一方的な闘争 その10

 一千名余りの兵達が、一つの野営地に到着するところを、ミレイユ達は離れた場所から見つめていた。そこは小高い丘になっており、傍には樹が一本生えているだけで、他に目立つ物は何もない。

 手筈どおりに事が運ぶのなら、逃げる先も絞られる。どちらの方向に逃げるかも二択の様なもので、この場所なら、そのどちらへ向かおうと確認する事が出来た。


 それで後列部隊の処理が終わってから、この場へ先行して辿り着き、アヴェリンと共に待機していたのだが、ミレイユは我知らず重い溜息を吐いて腕を組んだ。


「……やってくれたな」

「想定と大分違った結果です。ここまで兵を減らす予定など、ありませんでした……」


 アヴェリンも恐縮気味に同意したが、そちらへは顔を向けずに肯定した。


「そうだな、数を削る必要はあった。確かにそれが目的だ。今後の攻勢を思い留まらせる必要があり、森のエルフを本気にさせると痛い目を見る、と思い知らせてやる意図もあった」

「王国側にはエルフからの攻撃と思わせつつ、その上でエルフには我々の関与を感じさせない。そういうつもりで攻撃したつもりでしたね」

「そうだ、下手をすると未だに信奉を向けているかもしれないエルフ達だ。ここに至って、都合よく登場した私が、窮地を救ったなどと思われたくない。……信仰によって昇神などしてしまった日には、目も当てられないからな」

「然様ですね……」


 ミレイユが顔を顰めると、その横顔を見つめていたアヴェリンも、同じ様な顔をして頷こうとする。そうして唐突に動きを止めた。


「……どうした」

「いえ、話を聞いていた時には尤もだと納得していましたが……ふと思えば、どこかおかしくはないかと……」

「何処がだ?」

「いえ、神々の狙いとしては、まさにミレイ様をその救援に出向かせ、信仰を得させようとしていた、という話でしたね?」

「そうだな、私の帰還は神々に知られている。炙り出しを目的とした撒き餌として、エルフを襲撃させる、という一挙両得の狙いがあったと考えていた」


 ミレイユは遠く仲間割れでも始めそうな将校どもを見据えながらも、アヴェリンへと意識を向けながら答えた。

 ミレイユがエルフを助けるかどうかは賭けで、そして見捨てたとしても神々は困らない。ミレイユを助力する勢力が一つ減る、という程度にしか思っていない。


 ミレイユが神々に抵抗すると思っている以上、その外堀を埋めるように、対抗できるだけの力を付けさせないのが目的でもあるのだろう。

 たった四人の独力で勝てるものなら、既にループは終了している。幾度、幾百、幾千と繰り返されて来た筈がない。


「ですが、今ふと思ったのです。ミレイ様は自発的に昇神するつもりがない、それは神々も承知の筈なんですよね?」

「そうだろうな。私が今更、神に至るつもりが無い事など、百も承知じゃないのか」

「ならば、どうやって昇神させるつもりなのです? エルフを生き残らせ、信仰を向けさせるのは、その手段として有力かつ簡単な方法でしょう。殺してしまっては、むしろ遠退いてしまうように思うのですが……」

「それは……」


 指摘されて、思わず言葉に詰まる。

 確かにアヴェリンの言うとおりだった。


 神々はミレイユを昇神させる事が目的であるのは間違いなく、だからその手段についても所持している筈だ。可能不可能を論じられるほど、その手段について多く知らないが、指先を向けるだけで昇神できるほど簡単なものではないだろう。


 神器を用いるか、多くの信仰を向けられる必要がある。それが現在、判明している昇神する為の条件だ。

 信仰しろと言われて、素直に信仰する輩など居ない。それが神の口から出たものでも、対象が人間では難しいだろう。神人や素体という存在が一般的でもない以上、神の卵だと言われたところで半信半疑になるだけだ。


 神々も遊んでいるつもりだろうから、最高効率、合理的手段に訴える方法は取らないだけ、と考える事も出来る。だが、足元掬われて逃げられるぐらいなら――盤外に飛び出す事は許容しないというのなら、手段を選ばず昇神させてしまう方が良いように思える。


 一度目は不意打ちだったから見逃した、という言い訳は通用しても、二度目はないだろう。

 そして、神々もまたある種の法則には逆らえず、昇神については踏まねばならない手順が必要というなら、有効な手段をみすみす手放す理由がない。


 そこまで考え、眉間に寄せた皺を伸ばすように、指を二本当てて揉んだ。


「……下手な考え、休むに似たり、という言葉があったな……」

「ハ……、申し訳ありません」

「いや、今のは自分に言った事だ。むしろ、よく気付いてくれたな。神々あれらの考えは、深読みし過ぎるとドツボに嵌る。詭計が得意な連中だけに……つい、どこまでが考えの内なのか、疑心暗鬼になってしまう」

「真に、左様で……」


 アヴェリンの返答に頷きながら、ミレイユは眉間から指を離して、近付いてくる足音がする方へと目を向ける。

 そこには、まだ距離のある場所で、ユミル達が幻術を解きながら歩み寄ろうとしていた。

 その二人――特にユミルを待ちながら、ミレイユは続ける。


「お前の指摘は、私にとって思慮の外だった。私達がエルフを見殺しにしたとして、もしかしたら本当に困るのは神々ではないか……その考えは無かった。だとすると、エルフへの攻撃には別の理由があるかもしれない、と考えられるんだが……」

「最低でも、損をしない何かが……?」

「そう思える。……とはいえ、私にはエルフの助力が必要だ。オミカゲの奴を救おうと思えば、彼らの力は必須とも言える。助ける以外に選択肢がないから、そこは別に良い」


 だが、確かにアヴェリンの指摘は気になる部分だった。

 神々の意図を読み切ったと思った。十重二十重に張られた罠を看破したとも思った。だが、もしかすると大きな見落としがあったのかもしれない。


 ――とはいえ、今更言っても仕方がない。

 既にここまで作戦は進めてしまった。軍を撃退したのなら、次の対応を考えなければならない。このまま大人しく引き下がるのか、それともエルフと抗戦を強めるのか、そればかりは今の段階では分からない事だ。


 そして、これだけやって後は知らない、と言う訳にもいかなかった。

 デルン王国の対応次第では、この戦争に大きく関わらなければならないだろう。そうとなれば、姿を隠し続ける事も難しくなってくる。その対応も、これから考えなくてはならなかった。


 頭が痛くなるような問題が、次々と累積していくような気がする。

 そして今、また新たに問題を一つ積み上げてくれたユミルを睨み付け、早く来いと腕組の上で手招きした。

 何を言われるか分かっていたのだろう、開口一番に言って来たのは言い訳だった。


「まず、あれは私じゃないからね」

「お前じゃないなら誰がいる。随分と勝手に兵を削ってくれたな。私は死霊術が使用された、魔力波形を感知しているんだぞ。他に使い手がいるか?」

「まず、聞きなさいよ。聞けば納得するから」


 話してみろ、と言うように片方の肩を上げて、ミレイユは口を閉じる。

 すると、ルチアと顔を見合わせた上で語り出した。


「まずね、あの呪霊はアタシじゃないから。作戦の内容だって知っているのに、どうして余計なコトすると思うのよ」

「言う必要は無いと思いますが、自然発生したものじゃないですからね」

「それはそうだろう。多くの死があったとはいえ、そんな簡単に呪霊が自然発生して堪るか。大体、死霊術の使用なくして、自然発生する確率など極僅かだろう。仮に発生するとしても早すぎる。とすれば、あの場で使えた者はお前しか居ないんだから、当然あれはお前が使った、という事になる」


 ミレイユが断言すると、アヴェリンの視線も鋭くなった。

 戦場で不慮の事故は付き物だ。思うように行かない事は多々あり、特に多くの死が関わる問題の上では、素直に殺される者ばかりでもない。


 予想以上の抵抗に遭い、想定していた数ほど削れなかった、という事があろうと、あの段階では問題にならなかった。それでは今後の作戦に支障を来たすにしても、野営地襲撃で更に数を減らせる算段でもあったのだ。

 ユミル達の攻撃が著しい失敗でもしなければ、そこで挽回できる。死霊術を使う必要も、更に言うなら呪霊などという目立つものを使う必要もなかった。


「あれでは、エルフにユミルの関与を喧伝するようなものだ。必然として、私とも結び付けられる可能性がある。この後、森に行くつもりだったというのに、これでは姿を見せられない」

「だから、そこからして違うんだってば。アタシが使ったんじゃないの、何度言わせるのよ」

「では聞くが、一体どこの誰が使った? もっと言えば、誰なら使える?」

「……まぁね、そこを突かれると辛いんだけど」


 ユミルは口を窄めては外へ突き出し、苦り切った表情で頬を掻いた。

 そこへ注釈するように、ルチアが口を挟む。


「この間ギルドで読んだ、刻印の魔術書の中にも、死霊術は一つもありませんでした。基礎のき、すらです。死霊術は、どうやら禁忌である上に、一般的には存在すら抹消されてるみたいですね」

「アンタそれ、ここで言うなって言ったじゃない」

「いやいや、ミレイさん本気で怒ってるじゃないですか。どちらに味方するかなんて、分かり切った話ですよ」


 ユミルは嘆息してから腕を組み、そうして開き直って胸を張った。


「まぁね、とにかくアレはアタシじゃないから。それだけは伝えておくわね」

「それを信じろというのか。その傲慢さで、殊勝な態度も見せず……」


 流石に堪り兼ねたアヴェリンが口を挟むと、ユミルは悪びれもせずに頷いた。つんと顎を上げて、アヴェリンとは目も合わせない。

 それが我慢ならなかったらしい。メイスを取り出し構えようとして、ミレイユは二人の間に手を差し入れて止める。


 アヴェリンは不満そうな顔を見せたが、ミレイユが判断した事だ。

 即座に武器を仕舞って、頭を垂れた。

 ミレイユは一度大きく息を吐くと、視線を合わせないようにしているユミルへ問う。


「お前の主張は分かった。だが、こっちを見ろ」

「……えぇ」


 その重みを伴った言葉には、流石にユミルも従わずにはいられなかった。

 素直に腕組も止めて顔を向けてくる。


「あの呪霊は、お前じゃないんだな?」

「そうよ」

「死霊術も使っていない?」

「そう言ったわ」


 ユミルの返答は簡潔だった。言うべき事は言ったのだから、それ以上の言い訳は必要ない、と主張しているようですらあった。

 次にミレイユは、ルチアへ顔を向ける。


「作戦は順調だったか?」

「えぇ、中級以下の魔術という指定でしたから、少し時間は掛かりそうでしたけど、でも予定通りの間引きは可能だろうと見ていました」

「なるほど、良く分かった」


 ミレイユは改めて、ユミルにも分かるように大きく頷き、腕組を解く。


「それならそれで良い」


 ミレイユは二人から視線を切って、遠くに見える野営地へ顔を向けた。


「――敵軍はもう作戦を遂行できない。撤退するだろうから、まずそれを見届ける」

「ミレイ様! よろしいのですか! ルチアに口裏を合わせるよう言っていた分を考えても、もっと追求しても……!」


 アヴェリンが言いたい事も理解できるが、今は過ぎた事よりもこれから事の方が大事だった。

 敵軍も疲労があるだろうし、すぐには動けない。暫く動向を窺う必要もあった。今は余計な議論をする余裕がない。

 それにミレイユには、既に決めていた事がある。他の誰が馬鹿にしようと、自らが自らに定めた律だった。それ故に、ミレイユはそれ以上の追求を止めたのだった。

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