ギルド変容 その9
――それから更に、二ヶ月が経った。
アキラも順調に昇級を重ね、今では二級冒険者として名を連ねている。一級への昇級には単に実力が高いだけでなく、上げた功績や在籍中の振る舞いなど、様々な要因を吟味した上で試験がある。
だから、ごく短期間で昇級を繰り返したアキラには、一級冒険者への道は閉ざされたままだった。
とはいえ、アキラからすると求めているのはギルドでの名誉でもなく、大陸で名を轟かせるものでもない。金銭にすら興味がなかった。
アキラが望むのは唯一つ、ミレイユに欲せられるだけの力を身に付ける事だ。
その為には多くの魔物に対処できる知識と、そして実戦経験が必要になる。
二級冒険者となれば受けられる依頼も大幅に増え、よほど特殊な依頼でなければ受けられる仕組みとなっていた。
その受けられない依頼というのは、例えばエルクセスの進路を変えるようなものであったり、普通より遥かに強個体のドラゴン討伐であったりする。
若い個体のドラゴンであれ、やはり半端な冒険者が挑戦できるものではないし、二級に昇格すれば戦えるというものではないが、あくまで制度の上では可能になる。
実際にドラゴンが現れたりしたら、名誉欲に溢れた者だったり、余程自信のある輩でない限りは、その様な依頼を受けるものではない。
傷の治癒に対する敷居が低いとはいえ、一息で火達磨にされてしまっては救いようもないからだ。良い冒険者は引き際を弁え、そして自分の力量を過信しないものだ。
アキラはその中にあって、二級冒険者であったとしてもドラゴン討伐に文句を言われない稀有な存在だが、討伐依頼が常にある存在でもない。残念ながら、今のところ討伐に参戦できる機会は無かった。
しかし大まかな魔物であれば、オズロワーナに任せられる討伐範囲において、粗方相手に出来たと思っている。
ギルドでは魔物の生態や習性、毒の有無、主な攻撃手段など、多岐に渡って情報が保管されている。だからスメラータに教えられて勉強し、それを元に実戦を経るため討伐に行くのが、ここ最近のルーティーンとなっていた。
今ではもう、互いの等級が同じになった事もあり、チームを組んでいる事に煩く言う者もいなくなった。鍛練の方も継続して行われていて、実力の伸びも未だ著しい。
制御技術では明らかに劣っているのに、魔力総量はスメラータの方が高いので、だからアキラと勝負できている。うっかりすると負けてしまう事もあるので、殆ど互角と言って良い程だった。
いつかアヴェリンが教えてくれた、魔力総量による壁、というのをまざまざと実感できた瞬間だった。剣技や制御技術で勝っていても、総量が壁となって相手にならない――。
それに近い現象が、アキラとスメラータの間に起きようとしている。
これで制御の練度まで抜かされたら、最早アキラでは相手にならないかもしれない。
総量の方には限界値があって、スメラータはもう上限に達した様だから一先ず安心と思える。だが、ここからはむしろ練度の上昇に注力できる、という事を意味するので、やはり安心はできなかった。
この実力上昇に火が着いたのはイルヴィで、元より腕相撲でアキラに負けた瞬間からやる気を見せ、抜かされたままで我慢ならない、と豪語していた彼女だったから、良い刺激となったようだ。
何より、強烈に当たりの強いスメラータが肉薄する実力を身に着けつつある、となれば静観できる筈もない。
今ではアキラと共にチームを組み、共に制御を並びながら戦う仲間となっていた。
チームとなったからには険悪さは一旦鳴りを潜め、表向きは不仲が解消された様に見える。だが水面下で熾烈な争いが繰り広げられるのは防ぎようもなく、知らない所で何かしている雰囲気は感じていた。
なるべく穏当なチームでありたい、というのがアキラの望みなので、彼女たちも努力してくれているが、戦闘での反省会となれば言葉の応酬も激しくなる。
丁度今が、そんな場面だった。
「だから、あそこはアキラが前に出るべきだったんだって!」
「それは分かるが、同時に敵側面に貼り付く機会でもあったろう? 分散すれば、それだけ危険も少なくなるじゃないか。危険を犯してでも攻撃する、それを狙う瞬間ってのは確かにあるもんなのさ」
今は討伐依頼も無事終わり、夜空の下、焚き火を囲んでの発言中だ。
食事も終わり、後は寝るだけとなる状況だが、大抵はこういう時間を使って話し合いをする。道中の私語も禁止ではないが、街から離れた山奥などは周囲に注意を払わねばならない。
常に魔獣への警戒は怠れない訳だから、こういう安全を確保している状況でなければ、込み入った話をするに向いていないのだ。
キャンプ中なら使い捨ての結界道具なども使用できるので、周囲への警戒は最小限で良い。
アキラは焚き火を消さないよう調節してから、二人の会話に混ざった。
「そこは見解の相違って言うより、事前の段取りをしてなかった所為じゃないかな。単に連携の練度不足が原因で、どっちが悪い、どっちが正しいって話じゃないと思うよ」
「……まぁ、そうかも。あの状況は事前に予想できたし、それなら……いや、でもさ!」
「あたしも悪かったとは思うよ。これまでずっと一人だったからさ、他人を使うって事に慣れてないのさ。任せる、と思うより、やれると思えば突っ込まずにはいられなかった」
「僕らは即興のチームと言う程じゃないけど、経験が浅いのは確かだ。いざとなれば以前の癖も顔を出すし、連携練習だって満足にしていない。あれが失敗というなら、必然の失敗だったんじゃないかな」
「アキラも言うよねぇ……」
「言うといえば……」
イルヴィが愉快そうな視線をアキラに向け、ちらりと笑う。
「随分と饒舌に喋るようになったもんだ」
「ほんとだね。ろく返事もできず、あたふたしていた頃が懐かしいよ」
イルヴィの言い分に便乗して、スメラータも懐かしむ素振りを見せながら、イタズラ好きそうな笑みを浮かべた。
スメラータの成長も著しいが、一方アキラへ焦点を合わせれば、その言語習得の成長もまた著しかった。発音に関しては怪しいところが多々あるが、しかし会話するに不便という程ではない。
どうやら自分は、追い込まれるほど力を発揮するタイプらしい、と今更ながら自覚した。言語の習得は必須事項ではないとはいえ、落胆される要素が一つでもあれば、置いていかれる可能性は上がる。
身に付け得るスキルは多いに越した事はなく、それが一つのアピールポイントとなるのなら、捨て置けるものでもなかった。
後ろ向きな考えで及第点を狙って成長するのではなく、ミレイユの方から連れて行きたい、と思わせる能力を身に付ける。それがアキラの目標だった。
既に一度別れて三ヶ月も経つが、未だに一報すらないのは気に掛かった。
だが、アキラからすると、ただ再会する日を待ち焦がれている訳にもいかないし、再開した際、落胆される様な事にはなりたくない。
――あの方に認められる、一角の男でありたい。
それがアキラの学習意欲になっていた。
「そりゃまぁ……、いつまでも言葉遣いが子供レベルじゃ困るし……」
「勿論そうさ。でも、その勤勉さには頭が下がるよ。朝は体力作りから始まって、魔物の生態を学びつつ、依頼を受けては武技を鍛え、帰って来たら基礎鍛練だろ? そして、寝る前には言葉の勉強だもんねぇ……」
「誰しもアキラぐらい勤勉なら一級者になれるんだろうけどさ、それが出来る奴、そもそも居ないって話だよね。アタイだって付合わされてるから出来てたけど、一人で計画立てて、なんて無理だもん」
それが本音だと分かっていても、真正面から褒められるのは面映ゆい。
アキラがやっていた事は、それこそ神明学園に在籍していた事を、そのままこちらでも同じようにしてみただけだ。
あちらのカリキュラムに則っただけだし、鍛練内容もまたアヴェリン考案のものだ。いずれも自分で考え出した方法ではない。
「僕だって師匠の教えがあったからだし、何一つ自分だけで考えた方法なんて無いよ。結局、先人の教えに勝るものはない、って事なんじゃないかな」
「こっちじゃ、その先人の教えってのが刻印になってたもんなぁ……」
スメラータは悔いるように顔を顰め、首をかっくりと下げた。
刻印による自動化は、多くの余分を削ぎ落とした。本来なら手順を踏んで身に付けるものも、刻印を宿すだけで解決する。長い修練を必要としなくなり、結果として現在の刻印主上主義が横行した。
便利に慣れれば、元の不便には戻れない。
修行をせずとも同じだけの効果を得られるのなら、誰もがそれを望むに違いない。都市部から離れ、今も昔の修行法を実戦しているイルヴィ達の方が異例なのだ。
そして、そんなイルヴィですら、刻印という魅力には抗えなかった。
己の身体一つ――。
それで完結しているべき戦士だが、刻印による強化は、強さを求めるものには垂涎の的だ。プライドを取るか、実利を取るかの選択を迫られて、冒険者をやっている者が抗い続けるのは難しい。
そして世の常となるまで浸透しているなら、大義名分を得たようなものだ。
咎めるどころか推奨される環境なら、それがイルヴィでなくとも刻んでみようと思うだろう。スメラータもそのパターンで、彼女の場合、冒険者になろうと幼心に決めたところで刻む事になった。
最初からある程度、基礎を磨ける環境にいたイルヴィと違って、基礎鍛練という概念すらなかったスメラータの後悔は深い。
もしも最初から刻印を使わず、イルヴィの様に鍛えていたのなら……その時は贔屓目ではなく、ギルド頂点の一角に位置していてもおかしくなかった。
――最短に見えた道こそが、最も遠い回り道だった。
アキラがその様に評した時の、スメラータの顔は忘れられない。彼女にとっては、それ程の衝撃と悔恨だった。
それからというもの、イルヴィにも相応の敬意を向けるようになったが、やはり肝心なところで仲良くは出来ないようだ。
誰しも、誰とでも仲良く出来る訳ではない。
だから無理して仲良くなれ、と言うつもりはないが、気を抜くと喧嘩腰になるのだけは止めてほしい、というのが正直なところだった。
イルヴィが頭を落とすように項垂れるスメラータを見て苦笑し、それからアキラへ目を向ける。
「けどまぁ実際、あんた達の目覚ましい活躍ぶりを見て、考えを変えた奴も出て来てる。別に刻印を否定するまでじゃないが、刻印をより使えるように、と刻印頼りにするのは止める動きが出てるね」
「それは……良い事、なのかな?」
「勿論さ。あたしだって、その流れに動いた一人でもあるしね。楽をする事に慣れすぎたってのはあるにしろ、遅きに失した訳でもないだろうさ。強い奴が増えてくれれば、あたしも嬉しい」
そう言って不敵な笑みを浮かべるイルヴィは、やはり単純な戦力の底上げを喜んでいる訳ではなさそうだった。どこまでいっても、彼女は戦士なのだと、アキラは改めて感じ入った。
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