幕間 その2

 御子神様を御前に控えた試合には、酷く緊張させられた。

 一般組の平均底上げと、その為の実力確認という名目で行われた試合だったが、それは御由緒家が参加免除になるという意味ではない。

 むしろ、以前授けられた制御法を十全に使いこなせているか、その確認をしていたと見て良い。そこで不甲斐ない真似を見せれば、必ずやお叱りを受けるだろう。


 その意気込みを持って試合に臨んだ。

 一般組とは、以前であっても隔絶した実力差があった。授業の中でも試合をする事は多く、その時は程々に加減して、相手を自信喪失させないよう、程々の手加減をしていたものだ。

 その時ばかりは、生徒というより教師よりの立場となる。


 だが今回は、そういう訳にはいかなかった。

 いっそ相手が不憫になるような試合内容だったが、新制御法が身に付いていないと思われる訳にもいかない。

 試合が始まる前にも相手には一言断っておいたが、終わった後にも声を掛けた。


「ごめんなさいね、御子神様の前で手を抜く事は出来なかったの」

「うん、それは分かってたから別にいいよ。まぁ正直、あそこまで何もさせて貰えないとは思っていなかったけど……」


 力なく笑う相手に苦笑を返しながらも思う。手を抜けないと言いつつも、実際には手を抜いた部分は多々ある。最初の一撃で昏倒させる事だって出来たし、それ以外の合間にも、いつだって戦闘続行不可能な一撃を見舞う事は出来た。


 それをしなかったのは、これが七生だけの試合ではなく、対戦相手二人を見るものだったからだ。その力量がどれ程か、見抜くより前に倒しては意味がないと、ギリギリの線で戦っていた。


 互いに全力で、という指示には反してしまうが、本当に七生の全力を見せるというなら、他の御由緒家を対戦相手と選ぶだろう。だからこの選択は間違っているとは思っていない。

 その様に、言い訳のような言葉を並べながら待機場所に戻っていると、その途中で、視線に気づいて顔を上げた。


 アキラがこちらを見ている。その視線が、かっちりと合った。

 完全な不意打ちで、思考が一瞬で白く染まる。

 試合内容も見られていた筈だ。不甲斐ないと思われなかったろうか、拍子抜けと思われたなら、それには理由があったと言い訳したかった。


 実際にあれは七生の全力とは程遠い。

 そう弁明したかったが、無論この場でそのような発言、出来る筈もない。

 それで七生は顔を伏せて、逃げるように待機場所へと戻った。


 その後は順調に試合も消化され、他の生徒も七生としても、待ち遠しかったアキラの試合が始まった。御子神様の弟子と噂される男子生徒、それが注目されない筈もなかった。

 だが、蓋を開けてみれば、拍子抜けと言う他ない。


「あれで御子神様の弟子なの……?」

「正直、イイトコなしって言うか……」

「でも顔は可愛いし」

「関係ないでしょ。……でもさ、緊張してたこと差し引いても、うーん……」


 誰が口を開いても、その評価は辛口だった。

 それは七生にしても同感だったが、本領を発揮しようと奮起している場面は幾つか見えた。それを相手が上手くいなし続けた結果とも言えるが、それを覆す実力がなかったとなれば、やはり拍子抜けという他ない。


 御由緒家という看板が重かったのも事実だろうし、それで色眼鏡で見てしまっていた部分はある。過剰に期待し過ぎた結果、順当な実力が判明した。そういう見方も出来るが、七生としては違和感が拭えない。


 緊張を抜きにしても、あれが実力を発揮出来なかった結果だとしても、あまりにお粗末としか思えなかったのだ。彼の実力はあんなものではない、という期待とは別の勘が、七生にそう言っていた。


 それは御子神様にしても同様であったらしい。

 弟子の実力を知る者としては、その力量を遺憾なく知らしめよ、という配慮だったのかもしれない。凱人を対戦相手に指名したのは、そういう事だと推測した。

 しかし、続く言葉に七生は思わず硬直する。


「阿由葉、お前も出ろ」

「は、……ハッ!?」


 名前を呼ばれて動揺を隠せず、思わず声が裏返る。

 七生の傍にいた生徒達も、ギョッとして御子神様と七生とを見比べている。本気なのか、と向ける視線が何より雄弁に物語っていた。


 七生自身も呼ばれた事が信じられない。

 凱人一人でも手に余るだろうに、そこへ七生も加わるとなれば、それはもう私刑と似たようなものだ。先程の戦いぶりを見た後では、尚の事そう思えてしまう。


 鷲森へと視線を向け、止めてくれないか、という縋る様な視線を向けながら、立ち上がって試合場へと近付いていく。結局、鷲森からは何も言われなかったが、責める事は出来ない。

 進言するなら、むしろ立場的に七生や凱人の方が相応しい。それでも七生は何も言えず、結局凱人と並ぶように横へ立った。


「いいのか、アキラ。二人同時に相手しようって言うんだぞ。やれというからには手加減しない、それでも良いんだな?」

「大丈夫、罰として殴られるんじゃないんだから」


 そうは言うが、心情的には似たようなものだ。

 まるで拷問官にでも任命された気分になって、思わず非難めいた言葉さえ口からついて出てしまった。しかしアキラはどこまでも現状を受け入れる姿勢を崩さない。


 アキラが開始線まで移動すると、七生も凱人と顔を見合わせ、渋い顔で頷き合う。

 開始線まで移動すると、横並びになる二人とアキラで対面した。


 事ここに至って、やらないという選択肢はないし、そして不甲斐ない姿を見せる事も出来ない。凱人が言ったように、相手にするというなら、それは全力で臨む事になるのだから。

 七生にとっては非常に不満だが、御子神様に取ってはそうではないらしい。


 チラリ、とその姿を盗み見れば、満足そうな雰囲気を纏ってアキラを見ている。

 七生と凱人を相手取って、戦う内容になると確信しているようですらあった。アキラの実力を知る者として、この試合を組んだというなら、七生としてもその前提で戦うしかない。


 七生は木刀の柄を握り締め、今も真剣な表情で見つめてくるアキラを見返し、開始の合図を待った。




 開始直前にちょっとしたトラブルは遭ったものの、それ自体は歓迎すべきものだった。

 事前にアキラの理力総量を推し量る事が出来た。御子神様からその教えを受けているだけあって、つい最近知った七生達とは違い、その制御力は大したものだった。


 対峙する七生たちが正確に把握出来るのは当然として、この試合を見ている他の生徒達も目の色を変えた事だろう。

 直前までのあの試合を見ていれば尚更で、こんな力を隠していたのか、という感想すら抱いた筈だ。しかしこれは単に隠していたのが理由ではなく、その時間がなかった事こそ一番の理由だろう。


 制御とは繊細に扱わなければ十全に扱えない。しかし繊細であり過ぎれば弱くも頼りなくもなるものだ。速さを求めれば、その分練度の方が疎かになる。

 だから戦闘中に維持する事は勿論、どれだけ速く最高の状態に持っていけるかもカギになる。

 どちらか一方ではなく、両立させる必要があるから難しくなる。


 アキラはその速度が遅い所為で、試合開始とその後まで尾を引いて、十分に制御を練ることが出来なかったのだろう。もしこの状態で試合を開始出来ていたら、先程の試合もきっと簡単に押し切っていた。


 開始早々実力を出せないというのは、紛うことなき欠点だ。鬼は待ってもくれないし、こちらの事情に頓着なんてしてくれない。実力さえ発揮できれば、なんて言い訳は通用しないし、一緒に戦う仲間だって許しはしない。


 幸い、この欠点は良く見る部類のものだ。

 修正も努力次第で解決できるし、そうしてくる生徒の姿も多く見てみた。アキラが努力を怠らない限り、この欠点はいずれ克服されるだろう。


 凱人が常にあるように両腕を開いて構えるのを横で感じると、七生もまた挑戦的な笑みを浮かべて木刀を構え直した。

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