一難去って その5
「……となると、私もそちらに参加した方がいいんですか?」
ルチアが顔を向けて聞いて来て、ミレイユは思案顔になる。
彼女の制御力は確かなもので、使う魔術によってはミレイユをも凌ぐ。結界術に加え、探知や感知にも造詣が深い。ミレイユにもそれらは使えるが、単に使えるだけのミレイユよりも適任になる事は間違いないだろう。
しかし同時に、ルチアには結界に注力して欲しいという気持ちもあった。
一千華の後釜に据える事が出来るのは彼女しかいない。同じことが出来るようになるまで多大な時間が掛かる見込みがあるとはいえ、現状改善に向けようと思えば、彼女以上の適任もいなかった。
さりとて、一人傍から離すのも憚られる。
いつも四人一緒だったものを、必要だからと切り離すのは難しかった。
また、孔の縮小の件もある。
効果的ではない、という理由で却下されたが、これもまた単に無意味だと切って捨てるには勿体なく思えた。探せばどうにかなりそうでもあるし、何より縮小計画を現実的な規模で実現出来たなら、それは非常に魅力的だ。
結界の展開か、縮小か。
どちらも必ず効果的な結果を生む訳ではないが、延命という目的には叶う。それとも目前の鬼討伐へ即戦力となる、制御術向上へと注力すべきか……。
ルチアには取れる選択が多すぎて、すぐさまこれと決める事が出来ない。
難しい顔で黙考した後オミカゲ様へ顔を向けると、そちらでもやはり難しい顔をして唸っていた。
「……うむ、悩ましい。どれか一つと言わず全てと言いたいぐらいであるが、それでは余りに無体。ミレイユに限らず、そなたら全員に現世を楽しんで、心置きなく送り出したいと考えている我からすると、取れぬ選択でもあるしな」
「やれと言っても、私が許可しないが」
「それじゃあ、私の希望を言ってもいいですか?」
ルチアが挙手して発言し、ミレイユはそれに頷いてやる。
「以前にも言ったとおり、結界に関わりたいと思っているんですよね。縮小が現実的ならそちらが良かったんですけど、まだちょっと無理みたいですし」
「まぁ、そうだな……。どこか一つを縮小させたところで効果は小さい。ルチア一人が成功させるのではなく、それこそ全箇所で成功させなければ意味がないんじゃないのか」
それでも先延ばしの時間が増えるだけ、というのが悲しいところだ。
更に悲しいのは、ルチアに与えた結界術でないと縮小するだけの効果が見込めない上に、それが上級魔術に分類されるという点だ。
つまり、人間が扱うには難しい術という事だ。エルフ並の魔力総量と制御術は必須として、更にそれを行使するまでの安全も確保しなくてはならない。
孔が閉じ切る前に使用する必要もあり、孔が開いている状態という事は、つまりいつ魔物が飛び出してきても可笑しくない状況だと言える。その緊張の中、正確な制御を求められるのだ。
現代風に言えば、タイマー表示がされない時限爆弾を解体するようなものだ。
時間的余裕がどれ程あるか不明なまま、孔へ手を伸ばしていなければならない。魔物が出てくれば、まず間違いなく最初の犠牲者になるだろう。
孔から出てくるのは雑魚敵、という常識が通じなくなった今、出現した敵の対処にも手こずる事態もあり得る。護衛として隊士を一人でも割けば、それだけ安全は確保されるが、肝心の戦闘で苦戦も免れない。
縮小させた上で孔を閉じるというのは、拡がろうとする力との押し合いだ。力比べに勝利できるかが鍵で、単に術を向けるのでは意味がない。
それを、いつ鬼の手や顔が飛び出してくるか分からない、極度の緊張状態の上で成功させろと言うのだ。
腕の立つ結界術士を一人充てがえば良い、という口で言うほど簡単な話ではない。
上級レベルまで到達できる人がどれ程いるのか、そしてそれを喪うリスクすら天秤に掛けて作戦へ挑まなければならない。命のリスクがあるのは討伐に参加する誰もが同じだが、それでも結界術士だけが飛び抜けて大きくなるのは間違いないだろう。
優秀な術士であるならば強靭な精神を持っているかと言われれば、全員が全員そうである筈もない。
考えれば考える程、現実味のない方法に思えた。
それを朝飯前と成功させてしまう、ルチアが異常なのだ。彼女の場合は他と比べて命のリスクが少ない、という精神的余裕があったのは間違いないが、それを現世の結界術士に言っても詮無き事だ。
「いずれにせよ、抜本的解決策がなければ、とても縮小案を推し進める事は出来ないだろう。となれば、中央で結界の制御に従事する、という事になりそうだが……」
「大社に行って、全国を睨んだ結界の展開をする訳ですね」
「話を聞くだに簡単じゃなさそうだが……」
ルチアは同意するように頷いたが、しかし同時に楽観的な笑みも浮かべた。
「一千華だってやれたんですから、私にだって出来ますよ。完成までに至る道だって知ってる筈ですし、近道だって出来る筈ですから、何とかモノにして見せますよ」
「実に心強い申し出であるな」
オミカゲ様は相好を崩して、信頼を込めた視線をルチアへ向けた。
そして次いで、ミレイユに顔を向ける。
「この者達も、こうまで申しておるのだ。そなたも否とは申すまいな?」
「……確かに、もはや私だけ不参加を決め込む訳にもいかないだろうが……」
「当たり前でしょ。こっちを巻き込んでおいて、そんな言い分通じるワケないじゃない」
ユミルの突き刺すような視線を、苦笑と共に手を振って受け流す。
「我としては、そなたに参加して貰う本当の理由は、教官役に留まらず楔としての役割を期待しておるのだが」
「楔……? 誰に対する?」
「それは御由緒家を始めとした、新たな力を身に着けた理術士たちへ」
言われてミレイユは思い出す。
己の力を過信して、神への反逆を企てた者の事を。
力の果て、あるいは頂点、それを知る者からすると御由緒家が到達出来る程度の力は中腹にすら至っていないのだと理解できる。今回、その力を授かった御由緒家達には、まだ伸びしろがあるとはいえ、単純な戦闘能力でアヴェリンに届く事はないだろう。
しかし現世においては比類なき、という言葉が似合うだけの力を手にした。
頂きを知らず、頂きに立ったと勘違いした者が現れぬよう、先に釘を刺すというのは必要なのかもしれない。かつて反逆が起きたというなら、またいつか起きるかもしれない、という事でもあるのだから。
過敏に反応し過ぎていると想われても、その対処は必須だと考えるのは良く分かる。
そこへ単純に強いアヴェリンを相手にさせるより、オミカゲ様の御子神を用意すれば、更なる抑止効果が期待できる、と考えているのだろう。
その力量を思い知らせれば、大きすぎる楔として彼らの胸に刺す事が出来る。
ミレイユは思わず溜息を吐いて、何度となく頷く。どこか力ない、諦観の含まれた頷きだった。
「まぁ、分かった……。だが、明日すぐにという話でもないんだろ?」
「無論である。大事にならぬよう、ある程度の情報規制も必要であろうし、あちらの準備もあるだろう」
「あちら、ね……。軍学校か何か?」
「似たようなものではあるが、教わるのは理術の制御方法や、その正しい運用方法などだ。完全スカウト制かつ全寮制の学校である」
「……教えるのは学生が中心なのか?」
オミカゲ様が首肯して、ミレイユは再び溜め息を吐いた。
今まで見てきた御由緒家は、その殆どが若く、またアキラと同年代のように思えた。各家の世継ぎの年齢が重なったのは偶然だろうが、いずれにせよ彼らのような者がいるなら、そういう教育機関があっても不思議ではない。
「……それじゃあ彼らは、普通の授業も受けつつ、授業で理術の鍛錬を行っているのか?」
「そうさな。詳しいカリキュラムまでは知らぬが、そう思ってくれて構わぬ。いわゆる名門校として名高い。将来は御影本庁への就職が決まっているようなものだから、期待も大きいがな」
「……部活動とかしてそうなイメージはないな」
「その時間は理術訓練に充てられる事になっておる。まぁ、体育が多めに取られた学校ぐらいに思っておれば良かろう」
そう簡単なものかね、と思ったが、口出しせずに頷くに留めた。
「無論、現役の隊士たちにも指導を頼む故、学生たちだけ相手すれば良いという訳でもない」
「おい……、予想以上に忙しそうじゃないか。毎日あくせく、働くつもりはないからな」
「分かっておるよ。この時期が大事だと理解もしておるが、現世を楽しめという言葉に偽りもない。多くは自主訓練にたのむ事が多くなるであろうし、神が人の道具になる事を巫女らが許さん」
何やら不穏な雰囲気は感じたが、とにかく働き詰めにならずに済むのは確認できた。
ミレイユとしては観光に大きな願望はないが、アヴェリン達には見せてやりたいという気持ちがある。しかしそれも、神輿に担がれなければ移動できないと分かれば萎縮してしまう。
そこまで思って、ハッと顔を上げてオミカゲ様を見る。
「主に学校へ赴くことになるんだよな?」
「そう言ったであろう」
「まさかと思うが、あの悪趣味な神輿に担がれて登校する事になるのか?」
オミカゲ様の喉が一瞬詰まる。
目が左右に泳ぎ、顎を摘むようにして思考に没頭し始めた。
非常に嫌な予感がし始めたところで、顔を上げたオミカゲ様が恐る恐る口にした。
「……因みに、神輿は拒否する方向か?」
「どう聞いたら、少しぐらいオッケーだと勘違い出来るんだ。嫌に決まってるだろう」
ミレイユが明らかな拒否を表明すると、オミカゲ様は喉の奥でくぐもった声を出した。
眉間に皺を寄せ、首を左右へゆらりと向ける。
「只今、女官や巫女達の中で、非常に浮足立った空気が昇っておるのだが……」
「それは……新たな神を迎えたから、とかそういう理由か?」
「うむ……。我の御子だというのも、それに拍車を掛けておる。いかなる無礼も不敬もあってはならぬと息巻いておってな……」
それ自体は悪くない事のように思える。
隣に座ったアヴェリンも、何度も頷き満足気な笑みを浮かべている。そういう態度は当然だ、とでも言いたそうな表情だった。
「我が中々表に出ぬし、神処から出ぬ事も多いでな……。彼女らの忠義は本物だが、それを向ける機会が非常に限られるのよ」
「カモを見つけたってワケね……」
ユミルが面白そうに告げて、ミレイユは大いに顔を顰めた。
「言い方があるだろうが。……だが、分かった。今までの鬱憤を私で晴らしている側面もあるんだな? 着付けに三人掛かりなんて、おかしいと思ってたんだ」
「いいや、それは普通である。むしろ一人でやらせるようなら、いつまで経っても終わらぬよ」
「ああ、そう……」
ミレイユは力なく返事して項垂れた。
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