幕間 その1
神々によって、住まう神殿にはそれぞれ特色があって、それは建築様式にも表れる。
それは自身の感性によって表現された結果となる事もあるし、あるいは何かから着想を得て作られる事もあった。
神は捧げられる願力を持って事を成し、自らをイメージする至聖所として相応しい形を作る。その結果として、それぞれの特色が現れていた。
ルヴァイルの至聖所も三階層に組み上げられた巨大な聖塔で、過去・現在・未来という時の流れがイメージされている。
第一層の面が一番広く、その上に第二層が重なり、これが最も長い。次に狭く短い第三層が重ねられ、最上段にルヴァイルを祀る神殿が載っていた。
基部となる第一層は長方形をしていて、正面と左右から真っ直ぐに階段が掛かる。左右の階段が二層まで、正面の階段のみ三層まで達する、というデザインをしていた。
上面から見ると底面に向かって層が大きくなり、そして側面から見た場合、台形の箱を重ねたように見える建築物だった。
材質は木材とも石材とも見えない不思議なもので、叩けば硬い感触なのに、衝撃を逃がす柔性を併せ持つ。武器や防具に加工するには使えないが、見た目が白く艶もあり、神々の建築物に好んで使用される。
壁には『控え』と呼ばれる突出部がついていて、規則的に凹凸が出来ている事によって単調ではなくなり、陰影のある外観となっている。また、底面の各辺や壁体の稜線は中央で膨らみがつけられる事で、視覚的補正効果をねらった表現がなされていた。
総じて荘厳で、神の住まう至聖所として相応しく、神が持つ威厳と尊厳を余すことなく表現されていた。
ナトリアはその入口に当たる階段下で聖塔を見上げ、誇らしい気持ちを胸いっぱいに感じながら頭を垂れる。
この聖塔がこの世の何処にあるのか、ナトリアも知らない。
――かつて。
自らが信奉する神に祈りを捧げ、一週間の断食を経て、神の声を聞いた。同じ事をするだけで、神に声を届ける事も、また神から届くものでもないが、厚い信仰を向ける事で届く声というものもある。
そうして認められたナトリアには、神の使いを名乗る者に案内され、今と全く同じ場所へ辿り着いた。
至聖所とは別に、神使が暮らす建物という物もあり、そこで五年の修行を受けた果てに、今の力を身に着けた。
その時の事を思い出しながら、ナトリアは周囲を見渡した。
周囲には森があり、そして離れた場所には緩やかな流れの水が見える。この場所が恐らく湖の上に浮かんだ島であり、住んでいた場所から遠く離れた場所なのだろう、という予想は着いたが、それ以外の事は分からない。
例え的外れの予想であろうとも、この場所に対する詮索は禁じられている。
どこであろうと、ここが至聖所である事に変わりなく、だからナトリアは申し付けられたとおり、ここが何処かを詮索した事はない。
神が住まう場所――。
それを知っているだけで、ナトリアにとっては十分だった。
神々は、時として自分の世話役として、傍に何者かを侍らせる事もあるが、その中にあってルヴァイルは多人数を置く事を好まない。元より信仰心を多く向けられる神ではないから、それだけ厚く信奉する者も少なかった。
害を為す事のない神として慕われているものの、ルヴァイルが何か恩寵を授けた、という逸話もなく、それが原因で信者が少ないのだ。
存在感の薄い神、という事になるのかもしれないが、一年の無事を祈る神でもある。
ナトリアにとって、存在感を顕にし、誇示する様に神罰と畏怖を撒き散らす神よりも、ただ静かに寄り添ってくれる神の方が信奉を向けるに相応しいと感じた。
神からすれば、何をするにも意味はあるのだろう。人間にとって理不尽と思える事すら、神にとっては必要な事だったに違いない。
神が行う何事かに対し、逐一説明などないし、その必要もない。
それはそういうものだから、と不満に思ったりもしないが、時に苦々しく思う事はある。
そして何より、小神の中には明らかに生命を軽んじる者達がいる事こそ、ナトリアにとっては理解し難かった。
それにすら意味があるのだ、と自分に言い聞かせていたが、ルヴァイルに仕えるようになって、決してそういう事ばかりではないのだと知った。
この世界の為に、存在している神は少ない。実に少ない、と言って良い。
世のため人のため、神とは世界の礎であるべき、などと傲慢な事を言うつもりはないが、ルヴァイルはその数少ない神の一人だ。
ナトリアはそう聞いているし、そう信じている。
そして、そうであるべき神が少ないと知っているからこそ、ナトリアはこれ以上ない尊崇をルヴァイルに向けるのだ。
聖塔に対し下げていた頭を起こし、至聖所へ顔を向けて階段に足を掛ける。
一歩、また一歩と上がる度、信仰心が高まるような気がした。
特別尊崇を向ける相手とはいえ、他のどの神々より素晴らしいと感じるのは、単なる贔屓でないと思いたい。
とはいえ、それは純粋な信奉を向ける信者ならば、誰しも同じ感情だろうが……。
最上段まで昇り切ると、入り口には見知った顔の衛兵がいる。
彼らもまたナトリアと同じ神使であり、その玉体守護を仰せつかった信者だ。例え互いが同じ神に仕え、顔見知りであったとて、素通りさせてはもらえない。
型通りの審査をその場で受けて、ナトリアも実直に答えを返す。武器の有無も確認された上で、その先に進むことを許された。
室内は明り取り程度の窓が天井近くにあるだけで、火を焚かねばならないほど暗い。
実際、部屋の四隅には篝火が焚かれ、煙の匂いが充満しないよう工夫もされている。入り口から更に奥へ進むと、ルヴァイルの聖処となる部屋があり、そこで対面できるようになっていた。
当然、そこは私室という訳ではなく、対面の儀を果たす為の場所だ。
本当の意味での私室があるかどうか、ナトリアは知らないが、訪れた際に直接その玉顔を前に直答を許されるのは、この場所だと決まっていた。
聖処の中にも当然、衛兵がいる。
もしも謀反を企てようとしたら、あるいは何かが潜伏して侵入していたら、身を挺してルヴァイルを護り、そして天誅を下す為の戦士だ。
彼らは何も言葉を発さない。
この場に来る事を許されたというなら、ナトリアにはそれだけの信用があると見做されている。表の衛兵同様、彼らとも顔馴染みとなって久しいが、それは聖務とは何の関係もない事だ。
最奥には壇上に神座があって、そこにルヴァイルは座っている。
ルヴァイルは銀の髪を持つ女神で、背中に届くほど長い。頭に被った宝冠は両端に角があり、それが上向きにそそり立っている。
服装は白のヴェールを重ねたようなもので、華美さは無かった。代わりに首飾りや腕輪、足輪など、至るところに装飾品が輝いている。
椅子ではなく、
両手を拳の形に丸め、肩幅の位置、頭の横となる部分に突いて、敵意も武器もない事を示す。この場に招かれるだけの信用を得ている者だから、こうするまでもなく敵意ない事は理解している筈だが、やはり儀礼というのは神の前でこそ示されるべきものだ。
じっくりと十秒、時間を数えて頭を上げる。
そうしながらも、許しがあるまで視線を合わせてはならない。
かといって、あからさまに視線を逸していても無礼に当たる。だから口元辺りに注視して、許しがあるまで背筋を伸ばし、顎を下げた状態で待った。
「……大義でした。よくぞ来た。妾の神使、妾のナトリア……」
「ハッ! 恐れ多くも、ナトリア・ベッセレム。玉顔を拝謁致しまして、恐悦至極に存じます! 身命を賭してミレイユなる者と接触し、無事帰参いたしました事、ここにご報告いたします!」
労を褒められ、そして名を呼ばれれば、天にも昇る心持ちになる。
うっかり気を抜けば倒れてしまいそうなる身体を叱咤して、再びナトリアは頭を下げた。今度は先程より若干短い五秒の礼で顔を上げ、そうして視線を合わせる。
型通りの挨拶を終えれば、多少砕けた話し方も許されるようになり、それがルヴァイルとナトリアの距離の近さを示していた。
今回ルヴァイルから与えられた聖務は、捨て石と思われても仕方ないものではあった。
しかし同時に、神ならざる者には過ぎた知識を与えられてもいる。
世界の裏側を垣間見、そして小神を直接手に掛ける、という大役を与えられたのだ。それがルヴァイルにとって、どれほど信用を向けるに相応しいと思われている事か……!
ミレイユと対話する際に与えられた情報一つとっても、単なる神使に与えるには過ぎたものだ。ナトリアはそれを授けるに不安ないと信頼された証拠とも言えるから、その対話如何において、死亡してしまおうと厭わなかった。
――だが当然、恐怖はある。
自身の死は恐ろしい。だが主神と崇めた存在から、失望される事の方が恐ろしかった。
視線を合わせたルヴァイルからは、催促するように顎を上下し問い掛けられる。
「……して、どうでしたか」
ルヴァイルは時間に関して大きな権能を持っているが、予知する力は持っていない。未来を見通すように見られているが、あくまで、かつて起きた事を知っているだけだ。
そこからある程度の察しは付くし、ナトリアが帰参した事で、その可能性を幾つかに絞ってもいるだろうが、ルヴァイルは覗き屋の様に盗み見するような真似をしない。
何が起これば次に何が起こるか知っているので、わざわざ見る必要がない、とも言えるが、そもそも何かを期待する事を半ば諦めている。
ルヴァイルは繰り返す時の中で生きているのだ、とかつて直接その口から聞いた。
だから知っている事は多いし、見通しているようにも見えるが、結局のところ確率で物事を見ているに過ぎない。
繰り返す時は、必ず毎回同じ結果を招くものではないが、その繰り返しに偏りはある。
だから今回、ナトリアに指示を下す際、ある程度なにが起こるか、凡その流れは聞いていた。
ミレイユとはどういう人物で、その周りにはどういう人物がおり、そして誰が欠けているか、そして――どのような方向へ話が流れるか。
ナトリアからすれば未来予知としか思えないが、その知識を持って、どう接触し、どういう会話をすれば望む結果を得られるか、その道筋を知っている。
ルヴァイルとはそういう神であるので、知識を与えられた事、そしてその流れに沿って動く事に忌避感は無かった。
神の意志の下、神の腕に抱かれて世界の流れに、身を任せている事は幸福だ。
――だが実際に起きた事には、多くの差異が起きていた。
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