森の中で その6

「……有効そうな手段とはいえ、予測は予測でしかない。結果として私に使わせたい、ループさせたい思惑が優先されるのなら、あくまで脅しとしてしか使えないだろうと思うんだが……」

「それも結局、予測でしかないけどね……。『遺物』に対して仄めかすより、もっと他に上等な手段はありそうなものだし」

「勿論だ。今は何より、情報が足りない事こそ問題だ。ルヴァイルと対面したなら、これはまず訊くべきところだろう。その反応次第で、こちらも完全に切るかどうか見定められる」


 ミレイユが顔を上げて不敵に笑うと、ユミルも顔を上げていつものように笑みを浮かべる。


「良いわね。予想されていた問いなのか、それとも意表を突けるか。その反応で分かる事もありそう」

「ナトリアの反応を見る限り、私は今までの統計からは掛け離れた存在らしい。それを信じるなら、この質問は、それなりの反応を引き出せると思うんだが」


 ユミルは一瞬考える素振りを見せたが、すぐに頷いた。


「そうね。そうだと思うわ。端から信用していないのも、信用するつもりがないのも承知の上でしょうよ。アンタの推測が正しいなら、信用を得る為の助言も惜しまない筈。ここで回答に詰まるようじゃ、企みを隠してるって言ってるようなもんじゃない。切り捨てるには十分な理由よ」

「散々を引っ掻き回してくれたんだ。白状させた上で、相応の報いは受けて貰う」

「良いわね、素敵よ。我が一族について、どこまで関与してるか知りたいところだわ。それ次第じゃ、どうあっても死んで貰うけど」


 浮かべていた笑みが、殺意を含んだ禍々しいものへ変貌する。

 子供が見たら泣くやつだな、と他人事の様な感想を浮かべていると、傍らで無言のまま震えてるヴァレネオに気が付いた。その補佐官などは、泡を吹いて卒倒しそうになっている。


 ミレイユは念動力を用いてユミルの肩を揺すり、強制的に壮絶な笑顔を止めてやった。

 流石にやり過ぎたと悟って、即座に笑みも気配も元に戻し、改めてミレイユを見やる。


「とはいえ、まぁ……別に止めやしないでしょ?」

「あぁ、好きにしろ。私は実感こそないが、にとっても恨み無しとは言えないしな。それもこれも、裏付けが取れてからになるだろうが」

「そこはお任せよ」


 ユミルが再び壮絶な笑みを浮かべそうになり、慌てて頬に片手を添える。

 今更ながらヴァレネオへ片目を瞑って愛想を送るが、全くの逆効果にしかなってなかった。脅しつけるつもりはなかったろうが、結果としてそうなってしまっている。

 ミレイユは場を取り直す様に、敢えて朗らかと感じられる笑みを見せながら、ヴァレネオへ話しかけた。


「話を逸らしてしまって悪かった。思考が外へ流れてしまってから、つい止められず話し込んでしまい……」

「いえ、どうかお気になさらず……! ミレイユ様にとって重要な事だったと、よく理解しております」


 ヴァレネオは固辞する仕草を見せて、それから背筋を伸ばして顎を引く。


「むしろ、そのお考えの一端をお聞かせ頂き、感謝しております。改めて、敵として相手するに厄介な存在だと感じ入りました……!」

「……そうだな、楽な相手じゃない。武器を振り回して、倒すだけで良かった昔が懐かしい」

「……言っとくけどね。それも大概、簡単じゃなかったからね……」


 ユミルがじとりと粘着く様な視線で見つめて来て、ミレイユは思わず苦笑する。

 いずれも、世界の危機と呼べる相手だった。簡単な相手でなかった事は間違いない。比較する相手が策謀を得意とするし、一手間違える事が致命的となるから凶悪に思えるが、世界を炎に飲み込む竜とて、凶悪な相手に違いなかった。


 ミレイユはそれまでの空気を払拭するよう手を振って、逸れてしまった話を再開する。


「森への襲撃についてだが……。だからつまり、敢えて事を荒立てないと思うんだよな。軍を派兵し、私を拘束するのも時間稼ぎになるには違いないが、微々たるものだ。やるというなら、デルン王国軍だけじゃ足りない。世界の敵として祭り上げた上での、大連合を組む必要があるが……現時点で、そんな話は出てないしな」

「祭り上げるにも、相応の理由が必要だものね。神々から直接宣下あった、それだけで十分とも言えるけど……。何を持って、という理由を蔑ろにすると不信を招く。不信は信仰の不和を呼び、別の神への鞍替えも生まれる。――まず、ないでしょ」

「元より襲撃は緊急措置、という位置付けだろう。拘束が叶っている現状、敢えて攻撃する必要を考えていない」


 その拘束にどういう意味があるかは不明だが、それが目的というなら、甘んじている現状に不満はない筈だった。切り離し工作は、それを覆す程の問題になるとは思えない。

 何しろ、ミレイユ個人にとっては、利になる行為と言えないものだ。森へ積極的な味方している、と見られる事になろうとも、それ自体を問題としない筈だった。


 藪を突けば、とは言うものの、切り落とされた手足にそこまで高い価値を付けていない以上、行動を起こすと思えなかった。

 結局のところ、神々の狙いはミレイユの抹殺でも、森を攻め落とす事でもない。ミレイユとしても意図が読めず動けないが、この程度なら問題にならなない、と判断していた。


「我らにとっても少なすぎる利益だ。……が、ギルドの存在は目障りには違いない。いざという時、デルン側に付くかもしれない事を考えると、ここで切り離しておく意味はある」

「その見込があるかどうかは疑問だけど、全くのなし、というよりは良いかもね。ま、いいわ。別に反対する程の事でもないし」

「……うん、じゃあ頼むぞ」

「……いつから?」


 拒むものではない、と言いつつも、即座に動くつもりはないらしい。喫緊の問題ではない、というのも確かだが、いつまでも放置して気分の良いものではなかった。

 ミレイユは目を細めて、じっとりと睨み付けてから、緩慢な動きで扉を指差す。


「……嘘でしょ、今から?」

「暇してるんだから、別にいいだろ」

「じゃあ、日が暮れてからでも良いでしょ? どうせ隠伏して行動するなら、森への出入りは極力見られない方が良いと思うし」

「尤もらしい台詞だが、本音は?」

「アヴェリンが只の喧嘩に、どれほど素晴らしい仲裁をしてるか見ておかないと。呻き声の合唱とか、聞こえるんじゃないかしらね」


 呆れた物言いだが、同時に許容範囲でもある。

 好きにしろ、と肩を竦めて、ミレイユは止まったままだった書類の始末を再開した。


 ――


 ミレイユが本日分の書類を捌き切り、深い溜め息を吐いた時だった。

 窓の外から一際大きな歓声が上がる。小一時間程前から始まったこの声は、時間を経る毎に大きくなっているようだった。


 ユミルといえば、その歓声が耳に届き始めて来てからというもの、サッサと見物に行ってしまっている。元より仕事をしていた訳でなかったから、裏切り者、という感想は適切とは言えない。

 しかし、一人仕事で置いていかれてしまった立場としては、その程度の恨み言、許されて然るべきと思っていた。


 ミレイユはようやく終わった仕事に背筋を伸ばし、大きく息を吐いて立ち上がる。

 傍らにヴァレネオへ目配せすると、窓の向こうを見ながら声を掛けた。


「お前も、あの歓声の正体を確認して見たいんじゃないか?」

「ミレイユ様におかれましては、外の様子が大層気になっておいででしたからな。私はもう少し仕事を片付けてからにしますので、どうぞお気遣いなく」

「……お前も大概、仕事好きだよな。私は早くも音を上げ始めているぞ」

「培って来た年季が違いますれば」

「含蓄の感じられる台詞だな……」


 ミレイユは苦笑しながら席を立つ。

 本来は、普段からこうも忙しいものではない、とヴァレネオから聞いていた。そもそも戦時だからと、色々な仕事が余計に増えているだけで、更に言うとミレイユ景気みたいなもので、余計に仕事が増えているだけだ。


 屋根の雨漏りの様な、本来なら自分達で解決してしまう仕事さえ、こちらに回って来ているからこその慌ただしさだという。

 預かるなどと大それた事を言った手前、それを反故にしない範囲でやっているが、神々との抗争が本格化すれば、自然とこの様な仕事も出来なくなる。


 殆ど雰囲気作り、何かをしているアピールみたいなものだが、それで喜ぶ層も間違いなくいるので、償いみたいなつもりでやっていた。

 ミレイユは手を振ってヴァレネオの前を通り過ぎると、壁に掛けていた、いつもの帽子を手に取って頭に被る。


 屋敷から外に出ると、精霊に触れようと手を伸ばしている子供と、近付かせまいとするフラットロが、逃げる遊びをしていた。

 てっきり歓声に呼ばれて移動していると思っていただけに、これには意外に思えてしまう。


 ミレイユの存在に気付いたフラットロは、逃げる勢いそのままに、胸の中に飛び込もうとして来た。咄嗟に魔力を制御して、『炎のカーテン』を行使する。

 それで炎に対する耐性を身に付けるのと、フラットロが腕に収まるのは殆ど同時だった。


「何だ、待っていたのか」

「紙乾かすだけなんて、つまらなかったからだ! つまらないぞ、一人はつまらない!」

「騒がしい催しがあるみたいじゃないか。そっちがあるだろう」

「いやだ! 一人はつまらない!」

「あぁ、一人はって言ったのは、そういう……」


 納得しながら背を撫でてやれば、甘えた声を出して鼻面を首筋に擦り付けてくる。好きなようにさせていると、それまでフラットロと戯れていて子供達は不満そうな声を挙げた。


「あぁー、ずるいぃー! ぼくたち触れなかったのに!」

「火の精霊は、触れると火傷してしまうぞ。意地悪していたんじゃない」

「でも、今は触ってるよ」

「私は、こいつの主だからいいんだ」


 ミレイユはわざと得意げな顔を見せながら、小さく笑む。

 魔術を使っているなどと言えば、自分たちも、となるのが子供というものだ。大人たちを見て、ミレイユがどうやら偉い人だという認識でいるみたいだが、接し方までは知らない。

 不快ではないので構わないが、これを知ると親の方が恐縮する。面倒事となる前に、さっさと移動してしまうのが吉だった。


「ほら、何か楽しそうな事をしているみたいだぞ。そっちは見なくていいのか?」

「ううん、行く!」


 元より興味は高かったのだろう。

 火の精霊は今だけだとでも思ったのか、構ってもらおうとじゃれついていたが、促してやれば素直に広場へ向かって駆けて行った。

 その背を追う様に、ミレイユもフラットロの背を撫でながら歩いて行った。

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