再会と別れ その6
食堂酒場から辞去するミレイユ達の背を追いながら、アキラは不可思議に思う気持ちを抑え切れずにいた。
彼女たちはまるで、追い立てられるかの如く動いている様に見える。
それが何かまで分からないが、アキラに隠し立てがある事も、それとなく察する事が出来た。
ミレイユはアキラを認める旨を口にしてくれたものの、それはアヴェリン達と同列に置く事を意味しない。
だから全てを教えてくれる必要もないが、より傍に近付く為、また役立ちたい為、知りたいと思ってしまう。
かつてミレイユは、アキラの弱さを理由に、秘密を教えてくれなかった。
そして、理由を聞いて納得もした。
ミレイユに近しい人物として、彼女を探ろうとする何者かがいるとするなら、アキラは良いカモと映るだろう。
幻術や催眠といった手段で、情報を抜き取ろうとされたら、きっとアキラは抵抗できない。
それを懸念して、予め与える情報を絞りたい理由も良く分かるのだ。
しかし、今の彼女たちの行動は、それとはまた違う気がした。
教えたところで益がない訳でも、教える意味がないと思っているのではなく、ただ知られたくない、という理由の方がより近いように感じる。
それに根拠はない。
ただの直感から来るものに過ぎなかったが、しかし不思議と確信に近い思いがある。
とはいえ、何か隠している事が、アキラにとって不義理だとは思わない。
今までアキラに教えない、教えられない事柄は幾つもあったが、そこには常に、納得できるだけの理由があった。
だから、今回もきっとそうだと思うのだが……、胸騒ぎが治まらない。
知らない事こそが不義理の様に思えて、それが自分でも不思議だった。
アキラはミレイユ達の最後尾に付いて歩いていたが、行き先がどこかは聞いていなかった。
どこであろうと着いて行くが、どこへ行くかは知っておきたい。
そう思って口を開いたところで、先にミレイユの方から横顔を見せつつチラリと笑った。
「良い仲間を持ったな」
「……え? あ、はいっ。別れを惜しめる友情を築けたのは、素直に嬉しく思います」
突然な率直な感想に面食らいつつ、アキラが素直な気持ちを吐露すると、ユミルがいつもの笑顔を向けてきた。
「友情ねぇ……? ホントにそれだけ?」
「いや、何ですか……。答え難い質問やめてくださいよ……」
アキラは言葉を濁す事も、背く事もできず、弱りきった顔で顔を背けた。
イルヴィからは、実直に求婚を迫られていた。
無理矢理抱きついて来たり、愛をせがむ様な振る舞いをせず、ただ正面から言葉だけ向けてくる求婚だった。
時に冗談めいてベッドへ誘われる事はあったが、決して本気では無かった様に思う。
身持ちが固いというか、互いの合意を何より遵守していて、それでいて器用な男女の恋愛というものを互いに知らない為に、あぁいう態度になっていた。
イルヴィは婚姻を望んでいても、愛を求める言葉を言わなかった。
アキラからすると、愛が先にあって、その先に婚姻があると思っているので、恋愛観がそぐわない。
彼女の持つ部族の常識では、まず婚姻ありきの様だから、それも合わさって気持ちが擦れ違っていた様な気がした。
何れにしても――。
ユミルが勘ぐる様な、年頃の男女にありがちな、甘酸っぱいものが無かったのは事実だ。
武器の手合わせ、体術の手合わせで密着する事はあっても、それ以上の何事もなかった。
特にイルヴィは、武技を磨く、という一点において、他人とは隔絶した意識の強さを持つ。
鍛練中に肌が密着する様な事があろうと、そこに甘いものを持ち込む事は決して無く、それがまた何かと奥手なアキラと合わさり、前に進まなかった原因ともなっていた。
甘いものといえば、最後に見せた口付けだけで、だからこそアキラは面食らってしまったのだ。
あれはあれで、彼女の部族に伝わる神聖なまじないなのかもしれないが、不意打ちのように使われるものでもないのではないか、という気がする。
特に、何かと部族のしきたりに強い誠意を見せる彼女だからこそ、余計にそう思えてしまう。
だが、イルヴィの気持ちはしっかりと伝わった。
ただ浮かれる事だけ出来れば良かったのだが、イルヴィの気持ちに応える踏ん切りが付かないアキラには、どう考えて良いか参ってしまう。
彼女の言葉に嘘がない事は理解していたが、成人より前に結婚するなど、アキラの常識の中には無い。
特に十代の結婚など非常識と考えられる面もあり、恋人を作った事もないのに、そこを飛ばしていきなり真剣に考えられない、というものもある。
何よりアキラは、まずミレイユの役に立つ、恩義を返すという目標があって、それより大事なものなどなかった。
そして、それを達せられないと、次を考える余裕もないのだ。
ミレイユの後を着いて行く事は、自殺に等しい、と本人にも言われている。
元より、帰って来られない可能性の高い旅路だ。
より先の未来を考える余裕など、なかったと言い換えても良い。
だが、生きて帰れたら、もう少し真剣に考えてみようかと、思い始めていた。
「私はお前が、自暴自棄になっているとは思っていなかったが、目的の為には先行きを諦めても良い、という決心を危ぶんでいた。誰にでも未来はある、などと綺麗事を言うつもりもないが……、しかし捨てるというには早すぎる」
「それ言うなら、アタシはアヴェリンにだって同じコト思ってるけどね。忠義も結構だけど、三十年も生きずに闘争の中で果てる……。それが幸せとは思えないけど、どうやら本人は満足らしいし」
「それは考え方の相違だな。長く生きれば、満足できる生涯とはならん。どう生きるかより、どう死ぬかが問題だ」
アヴェリンは憮然と言ったが、元より理解を得ようと言った訳ではないようだった。
それこそが戦士の生き様だ、と語気を強めて言いそうなものだが、今回はそれがなかった。
もしかしたら、アキラが知らないだけで、過去に何度も繰り返された会話なのかもしれない。
ただ、そこのところで言うと、アキラの生き方はアヴェリンに似ている。
彼女の忠義とは少しずれるが、アキラも恩義の元に戦う。
受けた恩以上のものを返したいから、命を賭ける様な事態になっているが、もっと小さなものを受け取っていたなら、きっとここまで付いて来る事はしなかった。
「死生観というものは、簡単に変わるものじゃないしな。部族からして違えば、種族も違う。世界すら違う者同士が、同じ思いになる筈もない。だが――」
そう言って、ミレイユはアキラに向かって満足する様な笑みを見せた。
「お前は最後まで生を諦めない、そういうつもりになったのは喜ばしい。死ぬなとは言えないし、むしろ死ぬだろうとしか言えないが、それでも死を前提にして欲しくないしな」
「そういう意味じゃ、確かにあの娘たちは良くやったわ。アタシ達じゃ、ちょっと今更言えないコトだしね」
「元より死に場所を決めた戦士に、生きろなどと言えんものだ。だが、ミレイ様のお望みに適ったのなら喜ばしい。お前がミレイユの御心に沿う事が出来るなど、初めてではないか?」
アヴェリンから揶揄する様に言われたが、思い返して見れば、確かにそうかもしれなかった。
アキラの戦功に対して満足する日が来るとは思えないから、これが最初で最後の可能性すらある。
アキラは苦い顔をしながら頷いた。
「彼女たちには、もっと感謝しないといけませんね。再会して、直接伝えられる様に努力したいと思います」
「……あぁ、それが良い。この旅路は困難に違いないが、やってやれない事はない筈だ。誰も退場させる事なく終われたら、それが最上だし……私は、そのつもりでいる」
ミレイユの視線から強い感情を読み取れて、アキラは思わず固唾を呑んだ。
その強い感情には多分に敵意も含まれていて、肝が冷える思いがした。
アキラに直接向けられたものでないからその程度で済んだが、向けられた相手は、ミレイユに一体何をすれば、そこまで強い敵意を向けられるのだろう。
そして、それがこれから相手ともなるのだ。
戦々恐々として思いで、今も先頭を進むミレイユの顔を伺いながら聞いた。
「あの……、これから何処へ向かうんです? 準備が必要なら……」
「あぁ、そうだったな。お前の方の準備は良いのか? 宿を引き払ったり、そういう手間は?」
「いえ、依頼を果たす為に少し遠出になりましたし、どれくらい掛かるか分からなかったので、その時点で宿代は一度精算しています。荷物に関しては、ミレイユ様たちと事情はそう変わりませんし」
アキラが言うと、ミレイユは満足そうに頷いた。
この世界の冒険者は刻印で何でも済まそうとするが、手荷物だけは例外だ。
むしろ、その刻印を最適な形で運用する為、個人空間などという無駄を省いて、その分の魔力を割いている状態だ。
だから基本的に武器は肩に下げたり腰に下げたりしているが、アキラの場合は神明学園で基礎を学んで修得していた為、手荷物は全て空間に仕舞ってある。
アキラが持つ利便性を羨んで、スメラータも同様に修得してからというもの、テントなどの手荷物も彼女が持っていた。
だから、チーム内の共有物を持ち逃げする様な不名誉も避けられた。
「これからは速度が要求される。多くの問題を一挙に、そして息吐く暇もなく攻め立ててやる必要があるからだ。その為の準備も、既に進めていた」
「そうなんですね」
「アンタが帰って来る前日にね、既に手配は済ませてあるの。アヴェリンが使いっ走りしてたものを、今から受け取り……というと語弊があるけど、とにかく受け取りに行くところなのよ」
「あっ、もう昨日には着いていたんですか」
「そうよ。こっちもいつ帰って来るか分からないアンタを、いつまでも待ってる余裕なんてなかったからねぇ……。あちらの準備が終わるまでに帰って来なければ、アンタを置いて行く予定だったわ」
「あっぶなぁ……!」
アキラは重く長い息を吐き出しながら、胸を撫で下ろす。
かつてミレイユが、アキラを連れて行って良い、と言ったのはあくまで温情の一つに過ぎなかった。
だからもし、今日帰って来なかったら、本当に置いて行かれていただろう。
危機一髪だったか、と改めて胸を撫で下ろしていると、向かっている先はアキラも良く知る場所のようだった。
今まで迷う素振りも見せず一直線に突き進んでいた先には、間違いなく魔術士ギルドが建っていた。
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