【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~

海雀

第一章

プロローグ その1


 始まりは、唐突だった。

 発端の外側にいた自分に、その事を解明しようとするのは不可能に近い。

 だが俺は――私は、ただ一つのものを目指して生きてきた。

 放り出された状況に、混乱し、激怒し、恐怖し……。

 それでも必死に駆けていた。

 いつか故郷に帰る、その日を掴み取る瞬間を想いながら。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇



 世界の中心とも呼ばれるデイアート大陸。その果てにある山脈の奥深く、とあるドワーフ遺跡の最奥に一つのパーティが辿り着いた。

 女性ばかりの四人パーティにあって、その中心に立つ者の名はミレイユ。

 彼女は小さいのか大きいのかも分からない、自分でも持て余す感慨を持って立っていた。


 目の前にあるのは見上げる程の巨大な機構、ドワーフの遺産がある。

 この機構に名前はない。かつてはあったのだろうが、長い年月の間に失われてしまった。今ではただ遺物とのみ呼ばれる、ドワーフの遺産だった。


 見かけからは用途の想像もつかない機械仕掛けの巨大建造物。大小の歯車が複雑に噛み合い、ガコンガコンと音を鳴らしては回転し、時折蒸気がその天辺から吹き出していた。


 この遺物が何なのか、何のために存在するのか、それを知る者は非常に少ない。

 この世界にあって、それを正確に知っているのは神々のみ。

 十二の大神と六の小神がそれに当たる。

 ミレイユとて、その神々によって教え導かれ、そうしてここまでやって来た。

 とはいえ、この世を他の誰より理解しているミレイユである。誰に教えられるでもなく、どうすればよいのか、それをよく知っていた。


 どのような機能を持ち、どのような事ができるのか、それも分かっている。

 神々が造った神器を動力源に、あらゆる願いを実現する。それがこの『遺物』の機能だった。


 今となってはドワーフも、かつてこの世に栄えていた痕跡を残すのみで、その生き残りは確認されていない。神々を怒らせた故に滅亡したとも言われるが、その実ドワーフは『遺物』を使ってこの世を去り、別世界に旅立ったとされる。

 旅立った理由自体は依然謎のままだが、それこそ神々を怒らせた事が理由であるのかもしれない。


 何にせよ、重要なのはミレイユの目の前にある『遺物』で、そしてようやく願いが叶うという事だ。

 ミレイユは懐から――正確には空間拡張魔法によって――取り出された神器を手に持つ。

 その神器に反応して、『遺物』が大きく動き始めた。


 大きく一度蒸気を噴き出したかと思うと、目の前の機構がパズルのように上下へスライドし、トレイのような受け皿が迫り出す。

 受け皿の数は全部で五つ。

 叶えられる願いは神器の数によって変わってくるから、最も大きな願いを叶えたければ相応の苦労を要求されるという事になる。


 ミレイユは自分の持つ願いが、どれほどの対価を要求するものなのかまでは分からなかった。

 そもそも叶えられる願いなのかも不明で、だから必要となる最大数、五つの神器を用意してきた。

 ミレイユにとっても、これは賭けだ。

 叶う筈だという想いと、無理かもしれないという想いが綯い交ぜになる。


 ――それでも。

 諦めるには早すぎた。どうせ無理だと分かるまで、その挑戦を捨て去らない程度には諦めが悪かった。

 そうして遂には、神の試練を乗り越える事で手に入る神器を、五つも手にするに至った。


 ミレイユは意を決して前に出る。

 受け皿に一つ一つに対し、丁寧に神器を置いていく。置いた順に、受け皿は元あった位置へと戻り、順次蒸気を噴き出しながら機構の中へと神器を受け入れていく。

 全ての神器をその中に取り込んだ『遺物』は、殊更大きな蒸気を噴き出し、甲高い音を立てながらその機構を左右に割る。


 中から出てきたのは不思議な球体だった。

 ほのかに青い光を発しながら、支えもなく空中に浮かんでいる。

 その球体はゆっくりと横回転しながら、こちらを伺うように明滅していた。

 まるで、その内に取り込んだ力を開放する瞬間を、今か今かと待ち望んでいるかのように。


 ミレイユは、それが己の勘違いではないと悟る。

 この『遺物』は今まさに、その機能を発揮しようとしている。

 ミレイユは背後で静かに控えていた、ここまで苦楽を共にしてきた三人へと振り返った。




 最初に視界に入ったのは、最も付き合いの長い戦士で、その名をアヴェリンという。

 金色の長髪も、ここへ辿り着くまでの奮戦で乱れに乱れた。無造作に撫で付けただけの髪型は武人気質の彼女にしては手入れをしている方だ。

 鋭く意思を感じる目つきは、今は幾らかの緊張が見て取れる。

 左目の泣き黒子は、ミレイユにとっても好ましい彼女の特徴だ。


 その左隣に三歩の間を置いて立っているのが、二番目に出会ったエルフの魔術師ルチア。

 十代半ばという幼い見た目をした少女だが、実年齢は百を超える。

 白に近い銀髪はエルフの中でも特に氷術に長けた一族の証で、一様にフロストエルフと呼ばれる。


 最も後ろで控えていたのがユミル。

 黒髪を片側でサイドテールにしているのが特徴で、白い肌に赤い瞳をしている。

 魔法も剣も両方使える軽戦士であり、ミレイユの錬金術の師匠でもある。


 三人の顔を順繰りに見つめてから、ミレイユはようやく口を開いた。


「……今まで、ご苦労だった」

「何なの、その台詞。まるで別れの挨拶みたいじゃない」


 咄嗟に言葉を返したのはユミルだった。呆れたような口調だが、どこか責める調子もある。

 ミレイユは気まずげに頷いた。


「まさしく、そのとおり。今まで話せず済まなかったが……、私は今日この瞬間の為に戦ってきた」


「ミレイ様、ですが、あまりに突然のことで……。それに、何故?」


 重ねて問うて来たのはアヴェリンで、その表情は困惑に染まっている。

 最も長く共に戦い、最も親密と言っていい相手だから、一層気まずい思いがミレイユの胸を締め付ける。

 理由の説明も、事前の周知も、ここまで共に潜り抜けてきた仲なら当然だろう。それをしなかったのは単に言う勇気が持てなかったからだ。

 言えば引き止められるのは当然で、そしてそうなった時、言い含められるだけの言葉を出せる気がしなかった。


「薄情なことは百も承知だ。だが私は元来、口下手だ。上手いことを言えそうになかったからな……」

「それとこれとは全く別の問題だと思いますけど……」


 困ったような顔で返したのはルチアだった。

 これには全くの同意で、説明の放棄は彼女たちの信頼への裏切りとも言える。それに言ったところで反発があるという予測が、ミレイユの口を重くさせたのは事実だ。

 それでも言う機会が幾らでもあった以上、彼女はそれを言うべきだったのだ。


「うん……、だから邸に残した財産は三人に残す。後のことも、好きにしろ」

「あ、ちょっと……!」


 言うだけ言って、ミレイユは踵を返す。

 明滅を激しくさせていく球体へ手を伸ばし、手短に願いを言う。


「私を元いた世界へ、私の故郷に帰してくれ!」


 言い終えた瞬間、球体は眩い光を放つ。

 収縮されたエネルギーが音を立てて弾け、ミレイユを飲み込んでいく。


 アヴェリンは咄嗟に手を伸ばす。

 連れて行かせはしないと、別れがあるにしてもこのような別れは認めないと。

 その姿が光に飲み込まれ掻き消える直前、背を向けていたミレイユが振り返った。


「ありがとう。勝手で悪かった……」


 感謝と謝罪、二つの言葉が別れの言葉だった。

 アヴェリンは顔を歪め、歯を食いしばって更に手を伸ばす。しかし、その手はミレイユを掴むことはなく空振って、そして掴みたい手の感触がないまま姿を消す。


 後には蒸気を吹き出す機構と、役目を終えて光を消す球体が残る。

 アヴェリンは絶望にも似た表情で動きを止め、後の二人も前に踏み出そうとしていた動きのまま止まっている。

 一息の間の後、誰かから食いしばった歯の間から息を吐き出す音が聞こえた。


 誰一人動きを見せないまま、球体が再び明滅を始めるのを、ただ黙って見つめていた。

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