神と人の差 その4

 その日の内に他の二学年の試合を見たが、どれもパッとしない内容だった。

 御由緒家が固まっていた二年は、それ相応に見応えがあり、そして最後に見せたアキラ達の戦いがそれに拍車を掛けた。

 一年には御由緒家の由喜門がいたものの、やはり支援系術士だと華やかなものにはならず、予想以上に制御技術を磨いていた事以外は特筆する事もない。


 三学年に至っては今の二学年を順当に成長させたものに過ぎず、見ているのが退屈になる程だった。とはいえ、神の御前にあってやる気だけは大いに見せていたので、本当に退屈しているように見せる訳にもいかない。


 黙って見ているだけというのは得意でない自覚はあったが、これで本当に嫌いになった。

 全ての試合が終わり、学園長や進行役の鷲森から感謝であったり気遣いなりを受けつつ退場し、それでその日は終わりとなった。


 学園に来た時と違って、帰る時は一瞬で済む。

 奥宮へと転移して、それで学園を辞した。転移が出来るとはいえ、どこにでも移動できるという訳にはいかない。転移する起点を定める必要があり、それ自体は好きに設定できるのだが、しかし何処にするのかという問題があった。


 最初に自室を起点とするのは禁じられた。

 理由を尋ねれば、外出したミレイユが勝手に自室へ帰還したとなれば、迎えの者が困惑するという返答があったからだ。室内を清掃している場合もあるだろうし、そうした仕事をしている場面を部屋の主に見せる事は不敬に当たる。


 もし仕事が途中であっても、ミレイユが帰って来たとなれば急遽整えて終わらせるだけはしなくてはならない。それに場合によっては、ミレイユにお茶や菓子などを用意して、別室で疲れを癒やして貰っている間に終わらせたりもできる。


 こうした掃除や整頓などを主に見られる事は恥とする考えがあるから、ミレイユが部屋へ直通で帰って来れるような起点を作られては困るのだ。


 ではどこにすれば都合が良いのか、という話になった時、用意されたのが奥宮の転移に用いる一室で、それはオミカゲ様が転移に使用する為に用意させた部屋でもあった。

 滅多なことでは利用しないとの事で、埃を被っているに同然の部屋――無論、掃除は行き届いている――だったが、今回の事があってミレイユの為に開放された。


 室内は殺風景にならない程度の調度品が置かれているだけで、部屋の中央には大人五人が横に並べる程の囲いがある。

 神社内にあれば不自然に感じられない朱漆で染められた柱で組まれたもので、それが帰還する際の場所として用いるよう申し渡された。


 隣接して置かれた部屋もあり、そこには帰還を迎える為の女官が控えている。

 ミレイユが帰って来ると分かるや否や、しっかりと迎えられるようにと待ち構えているらしい。そんな事をさせるぐらいなら直通にしてくれと思ったが、伝統の一言で切って捨てられた。


 そうしてミレイユは転移によって帰還し、転移室の床を踏む。

 アヴェリンとユミルの二人を引き連れ囲いを出ると、即座に女官がずらりと並んで一礼した。いつ頃帰るか伝えていたものの、その時間を正確に把握はしていない筈。


 もしかしたら、一時間前からずっと待ちっ放しだった可能性すらある。

 それを思うと労ってやりたい気持ちが湧いてくるが、直接声を掛けると過ぎた礼だと恐縮させてしまうのだ。実に面倒くさいが、神と人の立場を思えば気にするなとも言えない。


 それで片手を上げるだけに留めるのだが、それすら頭を下げている女官達には見えない。しかし腕の動きぐらいは察知できる。たったそれだけの事で、女官は身震いせんばかりの感動を覚えるようだ。


 非常に煩わしいと思う一方、最近は一々そんな事に意識を割く事も少なくなって来た。

 慣れたというよりも、あえて考えず在るがまま受け入れるという、ある種の達観が芽生え始めた形だ。


 ある意味、毒されていると思いながら、ミレイユは両脇で頭を下げる女官たちの間を歩いていく。そしてミレイユの前には、先導して歩く一人の女官がいる。未だに道を覚えていないミレイユの為に、こうした場合につけられる女官で、この名誉ある役目は非常に人気があると聞く。


 非常に面倒な事ながら、この転移室から自室までは遠い。つまりそれだけの間、御子神を先導できるという訳で、傍付きでもない女官が神を身近に感じられる役得がある。

 その話を咲桜から聞いた時には辟易としたものだが、とにかく今は、ただ無心で先導する女官の後ろを付いて行った。




 自室に踏み入れても安寧の時は、まだ遠い。

 まずは着替えを済まさねばならず、これを咲桜含む三人がかりで行わなければならない。特に本日は外部に赴くという事で、一層手の込んだ衣装なので着るのも脱ぐのも時間が掛かる。


 もはや警戒の必要もないのだが、アヴェリンも部屋の隅で召し替えを見守っていた。着替えの最中は両手を開いて無防備になる瞬間もあるから、害を成そうと思えば絶好の機会、というのがアヴェリンの談だった。


 部屋着と言えど、スウェットのような気軽な衣装という訳にはいかない。

 一度それとなく振ってみた事があるのだが、軽い冗談だと思われて流されてしまった。だから今日も簡易的とはいえ神御衣を着せられている。


 それが終われば漸く一息つけるのだが、布団の中へ飛び込むような事は出来ない。

 気分としては全くそうしたい気分なのだが、周りで常に控えている者がいるとなると、それも躊躇う気持ちが出る。


 ――なるほど、周囲の目というのは大事なんだな。

 見られていると思えばこそ、だらけた姿を見せられないと自制する。傍付きの存在は、一種のストッパー装置として働いているという事だ。


 ミレイユがアヴェリンを伴って着替え部屋から戻り、部屋の片隅にある小卓へと腰掛ける。そこには既にユミルが我が物顔で占拠しており、アヴェリンもそれに続いて座る。

 そうすると、何を言うまでもなく咲桜がお茶を持ってきて、一礼しては去っていく。あとは遠過ぎず近過ぎずの位置で、ひっそりと気配をなくして控えた。


 こうなると居ないものとして扱う必要があり、今でもこれには肩が凝る思いが抜けない。

 なるべくそちらへは視線を向けないように気を付けながら、改めて息を吐いてお茶を手に取った。

 ユミルがその姿を見ながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて言う。


「苦労してるわね」

「そう思うなら、少しは労ってくれ」

「それはアタシの役目じゃないもの」ユミルは笑ってアヴェリンを流し見る。「それで、一通り学園生の実力も見れたところで、ようやく底上げの方に移れるワケね?」

「そうなるな……」


 ミレイユは痛いものを堪えるように渋面を作り、それからゆっくりと口にお茶を含む。

 ほぅ、と息を吐いて芳醇に香るお茶を楽しんだ後、惜しむように茶器を置いて口を開いた。


「……面倒だが、やらない訳にはいかないだろう。間違ったやり方を正す事は出来ても、そこから慣らす作業は自分自身でやって貰わねばならない。その過程で、基礎術から脱却できる者には能力に見合った術も授けねばならないだろう」

「大事業ねぇ……。時間足りるの、それ?」

「それこそ私も慣れる必要があるだろうな。一人当たり、効率的に運用できるよう手早く正確に教え込んでやらねばならない」


 とはいえ、これは言うは易しの典型だろう。常に時間に追われているようなものだから、この部分を遅らせる事は出来ない。そして同時に、疎かにしてしまうと実力の伸びがイマイチになり、結局苦労したほど成果が見込めない、という事に成りかねない。


 実に腹立たしい思いだった。

 その心情を敏感に察知してか、アヴェリンが労るように声を掛けてくる。


「ですが、やるしかない以上、やり切るしかないかと……」

「正しくそのとおりだな……。気は滅入るが」


 ミレイユが密かにオミカゲ様へ怒りを向けていると、話題は自然と今日の試合についての事へ移る。大体はそのレベルの低さを嘆くものだが、アキラの事となると、それも少し変化があった。


「まだまだ荒削りだけど、最初思っていたよりはマシな成長したんじゃないの?」

「そうだな……。やれると判断したからこそ逐一段階を上げて鍛練していったが……、正直ここまで着いてくるとは思わなかった」


 アヴェリンの声音には僅かな喜色が見える。そして、それについてはミレイユも同感だった。

 元より現代人には似つかわしくない程の根性を見せていたアキラだが、続ける事の努力は決して裏切らないのだと証明してくれた。


「あとは才能さえあれば言う事なしだったが。……天は二物を与えない、とも言うしな」

「それ、アンタに言われると反感しか生まないから注意なさい」


 珍しくドスの利いた声を出して、ユミルが呻くように言った。妙な迫力に気圧されて、ミレイユもとりあえず無言で幾度となく頷く。


「将来性があるのかと言われると……ここまでは期待を裏切ってくれたアキラだ。その後も、と思ってしまうな。……どう思う、アヴェリン」

「期待したい、という点では同意できますが、純然たる壁の前には無力でしょう」

「こっちの世界基準で見れば評価が高い、そういうレベルで収まるかな……」

「……おそらくは」


 順当といえば順当な評価だった。

 あくまでこの世界で言えば、強者の一角には昇りつめられる。同世代に限って言えば五本の指に数えられるのも不可能ではなく、そしてそれは、ミレイユ達からして見れば及第点に届かないという事を意味する。


「これから出てくるらしい強敵が、どの程度かによって価値が変わるわね」

「拡大を続けていくというオミカゲ様の言い分を信じるなら、だが。その為にルチアも努力している」

「ですね……」


 結界へアプローチが成功すれば、また以前のような小物の魔物しか出現しなくなる。あるいは、現状のまま拡大せず、維持できる期待が持てる。それが出来るかどうかはルチアの手腕に掛かっていた。

 今も彼女はその為の努力を続けているだろう。あの日、息を切らして倒れるまで結界へ挑んでいた姿を思い出す。それを思えば、ミレイユばかり不満を言う訳にはいかなかった。


 ミレイユは小さく手を挙げ咲桜を呼び付ける。視線はこちらを向いていなかった筈だが、しかし即座に反応して近くで控えた。


「明日、学園へ向かう前に大社に寄る。ルチアを労いたい。向こうにはその様に伝えろ」

「畏まりました」


 最近では移動の時間も惜しいと、ルチアは大社で寝起きしている。顔を合わせる機会がめっきり減ったので、会おうとしなければ会えるものではなかった。

 ミレイユ達が特に不自由せず顔を見合わせ、こうして茶を飲み合えるのに、ルチアばかりが蚊帳の外の状態は寂しい。頻繁に出向く位しか、その努力を労う方法がなかった。


 咲桜が一礼して下がったのを見ながら、ミレイユは明日以降の苦労を思って溜め息をついた。

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