待望 その4

「何だって……?」


 思わず聞き返したミレイユに、ルヴァイルはニコリと微笑む。


「口だけでは証明できない、それ故、信用も信頼も出来ない。貴女の言い分としては尤もでしょう」

「それより前に、もっと怒れよ。神に対して向ける言い分じゃないだろが」


 隣からインギェムの呆れた様な視線を向けて、それから疑念の表情でルヴァイルを見る。


「聞きたいんだが、己を連れて来たのは、それが理由か? 単に箱庭の解説や、あっちへ繋げてやれる事を説明させる為じゃなかったのか」

「えぇ、それがまず一つ。間違いなく、その為に来て貰ったものです」

「――言っておくが」


 ミレイユは視線を鋭く細めた上で、腕組したまま指を向ける。


「私はそれを、許した覚えはないからな。不意打ちに等しい、と言ったのを覚えているか? 余りに軽率な行動だ。それで信用を失うとは考えなかったのか?」

「――なかった、んでしょうね。先読み故の弊害かしらね? 許されるんだか、あるいは最終的に和解出来るのなら、最効率の手段を選んだ、とかそういう話でしょ」


 言葉を窮すように口を閉じたルヴァイルに代わって、ユミルが代弁するかのように指摘する。それでも反論らしいものを口にしないのは、図星だからと見て良いのか。


 ユミルの言うとおり、最短距離、最高効率を目指した故なのだとしたら、一定の理解はは出来る。

 その傲慢さは鼻に付き、早くも嫌気がさして来たが、ルヴァイルの表情を読み解いてみると、どうやら違う様にも思えてくる。


 ルヴァイルの顔は途方に暮れたように見えた。

 目指すべき方向を見失っているような、足元しか見えない暗闇を手探りで進んでいるような、そんな危うさが見える。それが何とも不思議に思えた。


 ルヴァイルは迷い迷いして、意を決した様に顔を上げる。

 その瞳は決然としているものの、抗いがたい恐怖と葛藤しているかのようだった。


「本日は、何一つ隠し立てせず、全てをつまびらかにすると決めていました。だからこそ、一人で来なかったとも言えるのですが……、これは私にとっても未知数の事なのです」

「未知……、どういう事だ?」

「そのまま、言葉通りの意味です。幾度と繰り返してきた時の中で、この様に対面した経験などない。ようやく、妾達は唯一の正解を引き当てたかもしれない。いま立っているのは、そのような場。これまでの経験から類推する事は出来ても、多くが私の予想や理解を越えた展開になるだろうと思っています」


 気になる単語は幾つもあったが、それを口に出すより早く、ユミルが攻撃的に言い放った。


「妾達……? アンタの、の間違いでしょ。こちらが好きで繰り返して来たとでも思うの? いつだって、どんな場合だって、その繰り返しを止める為に動いていた筈だわ。それを長引かせていたのはアンタらじゃないの」

「それは違う。貴女方が最も求めるのは、円満な形で終わらせる事でしょう? 何一つ、誰一人犠牲になる事なく、解決へ導く事を求めている。妾にとっても同じ事。最も円満な形で終わらせたい。それが出来るミレイユというのは、実に少ない……」

「だから、その選り好みした結果が今なんでしょ? アタシたちが求めているものと、アンタが求めるものが、同一の物だと思ってんじゃないわよ」


 一言交わす度、二人の間にある温度が下がっていく様な気がした。

 ユミルの怒りは、その当たりを引くまで繰り返されたミレイユ達を思ってのものだ。最適な終わり方というものが、どういうものを指すのか不明だが、そこには間違いなく違いがあるだろう。


 神々が――更に言うとルヴァイルが求める先にあるものと、ミレイユが求めるものは、全くの別物だろうという確信がある。

 その一挙両得を狙うから、切り捨てるミレイユが生まれた。

 オミカゲ様がそうであった様に、見事に裏を掻かれ続け敗退し、逃げ延びるしか道がなくなった。


 その悲哀や悔恨を知るユミルからすると、その選別は憤らずにはいられない。

 だが同時に、だから今すぐ全てを反故にする事は出来なかった。怒りは正当で、そして飲み込むべきものでもないが、それをいま吐き出す場面ではない。


 ミレイユは一度、ユミルを冷静にさせる為、その肩に手を置き首を振る。

 今は黙って聞いていろ、と目で語ると、不満気に顔を顰めて息を吐いた。肩からも力を抜き、背もたれに身を預けると、好きにしろ、とでも言う様に手を向ける。


 それでミレイユは、改めてルヴァイルへと向き直った。


「まず、聞きたいんだが……。繰り返し行われる私のループ、神々が求めているのは正にこれだな? 私を神にしたいのではなく、時を回す歯車にするのが目的だろう。……だが、何の為に?」

「おいおい、それを一体誰から聞いたんだよ。接触した神はカリューシーだけだろうが、小神が知ってる内容じゃないだろ……」

「そのカリューシーが、私を昇神させるのが目的じゃない、と言った」

「そりゃ……それぐらいなら知ってるが、それだけで目的を見抜いたってのか」


 その一言が切っ掛けではあるが、その一言だけで察した訳でもない。

 インギェムは感嘆するように息を吐き、それからここで初めて好意的な笑みをミレイユに向けた。


「ははぁ……、ルヴァイルが気に入ったのは、そういう部分もあるのか。――いいじゃないか、どこまで辿り着いた? 答え合わせといこうじゃないか」

「答え合わせも何もない。それ以上の事など知りようがないだろう。敢えて私を繰り返させている事や、その思惑に乗りつつ、ルヴァイルが何を画策しているかなんて、私に知りようがない」

「……ふむ、それもそうか。けど、ループこそが目的だと見抜いた訳だ。何で分かった?」

「繰り返される現象に対し、状況が不可思議だ。過去へ飛ぶ事を決意するに至る、私の思考行動にしてもそうだが、誤認させる情報を渡した上で、過去へと飛ばせていたのが理由かな」

「繰り返す中で、いつかは覆せると思わせるのも重要なんだよな。……さもなくば、滅びる」


 またも聞き捨てならない単語が聞こえて、ミレイユは頭痛を堪えるかの様に顔を顰めた。

 一々、会話の流れを止めたくはないが、これは聞いておかねばならないだろう。


「滅びる? その滅びとは何だ? それが理由なのか?」

「あぁ、つまり八方塞がりってやつさ。どうしようも失くなった苦肉の策。そして、お前は都合が良い。そういう意味だ」

「全く分からん。何がそういう事だ。分かり易く説明しろ」


 インギェムは閉口して、眉間に皺を寄せて目も閉じる。

 既視感のある動きを見守っていると、目を開けたインギェムは助けを求める様に、ルヴァイルへと顔を向けた。

 ルヴァイルは渋い顔を見せて非難する目を向けたが、結局何も言う事なく、その言葉を引き継ぐ。


「神人計画についても、色々と知っている事でしょう。その事に、今更説明は入りませんね?」

「どこまでが欺瞞なのか分からない上で、どこまで正確に理解しているかどうかまで分かるものか。ただ、本来の意図としてだけなら、神魂を作る事にこそ意味があるんだろう? そして、その神魂をどうするかまでは……、知った事ではないが」


 ルヴァイルは満足そうに頷く。


「その理解だけで十分です。神魂は世界の存続の為に使われる。それが最も効率的なやり方だと、そう思われていた」

「いた、ね……。そして世界を存続か? どこまで本当か疑わしい。神々自身の存続にこそ必要だと、ウチの者は推測していたんだが……」


 ミレイユが意味深な視線をユミルに向けた後、疑念が強まるばかりの口調を投げ掛ける。

 それに対するルヴァイルの返答は否だった。


「それが全くの誤解だとは言いませんが……。信仰を求め、願力を確保しようとするのは、確かに神たる存在を確固とする為、自己の存在を高める為です。ですが、それをもって自己利益の為に神魂を求めている、と思われるのは心外ですよ」

「何一つ、神を信じられるものが無かったものでね。……だが、それならどうして、私は昇神させないんだ? 今さっき、インギェムも口を滑らせていただろう。神人の最高傑作……では何故、私は素体のまま、昇神させる事すら拒み、繰り返す時の流れに押し込まれたんだ……?」


 言葉に出す事で情報が整理され、そしてだからこそ見えて来るものもある。ミレイユは改めてそれを整理する事にした。


 ――有能で有力であった筈のミレイユを、使用する事なくループを作る一要素にする。


 世界の存続に神魂が必要、というルヴァイルの言い分を信じるのなら、やはりミレイユの神魂は他の誰より有力であった筈だろう。


 だが神々は、それを利用しないと決意したのだ。

 昇神させず、捨てる事を選んだ。


 ミレイユを時の流れに押し込み、そして繰り返させる事を目的としたのなら――。

 殺すのでもなく、単に捨てるのでもなく、繰り返す時の歯車パーツとして利用する事を思い付いたのなら――。


 その繰り返しの果てに得られるものこそが、目的となるのだろう。

 あるいは、得る為に繰り返し続けている。

 ルヴァイルが『当たりのミレイユ』と出会うまで、繰り返し続けて来たのと、理屈は同じだ。


 神々の全てが賢い訳ではない、それはこれまで話したインギェムからも察する事が出来る。

 しかし、格別に賢い者もいる。一つの手に複数の意味を持たせる策謀家だ。


 その神が、果たして本来の使い道とは別にした素体を、単なるパーツ止まりで済ませるものだろうか。そこに別の意味も持たせていたとしたら――。


 それこそが答え、という事だろう。

 だが納得いくだけの説得力を持った答えを、ミレイユは導き出せなかった。見つけ出すには情報のパーツが不足している。


 何を求めているか分からない限り、到達できない答えとも言えた。

 悔やむような視線を向けて、ルヴァイルを睨み付ける事しか出来なかった。


「何か思い付いたような顔ですが……明確な答えまでは出てきませんか。では、答えを言いましょう。――神々は貴女を恐れたのです」

「恐れた……? 神々が、私を……?」


 思わず、呆然となった言葉が口から出た。

 それは全く予期していなかった答えだった。ミレイユを利用し、パーツとして使う事で、その先にある何かを得る為に策謀を巡らせていたのだと思っていた。


 だが、恐れていた、という事は――。

 単に自ら遠ざける事のみを目指していた、という事になる。

 だが、それでは日本からミレイユを回収した事と矛盾してしまう。


 以前にも考えた事のある推測だった。

 目的があるからこそ、手間を掛けてまでミレイユを回収した。捨てるというなら、回収しないだけで解決する問題だ。


 思考が堂々巡りしそうになり途方に暮れていると、ルチアが妙な納得を感じさせる声で頷いた。


「多分、ループの始まる前と後とで、求める理由が変わったんです。そして、である現在、ミレイさんは排斥したい。では、はどうだったか、というと……。これは素直に、昇神させるつもりだったんじゃないでしょうか」

「つまりそれが、繰り返す事の理由になったと言いたいのか? 小神として求めたつもりが、直前になって止めたと? そして止めた結果ループが……、それでループが何故望まれるんだ」

「そこまでは何とも……。ただ止めた理由は、分かる気がします」


 ミレイユにはサッパリ分からない。分からないというより、考えたくもなかった。

 それで答えを促し首を傾けると、ルチアは困った顔をしながら持論を述べ始めた。


「汎ゆる困難を跳ね除け、神ならずとも神を討ち果たし、そして信奉すら得る。こんな神が誕生したら、どうなると思います? 神々とて、互いに信仰というシェアを奪い合う商売敵な訳です。一つの突出した人気を持ちかねない神は、きっと邪魔なんじゃないでしょうか」

「そんな理由でか……? だが、大神はいつでも小神を贄と出来る。生まれたばかりの神を、複数で謀殺する事だって可能な筈だ」


 小神と大神の戦争は、この世ではありふれたものだ。伝承の中で数多に存在し、人が人と争うように、神もまた争うものだと信じている。

 だから神同士の争いや、仲の悪い神同士が多少派手な喧嘩をしたくらいでは、民達も大きく動じるものではない。


 今更それ一つで揺らいだりするほど、大事だとは捉えていないのだ。

 そして、これまで常に大神が勝ちを拾って来た手段を用いて、ミレイユもまた打ち負かして神魂を奪うなりすれば良い。

 そうして欲しいと言いたい訳じゃないが、敢えてリスクを回避する程の事では無く思えた。


 ルヴァイルは緩く首を左右へ振り、ルチアへ向けていた視線を外す。それからたっぷりと時間を取って、ミレイユへ困った視線を向けて言った。

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