神と人の差 その9

「……ぐぅぅ!?」

「きゃああああ!!」

「何やってんだ、バカ!!」


 逃げ場を失った爆発は、その八面体を射出口として天井へ吹き上がった。

 衝撃も閃光も殺しきれず、まるで火山の爆発のような現象を引き起こしたが、築いた土壁以外に被害らしい被害はない。呆然として立ち尽くし、あるいは衝撃で転んでしまった生徒達が、その八面体を固唾を呑んで見守っていた。


 爆炎術の威力は凄まじく、最終的に五重となった壁に罅を入れ、内側が炭化して溶け出した部分もある。制御を失った壁はガラガラと崩れ落ち、もうもうと煙を放った。


「ねぇ、ちょっと……大丈夫なの、これ……」

「殺しちゃってない?」

「バカ! 不遜なこと言うんじゃないわよ!」

「いや、だってこれ……!」


 動揺した声が上がるのは当然だった。

 今も、もうもうと煙を放つ爆心地では、人影のようなものすら見えない。倒れ伏しているのだとしても、僅かな盛り上がりさえ見えなかった。

 土壁が炭化する程の高火力に晒され、その御身を焼き尽くしてしまったのではないか、と想像してしまうのも無理からぬ事だった。


 アキラもまた、それを見ながら不安に胸を押し潰されそうになる。

 強さに重きを置くアヴェリンや、ルチアなど優秀な外向術士から一目置かれるような存在だから、ミレイユもまた一方ならぬ実力者だと分かる。

 時折その一端を見せる制御力を見れば、それが事実だと語っているようですらあった。


 漣の放った理術は凄まじい威力で、上方へ威力が逃されたとはいえ、その余波はアキラ達にも伝わり、踏ん張らなければ転がるような有様だった。

 それ程の威力なのだから、幾らミレイユとて無傷では済まないだろうと思う。

 そして、その姿が全く見えない事が、その予想が真実なのではないかと不安にさせるのだ。


「ミレ……御子神様は、一体どこに?」


 アキラの独白はこの場にいる全員が思うところだった。

 爆発や煙に紛れて不意を打つような真似をするとは思えない。この状況を利用して反撃を試みるというような、小手先の戦いをするようには思えないのだ。

 それは先程までの余裕ある戦いぶりからは対局にある戦術で、全てを正面から迎え撃つという、余裕ある戦いぶりしか考えられない。


 アキラが混乱していると、何かに気づいたらしい七生が天を仰ぐ。そして鋭く声を上げた。


「上よ! 空にいる!」


 声につられて、アキラも上を見上げようとした瞬間、訓練場の床に魔法陣が描かれた。どちらを注視すべきか迷って、その見覚えのある図形に目が引き寄せられる。

 それは、かつてアキラが箱庭内で天井まで射出された時に使われた、あの魔法陣に良く似ていた。細かい図案など覚えていないが、よく似ている気がする。あるいは同じものなのかも――。


 そう思っている内にミレイユが地上に落ちてきて、床まで残り一メートルといったところで、まるで落ち葉が舞い降りるようにゆったりと着地した。

 その身には傷どころか火傷痕も、埃も煤すらも付いていない。


 そこで唐突に思い至る。

 きっと、漣が攻撃するより前に、あの飛行術とは名ばかりの直上射出術で空へ逃げたのだ。漣の理術で飛ばされたのかとも思うが、自ら跳んだと考えた方がしっくりくる。

 実は既に逃げていると知らずに全力攻撃を仕掛け、そして無意味に跡地を見つめていただけだった訳だ。


 アキラはガッカリするような、あるいはホッと胸を撫で下ろすような複雑な気持ちでミレイユを見つめる。

 彼女は邪魔そうに髪を掻き上げて、漣を見つめてはニヤリと笑った。


「理術に込めた練度は素晴らしい。切り札として利用できるよう、しっかりと制御を磨いていたようだな。良いだろう、お前は見込みがある」

「だってのに、無傷ですかい……」


 漣は引き攣った笑みで疲れたように言う。

 それを離れたところで見ていた七生が、それに疑問を投げかけるような独白を零した。


「あの八面体の壁が大砲の筒の役割してた筈でしょう? 衝撃は余すことなく御身に受けた筈、それなのに無傷というなら……」


 何をしても無意味じゃないのか、七生はそう言いたいようだった。

 だが、近くで控えていたアキラは強い口調で頭を振って否定する。


「いいえ、御子神様は直撃よりも先に逃げたんです。そういう術があったのを思い出しました。嫌がらせ以外に使い道があるとは思いませんでしたけど、逃げたからには直撃は拙いと思ったんじゃないでしょうか」

「確かなの?」

「ええ、緊急回避として使えるというのは盲点でしたけど、確かに直上へ飛び出す術があるんです」

「……そう! ならば傷つくのを恐れて退避したのだと思いましょう。無傷だからと絶望する必要はないわ。当たれば倒せる、斬れば傷つく、御子神様は自らそれを証明したのよ!」


 七生の鼓舞が消沈しかけていた生徒達の心を燃やす。

 それらの目付きにも輝きが戻り、抜け落ちたような表情にも力が戻ってきた。


 だが実際、漣以外の者では御子神様へダメージを与える事は難しいだろう。一定以下の術には見向きもせず、その対処を漣に絞っていた事からも、それは窺える。

 直接攻撃を与えない、周囲に展開する妨害術などに絞って使って貰う必要があるのかもしれない。


 アキラがその様に頭の中で算盤を弾いていると、それより先にミレイユが動いた。

 掌に赤い光が灯ったと思うと、直後に制御が完了している。腕の一振りを小隊に向けると、そこから炎の矢が飛び出す。どんな理術か飛び出すかと戦々恐々としていただけに、それには正直、拍子抜けした。


 しかし続けてもう片方の手が、既に制御を終了させてもいた。

 そちらも腕を一振りすると、風が巻き起こった。小型竜巻というよりも更に小さい、人の身の丈程の小竜巻が、その炎の矢を食べて火炎旋風へと変化する。

 それが意志を持つような動きで小隊へと向かっていった。悲鳴を上げて逃げ出そうとするのを、漣が必死に押し留め、同じく風で押し返すよう指示する。


「接近スピードは遅い! 冷静に対処すれば押し返せる! 他の隊は氷結理術か何かをぶつけろ、火勢を弱めるんだよ!」


 そう言って自らも理術を放って同じ様に火勢を弱めようとするが、その勢いはまるで衰えず、また接近しようとする竜巻を押し留める事も出来ていない。

 誰もが竜巻を見つめる中、アキラはミレイユの動向に注意していた。


 そのミレイユが前進を始める。

 彼女の狙いは、恐らくその竜巻に注力させる事だ。一度放てば残り続ける竜巻を用い、自らは自由に行動する。そちらばかり注力していると、ミレイユの行動は妨害できない。


「漣、駄目だ! 御子神様が自由になってる!」


 漣の形相が険しくなる。

 今は漣が竜巻を支えているから、その勢いをマシにさせているが、そこから離れればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。かといって、ミレイユを自由にさせるなど、最もあってはならない事。


 支援班が防御壁の枚数を増やすが、それがどれほど意味のある事か。

 案の定、腕の一振りで三重防壁は砕かれ、漣達が吹き飛ぶ。そして勢いを抑えられなくなった竜巻が生徒達を蹂躙した。


「うあぁぁぁあ!!」

「きゃあああ!!」


 悲鳴と怒号が飛び交い、抑えようと必死になった者から火に飲まれる。

 アキラが思わず口元を覆ったところで、唐突に火が消えた。既に立っている生徒は一握り、呆然と何があったか状況を理解出来ていない者が多数だった。


 漣が立ち上がろうとするより前に、七生の指示が飛んだ。


「由喜門くん達、第五中隊は前に出て! 部隊を二つに分けて、やられた彼女たちを後方に避難させて! その間、残った二班で御子神様を押し留めて!」

「無茶言うよなぁ……!」


 アキラは盛大に顔を顰めて自らが任せられた部隊へ目配せする。

 そして腕を振って救出部隊を分ける。そうしている内に七生から再びの指示が飛んだ。


「支援中隊を救助に入って治癒小隊へ運んで! 傷は表面的な火傷だけだから、すぐに復帰できる! 急いで!」


 倒れ伏している者たちの中には、目を覆うような重症者はいない。その辺りも上手く加減されていたのだろう。鬼と戦う事を思えば、あの程度の傷は日常茶飯事。それで怯えるようでは話にならない。

 アキラは火を吹くような敵と出会った事はないが、いても当然という風には思っている。もしかすると、あれはそういう事を自覚させると共に、その対処を見ていたのかもしれない。


 アキラがミレイユの前に飛び出すと、そこに支援理術が飛んでくる。具体的にどういう術なのかは知らないが、力と俊敏性が増した気がした。他にも何かあるのかもしれないが、今はそれに意識を回すより、目の前のミレイユに対処しなければならない。


 アキラが指揮するのは内向術士が中心で、漣達のような小手技を駆使して戦う事は出来ない。そもそもの総数として内向術士が多いので、自然とそういう小隊が多くなる。

 一応、中隊の中には支援が出来る者もいるが、神の威圧を間近に受けるところで、どれほど冷静に制御できる事か……。


 それをやり切った漣の部隊は、そう考えると畏敬の念すら覚える。

 アキラが武器を構えると、それに応えるようにミレイユも武器を出した。例の個人空間から取り出したものだろうが、木刀ではなく木剣のようだった。ここで威力のある武器を出すとは思えないので、魔術秘具であったとしても、精々不壊が付与されている程度だと思いたい。


「お前とアヴェリンの鍛練は幾度も見たものだが、手合わせするのは初めてだったな」

「はい、胸を借りるつもりで頑張ります!」

「その程度の威勢で、どうにかなればいいがな」


 アキラの後ろには他に三名いる。戦いやすい人数は、やはり三名から四名だろう。それぞれが動きを妨げるようなら、囲んで戦う事にも意味がない。

 本来連携とは、互いの癖を熟知した上で組むのが好ましいのだろうが、現状はとにかく手を出す以外やれる事がない。特に転入したばかりで模擬戦すら碌にしていないアキラとでは密な連携など不可能に近い。


 ――それでどこまで食い下がれるものか……。

 アキラは木刀の柄を握り込んで正眼に構え、呼気を鋭く吐き出すと共に斬りかかった。

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