幕間 その3

 御影本庁の第三会議室、そこで本作戦のブリーフィングが行われていた。

 会議室の中には作戦に参加する小隊の隊長が、各々椅子に座って待機しており、招集理由について憶測や推測を語り合っている。

 その多くは二十代から三十代の男女で構成されており、その内女性が七割を占める。こうした若者が多い集団の中にあって、一際若い数人が部屋の中央前列に座っていた。


 その事に文句を言う者はいない。

 この場は年功序列ではなく実力主義であり、そして家格も考慮される。


 彼らは御由緒家。

 この実力を認められた者だけが招集された場にあって、他の誰より実力を持つのが彼らだった。年若い為、経験不足な部分はあるものの、それを跳ね返すだけのポテンシャルを持っていると誰もが認めている。


 そして彼らもまた、その家名を背負う意味を良く心得ている。

 尊敬されるべきと認識していても、それに耽溺するようでは家名を名乗る資格はないと知っていた。だからこそ他の誰もが尊重するし、尊重されるに足る結果を出す努力をしている。


 家名を汚す行為はオミカゲ様に泥をかけると同義、それを彼らはよく理解していた。

 中央から左へ阿由葉七生ななお、由衛凱人かいとと並び、中央から右へ比家由れん、由喜門紫都しづと並ぶ。その彼らが背後から受ける好奇の視線を受け流しながら、お互いに目配せをする。

 身体をやや前に倒し、顔を突き出すようにしながら最初に口を開いたのは漣だった。


「七生、お前なんか聞いてるか」

「いや、私も何も。ただ、相当嫌な予感はしているわ」

「そりゃ誰だって、本庁召喚されたら嫌な予感するだろ。学園を早退しての強制参加だし。……でも、そうか。結希乃姐さん、何も言ってくれなかったのか」

「責任あるお立場だもの。妹だからと甘くなる人でもないし」


 それもそうか、と漣は素直に納得した。

 御由緒家同士は、その間柄反目しがちだと思われる節がある。しかし実際は相当結びつきが強く、基本的に仲が良い。個人的に誰かが嫌い、そりが合わないという個人的な感情を持つ者はいるが、家同士で仲違いする事はない。

 ここにいる四人も子供の頃からお互いの家に出入りしているので、兄弟姉妹がいれば、当然その人たちとも仲が良くなる。


 漣もまた七生の生家、阿由葉家には幼少の頃から幾度となく出入りしていて、七生の姉からもよく可愛がられた。単に優しくされるというよりは、道場で幾度も鍛えられたという意味であったが。


 話を聞いていた他の二人も似たような表情だった。

 あの人は優しい事には違いないが、同時に厳しい人であり、そして家の誇りも大事にする。親からもそのように躾けられているが、漣に言わせればその教えは結希乃から叩き込まれたような気がしている。


 その時だった、後ろの扉が開かれ、誰かが入室してくる。

 誰もがその人物に顔を向け、そして姿を認めて背筋を正した。

 入室してきたのは阿由葉結希乃、彼女もまた背筋を正した状態で部屋の奥まで歩き、壇上に昇る。目の前にいる妹と幼い頃より良く知る三人へ目配せして、小さく笑んだ。


 誰もが着席した状態で背筋を伸ばし、結希乃の一挙手一投足を見守っている。

 そこへ結希乃が大きくはないが。よく通る声で話し始めた。


「急な招集に辟易してるだろうが、早速始めさせてもらう。まず、本作戦は大宮司様の責任において実行される。――そう、勅令だ。そして、その総指揮を執るのは私となる」


 誰もが息を呑んで身体を強張らせた。

 大宮司による勅、それは単に上層部から受ける命令とは一線を画している。神より直接指示を受けたに等しい命令、それ故に本作戦の重要性は嫌にも高まった。

 絶対に失敗は許されない、だからこその御由緒家招集、それを部屋に集まった誰もが実感した。


 全員の顔が引き締まったのを確認して、結希乃は続ける。


「目標は、甲ノ七」


 結希乃がその単語を口から出した時、それを予期していた者すらも、顔を大いに顰める事になった。特に七生たちはその実力を実際に目にしているので、その脅威をよく理解している。玉砕覚悟で望んでも、果たして成果を挙げられるかどうか。

 苦々しい顔も当然といえた。


「これを捕縛、ないし拘束する事を目的として行動する。しかし同時行動として、生霧会構成員の捕縛もまた作戦に組み込まれている。望まれるのは神刀の確保、そして組頭の霧島竜一郎と若頭の生路市蔵の捕縛だ」


 全員の顔を見渡した結希乃は、その表情が非常に固くなっているのを感じた。

 無茶な作戦を指示していると自覚もある結希乃としては、その気持が良く分かった。しかし勅が発令されたからには、成功を目指して最善を目指さなくてはならない。


「組頭は本日夕方に埠頭にて、この神刀を使った取引を行う。この時を狙い、取引相手のマフィア共々捕縛するのが最善と考えている。しかし同時に、現在甲ノ七が生霧会ビルへ向かっている最中であり、これの行動が作戦を阻害するものと考えられる。よって、御由緒家は彼らの拘束ないし捕縛を目的に動いてもらう」


 前列に座る四人が身動ぎし、そして覚悟ある表情で頷いた。

 結希乃もまた、それに頷き返して続ける。


「他の者は御由緒家のフォローと、ヤクザ捕縛に分けて動いてもらう。詳しいことは後ほど説明する。ここまで、何か質問は?」


 結希乃が見回しながら聞くと、その妹である七生が挙手する。それに頷いてみせると、起立して口を開いた。


「甲ノ七は生霧会ビルに向かっていると言いましたが、目的は?」

「ヤクザ者が甲ノ七に喧嘩を売った。その報復として動いていると予見している」

「その際の被害はどの程度とお考えでしょう」

「我々も半数が脱落、ビルそのものも半壊、最低限その程度はある前提で動いてもらう」

「分かりました」


 苦いものを呑み込んだ表情で頷き、七生は着席した。それと同時に後ろの席からも挙手がある。それに指名すると、一人の男性が立ち上がった。


「拘束に移るタイミングは?」

「甲ノ七がビルの中に踏み込んでからになる。屋外で戦うのは極力避けるべき、というのが分析班からの意見だ。だが、最初は交渉から始める。最初から武器を持って頭ごなしに命令する事はない。交渉役は私が努める。……他には?」

「その場合、他の小隊はビルを包囲している事になるので?」

「なるべく気づかれないよう、二キロ離れた地点から隠密状態で近づき四方から包囲する。どの小隊がどの方角から近づくかについては、後ほど説明する」

「分かりました」


 男性が着席すれば、即座に別の女性が手を挙げる。それに指名すると起立し抑揚の乏しい声を響かせた。


「包囲から逃走された場合はどうなりますか?」

「交渉を始め注意を向けている間に結界を展開する。まずはそこへ封じ込める予定だ。その間に御由緒家が先頭で動く。交渉が難航した時点で距離を置き、ビルから逃走した場合に備えて結界外へ出さないよう作戦を展開する」

「その際には細かく指定されるのでしょうか」

「いいや、私も指示できない状態にされる可能性もある。事前にある程度は決めておくが、そこからは独自裁量の権限内で動いてもらう」

「分かりました」


 女性が着席したのと同時、結希乃は改めて全員を見渡した。

 緊張は見られるが萎縮はない。覚悟ある表情を見ながら口を開く。


「いいか、我々がすべき最も重要な事は、神刀を奪回する事だ。違法な手段で入手し、そして海外に流出する事は絶対避けねばならない。そして同様の手口を使わせないよう、ここで潰す必要がある。甲ノ七はその障害となるから、この現場から退場願いたいだけだ」


 いいか、と改めて全員を見渡す。


「目的はあくまでも排除だ。ビル内で拘束し続けられれば、その目的は完了しているとも言える。玉砕覚悟で戦えという命令ではないことに留意しろ。そもそも敵ですらない。そこを履き違えるな」

「了解!」


 全員からの返事を聞いて頷き、最後に質問はないかと尋ねてみれば、凱人からの挙手がある。

 それを指名し起立すると、俄に不安を滲ませた表情で口を開いた。


「ここ数日の間隔と、これまでの周期から考えると、本日孔が開く公算が高いと報告がありました。自分もそれに同意しています」

「ああ、その懸念は最もだ。作戦時刻を考えると、その場面に遭遇する可能性は非常に高い。だから、そこには予備部隊を当てる予定だ。もしも手の空いた小隊があれば、加勢してもらう」

「なるほど、分かりました」


 凱人が着席したのを見て結希乃は次の挙手を待ったが、それ以降誰からも手は挙がらない。

 どちらにしろ、これ以上の質問は却下する予定だった。丁度よい、と結希乃は頷き、手を後ろに組む。


「これ以上、この場で説明するには時間が足りない。即座に自分の小隊を率いて動いてもらう。付近までは車で移動するから、その間に細かな説明を行う。――以上だ」


 全員が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、先を競うように部屋から出て行く。

 御由緒家の四人も同様に出て行こうとするところを、結希乃は声を出して呼び止めた。

 振り返る四人は時間が惜しいという顔と、呼び止めた内容を気にする顔とが浮かんでいた。


「お前たちにしか伝えられないから、ここで話しておく。これは大宮司様から御由緒家への勅だ。もしも甲ノ七のリーダーに対面する事があれば、不興を買わないよう行動しろ」

「姉上、それは一体……?」

「意味は私もよく理解していない。しかし勅で定められた内容だ、留意しろ。漣、お前は言葉遣いが荒い。特に気をつけろ」


 特に漣へ注意を呼びかけ、そして言い終わると同時に指を扉へ向ける。

 話は終わりだと理解した四人は、それで踵を返して部屋を出ていく。

 結希乃もまた、点検が既に済んでいる装備を身に着け、現場に急行せねばならない。


 甲ノ七の事は結希乃も良く知っている。

 今日にもSNSの動画を見て、どう判断して良いものか迷っていた。直接対面せねばならないという事実が、今になって胸に重く圧し掛かる。


 不安はある。しかしその不安は見通しの立たない先行きに寄るものだ。

 大宮司様の勅は絶対とはいえ、その真意が見えてこない。何であれ、甲ノ七は特別だ。それは分かる。


 ここ最近は不透明な事が多く、実は壮大な出来事が裏で起きているのではないか、と思わずにはいられない。


 とはいえ、それが何であれ、結希乃は御由緒家としてオミカゲ様に尽くすのみだ。

 結希乃は迷いを断ち切るように顔を上げ、皆の後を追うように部屋を出た。

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