一つの決着 その6
「おう、見事やり遂げたな」
「……あぁ、お前も良くやってくれた」
「だからそれ、神に言うセリフじゃねぇんだよなぁ……」
苦言を呈する形だが、その表情は決して嫌がってはいなかった。
むしろ軽快に笑い声さえ上げて、ルヴァイルを伴い傍へやって来る。
そのルヴァイルが困ったような笑みを浮かべつつ、勝利を
「何にせよ、文句のない大勝であるのは間違いありません。皆に最大限の賛辞を。……特に役立てられなかった妾が言うと、嫌味に聞こえてしまうかもしれませんが」
「お前の場合、ここまで手筈を整えていた事が、貢献みたいなものだろう。この後も、役に立って貰わないといけないしな」
「分かっています。でも、まずは――」
ルヴァイルが何かを言い掛け、途中で言葉が止まる。
颶風を巻き起こし、ドーワが近付いて来たからだった。
他にも十数匹のドラゴンを引き連れており、そのドラゴンもミレイユ達を取り囲みながら口々に叫び声を上げている。
何かを抗議しているようにも、威嚇しているようにも見え、そしてそれは事実でもあるのだろう。
彼らにとって、神とは許されざる敵であって、談笑し合える仲ではない。
ミレイユの傍にいるから手出しできないが、そうでなければ、とうにブレスの一つでも吹きかけている。
ドラゴンたちが敵意を顕にする中、ドーワが代表して口を開く。
「ミレイユ、良くやってくれたね」
「横から獲物を、掻っ攫ったようで悪かった」
「気にしちゃいないよ。元からこっちは、足止めのつもりでいたんだ。この牙で直接、噛み砕いてやれたら、それが一番良かったんだがね。奴ら、決して近付けさせないよう腐心していた節がある。手傷こそ与えられたが、それ以上は無理だったし……。決め手に欠けて、どうしようもなかったところさ。だから、あれで良かった」
「そうか。それなら……」
元より手柄を取り合う様な戦いではない為、誰がどれほど倒そうが構わない。
神々も、ドラゴンによる神殺しを意識しなかった筈はないから、特に最古の四竜を近寄らせる事はしたくなかっただろう。
忸怩たるものは感じていた筈で、それを一挙に仕留めて見せたミレイユ達に、悪感情を抱きやしないかと危惧したが、その心配も杞憂だったようだ。
しかし、ミレイユに向けられていた穏やかな視線から一転、ルヴァイル達に向けられたものは、敵意がありありと込められた視線だった。
「だが、そいつは? 事が終われば、命を捧げるって話じゃなかったかい?」
「まだ、その
ミレイユは軽く息を吐いて、指を一本立てて、帽子のつばを押し上げる。
それでよりよくドーワの顔が見えるようになった。
「大神が死んでいた。……お前、これを予期していたか?」
「あくまで、可能性の一つとしてね。何故こうまで沈黙しているのか、それを考えずにいられると思うかい? 封じられたのは本当だったとして、全力で取り掛かって抜け出せないとは思えなかったのさ」
「……うん、確かにそう思うものだろうな」
「それが仮に百年掛かるものだとしても、百年で済むなら抜け出そうとするだろう。千年だろうと同じ事。……そして我らを開放して、反撃に出るくらいはするだろう、とね」
「だが、そうはなっていないなら、最悪の事態もあり得る、と……」
ドーワはゆっくりと首肯する。
確か、例え冗談でも口に出すべきでない類の、というような事も言っていた。
彼らにとっては直接の造物主でもある。
あくまで可能性の一つとして考えるに留めて、本当に死んでいるとは思いたくなかったのだろう。
その気持ちは理解できる。
とはいえ、ドーワは同時に予期してもいたので、ショックを受けているようには見受けられなかった。
受け入れ難いとも違う、遣る瀬無い気持ちは窺う事が出来る。
しかし、いつまでもそうしている事は、迫る瘴気が許してはくれなかった。
「だが現実として、大神は死に……結果残されたのが、あの黒泥と毒だ。どういうモノか分かるか? ルヴァイルなんかは……、瘴気と呼んでいたが」
「何と呼ぶのが正しいのかは知らない。ただ、汎ゆる命にとって良くないもの、という事が分かるだけだ。……燃やしたところで意味はないだろうね。もっと早い段階ならあるいは、と思うが、今や規模が大き過ぎる」
「それがハッキリしただけでも良い。それに、大神が頼りにならない時の
そう言って、ミレイユはルヴァイルへ視線を向けると、堅い顔をして頷き、やはり堅い口調で声を発した。
「はい、その為の八神排除です。『遺物』による万能的解決を期待しての事でした。しかし……」
「しかし、何だ? 懸念でもあるのか?」
「万全な結果を齎すのに、十分なエネルギーが注がれているかは、疑問が残ります」
「足りないと言うのか? 今まさに六つの神魂が、追加で充填された状況だろう? その上で?」
ミレイユとしては、必要以上のエネルギーが集まった、という認識だった。
だが、改めて考えてみると、ドラゴンを元の姿に戻すのに使ったエネルギーは、神魂一つと神器一つだ。素体を昇神させるには、神魂相当が三つと神器が五つ必要だった。
神魂と神器のエネルギー量がイコールでない事は分かるとしても、それを数字換算するとどうなるか、そこまでは分からない。
だが印象として、昇神に至るエネルギーと、世界を救済するエネルギー、どちらがより必要かと考えた場合……。
確かに、不足を感じざるを得なかった。
より大きな願いには、より大きなエネルギーが必要となる。
その理屈は分かるものの、どれ程までに必要なのかは不明瞭だ。
足りないというなら、足した後で再度願えば良いのかもしれない。
だが、そんな悠長な事をする時間もなく、更に言うなら供給元にも覚えがない。
小神は結局、戦場に姿を現さなかった。
その小神にしても、八神による被害者には違いない。
明確な敵対をした訳でもない相手を狩り出して、その命を使う事には抵抗がある。
とはいえ、座して死ぬ事だけは断じて受け入れられなかった。
――どうするべきか。
思わずミレイユも表情を堅くさせつつ、ドーワへと顔を戻して問い質す。
「どう思う? 足りないと思うか?」
「願う規模に寄るだろうさ。あの瘴気を消すだけなら、今のエネルギーだけで十分だろうね」
「それでは結局、世界は破滅から逃れられない。今も下界は崩壊の兆しを見せているんだろう? 六つも柱が崩されて、いつ崩れ去ってもおかしくない状況の筈だ」
ラウアイクスも言っていた事だ。
ここにいる限りは実感が湧かない、しかし下界では既に影響が出始めている筈だと。
「世界の救済、それが希望かい。そっちの神が、ミレイユに協力しているのも、その為なのかい?」
「――そうです。妾たち八神が始めた負債です。そのツケを払う為にやった事でした」
「大神がいた頃の世界に戻す為、か……」
ドーワは遠くを見据えて、何かを思い返しているようだった。
数秒だけそうしていたかと思うと、やおら首を巡らせて、周囲から窺うように飛んでいた他の四竜へ目を向ける。
「構わないかね?」
「……是非もなかろう」
「大神の御方々も、最終的にはそれを見越して用意していた筈だ」
「……そのとおりだ」
四竜の間だけで分かる会話が遣り取りされたと思うと、一声吠えた。
それは辺りに響く朗々とした吠声で、それにつられて周りのドラゴンも叫び出す。
互いを鼓舞しているようにも、あるいはドラゴンの間だけで伝わる歌の様にも感じられた。
そうして一通り吠声が収まると、ドーワが隣のドラゴンの首に噛み付く。
それは友愛を示すというには荒々しく、鱗が砕け、皮膚を裂き、牙が深々と刺さる苛烈なものだった。
「――なッ!?」
ミレイユは辛うじて声を抑えたが、アキラは素直に反応を示して驚愕する。
事前に示し合わせていた事、そして互いの同意があったように見えた事から、唐突な裏切りという線は考えられなかった。
襲われた四竜の一体も、抵抗すらせず素直に噛み付かれるままになっている。
そして万力を締めるかのようにアギトが食い込み、ボキリと音がすると骨が折れて首がだらりと落ちた。
それと同時、神々が光球に包まれて飛び去って行ったように、ドラゴンもまた同じ現象を起こして飛び去って行く。
止めようと伸ばし掛けた手は、それで意味する所が分かって力なく落ちた。
見守っている間にも、ドーワは二匹目に取り掛かり、それが終われば最後の竜も噛み砕く。
「神魂と同等である、四竜の魂を捧げようというのか」
「別に気にする事ぁないよ。ドラゴンに死の忌避感なんぞない……そう、言ったろう? 神の処理役として使った後、きっと我らも処理し利用するつもりだった筈だ。その為に忌避感を持たせなかった」
「黙って見ていた手前、何を言う権利もないと思うが……。それで良いのか」
「是非もない。そう言った竜がいたね、それが全てさ。これで追加の三魂で足りなければ、この魂も使いな。予想じゃ足りると見てるんだが……、今の状況は酷いもんだからね。『遺物』がどう判断するかだ」
そう言って、大した感慨も見せず、光球が飛び去った方向を見据える。
ミレイユもつられて同じ方を見たが、暗い中では流れが非常に緩やかになった水と、点在する島くらいしか目に入らない。
光球は大瀑布の下へと隠れ、この位置からは見えなくなってしまた。
それで背後を振り返ってみると、勢いを増したように見える瘴気がある。
予想より速まった黒泥の毒は、今は神域の半分を越し、その七割を飲み込もうとしていた。
これが地上に落ちるより早く解決したい。
ミレイユはインギェムへと手招きし、近付くように頼むと声を荒らげて言う。
「とにかく、今すぐ『遺物』へ向かいたい。孔を出してくれ」
「無理だな」
「無理? どういう意味で?」
ドラゴンの背の上で、剣呑な空気が一瞬の内に広がった。
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