虎穴に入らずんば その2
目の前の光景に一瞬対応が遅れたが、ミレイユはナトリアを念動力で拘束し、土下座の姿勢のまま上から押し潰した。そしてルチアへ目配せすると、彼女はミレイユの意図を汲み、ナトリアの周囲に結界を展開して身動きを封じる。
流石にその格好のままでは話も出来ないので、ミレイユが持ち上げて直立させる形にすると、結界もそれに合わせて形を変えた。
出来上がったのは、身動き一つ許さない、四角柱の牢獄だった。
ナトリアはその間も、成すがままで抵抗せず、口をきつく結び合わせて一言も喋らなかった。
魔術的抵抗はあったものの、それは念動力に押し潰されそうになれば当然の反射行動で、攻撃や敵対を示す様な動きではなかった。
ナトリアの身動きを完全に封じてしまえば、ようやく周囲を窺う余裕も出て来る。
突っ込んだ時に出来たであろう、散乱した家具こそあるが、それ以外は綺麗なものだ。
破損した物もなく、片付ければ元通り使えそうではあった。
入り口の影となる場所にはスルーズの死体もあって、これに手を付けた形跡もない。
持ち出した理由は不明だし、追い込んでからの姿勢も不明だが、警戒を怠る事だけは出来なかった。
「ユミル、罠があるかどうか精査しろ」
「もうやってるわ。……けど、無いわね。もっと深く調べようと思ったら、時間貰うけど」
「構わない、続けてやれ」
ユミルは返事の代わりに魔力を強め、邸宅内へ波紋を広げるように精査していく。物体に跳ね返って反応を示すのは、現世にあったソナーと同じで、そこに異変があればユミルが察知する。
あくまで魔力的な部分に反応するので、物理的な爆弾などが隠してあったら反応できないが、その様な物を用意している魔術士というのは聞いた事がない。
――だからと、油断できるものではないが。
何しろ、ミレイユたちはこの森へ追い込まれたのだ。用意があるのは当然と考えるべきだ。
だが爆弾などがあるなら、地下室へ行った時にでも起爆すれば良かった。千載一遇の機会を逃したのだから、それは無いと考えても良い気がする。
精査の終わったユミルから、反応無しを意味する視線が返って来たので、ついでに一つ聞いてみる事にした。
「亡霊の方には、何か反応は?」
「あれから継続して探索させてるけど、そっちの方にも反応なし。……言い訳するつもりはないけど、一体だけじゃ目の届かない場所だってあるからね」
「そうだな、広い森だ。この邸宅付近は広いと言えないが、潜伏するつもりなら、もっと離れた場所にいてやり過ごしていたとしても不思議じゃない」
少し信頼を置きすぎたが、全方位に目がある訳でもない。物体を透過できて、潜伏した者を見つけやすいとはいえ、敵の潜伏レベル次第では見逃す事もある。
ナトリアが破裂毒の木を一種の盾として利用したように、上手く利用する何かがあれば、亡霊の目を掻い潜る事も不可能ではない。そして実際、ナトリアはミレイユ達に気付かせず接近して見せた。
彼女は直接ミレイユ達に牙を剥いた訳ではないが、しかし大神の遣いと聞けば、敵と判断せねばならない。
簡単に聞き出せると楽観してないが、何か情報を吐かせられるなら、聞き出したいという欲がある。
しかし、それについては行動が不可解すぎて、混乱の度合いの方が強かった。
罠と言うなら、彼女と接触する事そのものが罠なのかもしれない、と思えてくる。
ナトリアは目を瞑り、口を固く引き締めたまま一言も発しない。
殺すなら殺せ、と言っているようでもあり、そしてそれは何の抵抗もなく大人しく捕まった事からも伺える。何しろ土下座をしながら迎える、という自体が降伏宣言の様なものだ。
ただし、ここデイアートに土下座などという礼式は存在しない。
何を思って、或いは何を知っていて、あの様な事をしたのか、それは気に掛かる事だった。
一切の反応を示さないナトリアに向かって、ミレイユは念動力を解いて、その前に立つ。結界に囲まれているので何が出来るとは思わないが、念の為、距離を取って相対した。
ミレイユが声をかけると、ナトリアはそこでようやく目を開いた。
「……それで、どういうつもりだ? お前の行動には、実に謎が多い。弁明でもなんでも、言うつもりがあるなら聞いてやる」
「はい、その様に言って下さると判っていたので、あの様な姿でお迎えしました」
「……あの土下座か?」
「そうです。あの様な格好は、降伏や謝意を示すものと理解しております。そして、その姿でお迎えすれば、高い確率で話を聞いて下さると、知っていたのです」
「
ミレイユは息を一つ吐いて、胸の下で腕を組んだ。
再び、みぞおち辺りに痛みが走る。
考えを巡らす事、思考を回転させる事は、ミレイユにとって強いストレスだ。出来れば、何も考えず、テレビや映画でも見て過ごしていたい。難問や難題に頭を捻るのは、そもそもからして好みではない。
だというのに今日一日で、アレコレと考えさせられる事態になり、心底嫌気が差している。
しかし、嫌だ嫌だと駄々をこねる訳にもいかないので、腹にグッと力を込めて更に問うた。
「お前が何を知っていて、そして何が目的だったか、是非とも聞いてみたいんだが……。素直には言わないだろうな」
「いいえ、それこそ私がここにいる理由です。此度、私はルヴァイル様の命を持って、それを遂行する為にやって参りました」
「つまり、罠に嵌める為にか? 答えるつもりで、更なる混乱を引き起こす為か? それとも、何か別働隊が来るまでの時間稼ぎする為か?」
「……ご心痛、お察し致します」
その一言で、カッと頭に血が上る思いがした。
ナトリアの声も表情も、心底労る様に感じられるのが、更にその拍車を掛けた。力任せに殴り付けたくなる衝動を抑え、二の腕を握ってそれに耐える。
挑発の様に受け取ったのは、何もミレイユだけではなかった。
ユミルもまた冷静さを欠こうとした一人で、魔力が怒りで漏れ出している。アヴェリンもルチアも剣呑な視線と気配を発したが、ミレイユが耐えているので勝手をしいない。
ただ、やれと言われれば即座に動き出す気配は見せている。
「……ユミル、手を出すなよ」
「分かってるわ、貴重な捕虜であり情報源。そう簡単に、損なうワケにはいかないでしょ。自分から捕まりに来たっていう点を鑑みたら、即座に殺してこの場から逃げた方が良いんじゃないか、とも思うけど……」
ミレイユは首肯を返して、重く息を吐いた。
ナトリアの目的は、時間を稼ぐつもりでいるように見えた。先程発した
即座に殺されないと予想していたのが事実なら、時間稼ぎの段取りを決めてあったようにも思える。
それが分かっていても、尋問せずにはいられない。
それ程に、ミレイユ達が大神へとアプローチする手段は乏しい。本来ならユミルに催眠を掛けて聞き出したい位だが、高い防護術を持つ相手には通じまい。
いよいよとなれば眷属化させる事も候補に入れるが、ユミルの意思を尊重して、あまり取らせたくない手段だった。
ユミルから滲み出る様な怒りを鎮める為にも、その様な命令はしたくない。
ミレイユは改めてナトリアと視線を結び、揶揄するように笑みを浮かべた。
「お前の目的が何であれ、何を説明するつもりで来たのであれ、それを信じると思うのか? 大神から何を言われて来た? さっきの土下座を見せてやれば、たちどころに信頼を得られると言われたか?」
「いいえ、決してその様な事は。まず歓迎されず、拷問めいた尋問を受けるだろうと申し伝えられておりました。ですが最低でも、話を聞いて貰えるだけの言葉は持ち合わせています。ルヴァイル様は、それを良くご存知です」
「あら素敵。魔法の言葉ってワケね。是非とも、お聞かせ願える?」
ユミルもまた揶揄するように笑い、次いで小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
そんな都合の良いものある筈がない、という思いが、その視線と刺々しい言葉からも如実に伝わる。
ミレイユとしても全くの同感で、精々困惑させる事しか出来ないと踏んでいた。
腕に入れていた力を抜き、顔を顰めながら顎をしゃくる。
何を言うもりか、言わせるだけ言わせるつもりだった。
そして、ナトリアから発せられた言葉は、ミレイユ達に困惑だけでなく、衝撃を伴って放たれた。
「――ループを終わらせたいと思っているのは、貴女達だけじゃない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます