸を、直接確認した訳じゃない。あの泥と瘴気も、本当に死骸から生まれたものか、やっぱり確認した訳じゃない。……大神は本当に死んでいるのか?」
「そうだろう、と思うしかないが……。しかし、どれも神々の口から出た情報か……」
「死の間際、嘘を言うとは思えない……そういう状況で伝えられた言葉ではある。……その上で聞きたいんだが、信じるに値すると思うか?」
「そう言われるとな……」
ミレイユは思わず鼻白む。策謀は、神々が得意とするところだ。
インギェムの様な考える事が得意でない神もいるし、戦闘好きで傲慢な神だって居た。
策謀を得意とする神は、むしろ少ないという情報から、自ら都合の良いように考えてはいた節はある。
ラウアイクスが主導して纏め上げ、策謀の中心にいたからといって、他の神が何もしないと言えるだろうか。
オスポリックは今わの際に、嘘を言って死ぬ可能性は全く無かったか――。
ない、と断言できるほど、ミレイユは神々を知らなかった。
伝聞を知るから多くを知ったつもりになっていたが、個人としての神を知らない。
あまりに多くを知らずにいた、と言わざるを得なかった。
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