今日も冷たい乙女は俺の愛する人
徳田雄一
心の暖かい優しい子
高校中退、それは人生を捨てたようなものだと言われる世界。それでも俺はクソみたいな高校には耐えられず、中退した。その後は職探しばかり、落ちて落ちて落ちてを繰り返し、もう適当でいいやと諦め半分、適当半分で受けた会社に合格した。
入社当初から社員は優しく接してくれ、同じ境遇の人もいるよと肩を叩いてくれる人間ばかりだった。最初の頃は一通り仕事を覚えるまで一生懸命やっていたが、ある日を境にそんな生活も終わりを告げる。
慣れてくると仕事を疎かにし、適当にこなすようになってきていた。自分でも自覚していたが、サボりたい気持ちが勝ち、自覚を捨ててわざと自分に嘘をつきながら仕事をしていた。
今日も怒られる。
「前も言ったよな!」
「はい、すんません」
「すんませんじゃねぇよ、勘弁してくれや」
「はい」
こんな会話が毎日のように続く。だが適当は終わらない。
「これやった?」
「え?」
「頼んだじゃんか〜」
「すんません」
「いいよ。やっとく」
「すんません」
「ん、次は気をつけてな」
こんな毎日が続きながらも、休みの日はタバコを2ケース持ちパチ屋へ通う。最低な毎日が続いていた頃、俺はふと思う。彼女が居なくて、タバコを持ってパチ屋へ通うってゴミじゃんと。
虚しくなり思わず風俗へと顔を出す。虚しい気持ちを晴らすかのように彼女たちはニッコリと笑顔を絶やさずに、冴えない男の相手をしてくれる。
なんだか、気持ちが楽になっていた。
1年そんな生活を続けたある日のことだった。普段顔を出さない社長が会社に出向き言った。
「3人辞めるらしい。今のところ新人を雇うつもりはない。今まで以上に厳しくなるが頼むぞ」
その一言で俺はたったひとつの言葉が浮かぶ。
「やばい、サボってた分やらなきゃいけなくなる」
嫌だという気持ちが走り、このまま流れに乗じて俺も仕事をやめてやればいいんだと頭をよぎったが、ふと心に残っていたほんの少しの良心がそれを辞めさせた。
そこからは怒涛の日々が続いた。忙しいという言葉では表せれないほどの苦痛の日々。休みなく働かされ、毎日深夜帰り、酒を飲む暇もなく睡眠も3時間取れればマシな程だった。
またそんな日々が1年経った頃だった。俺が入社してから2年目の夏だった。記録的な猛暑日で周りが汗水垂らしながら働いてる所に、汗ひとつかいていない黒髪ショートの女の子が現れる。
見た目は女子高生のような若々しい姿で、見学に来た子かと思うほどに働く姿ではなかった。
「お前ら、新人の子だ!」
「え? その子が?」
俺は思わず口に出てしまっていた。
「はい。私ですが何か?」
「あ、いえ……」
最初の印象は最悪だった。冷たく言い放たれた言葉、態度の悪さにこんなガキと一緒に働くなんて無理だとさえ思ってしまっていた。
女の子と共に現場に出始め、俺が教育係に任命されていた。数時間一緒に働いていた。働いてみればわかっていった。彼女はとても素直でいい子なんだと。
「おい、そこはこうだって言ったろ」
「すみません」
「あ、いやすまん。きつく言いすぎた」
「いえ」
なんでこうも俺が優しくしてるのかと言えば、そうこの子の事を好きになってしまったからだ。事の発端はこの子の入社初日の今日、ちらっと見えた彼女の本性を見てしまったからだ。
入社挨拶後、俺は急いでトイレに駆け込み個室に腰掛けて用を済ませた後だった。女性用の更衣室のドアが少し開いていた。下心なんて無かった。ただちらっと覗いてしまった。
そこから見えた景色は驚くものだった。
そう、そこには数分前には見せなかった彼女の笑顔だった。入社服をじっと見つめながら嬉しそうに微笑む姿、俺はそれに惚れてしまっていた。
彼女に想いを伝えても良いのかな、そう思う日々。気づけばまた1年過ぎていた。
仕事納めの日、社長の提案で忘年会が開かれることになった。俺はもちろん参加強制の立場に既に立っていたため、仕方なく参加の欄に丸をつけた。すると横から俺の使っていたボールペンを奪い丸をつけた。
俺は先輩だと思い、頭をはたく勢いで言った。
「先輩自分の使ってくださいよ〜……ってあれ?!」
「先輩も行くんですよね」
「お、おう」
「……当日よろしくお願いします」
「社長も喜ぶと思う……」
「では、休憩も終わりましたので早く終わらせちゃいましょう」
「は、はい」
自分が先輩だということを忘れていた。それほどに彼女の声に耳を傾けてしまっていた。仕事をちゃちゃっと終わらせ、社長が予約していた忘年会の会場まで足を運ぶ。
「かんぱーい!」
1年の仕事を終えた皆の笑顔はとても最高だった。
「飲んでるか〜?」
もちろんだる絡みもあるに決まっていたが。
俺は周りをチラチラ見ながら、あの子が大丈夫か見ていると頬を少し赤らめ、お酒を強引に飲まされている姿を見つける。
「お、おい!」
「あ?」
「先輩方、その子酒無理そうっすよ!」
「うるせーな。ガキは黙っとれ!」
するとあの子はちらっと俺の方を向いて、指でSOSと書いて示してくれていた。俺は勢いのままその子の手を掴み、荷物を持ち会場を後にした。
そこからは俺の頭は真っ白だった。
「先輩痛いです」
「あっごめん」
「別に、助けてくれなんて言ってないですからね」
「なんだよそりゃ。俺の見間違いってか?」
「はいそうです」
「強がんなよ。バカが」
「強がってなんかいません。別にあなたの助けがなくたって大丈夫でした」
冷たくあしらってくる彼女に俺は酒も入っていた影響で道端で情けなくキレてしまっていた。
「あぁ、そうかよ! なら助けなきゃ良かった!」
「……え?」
「てめぇなんてどうなったって良かったんだ! 助けた俺が馬鹿だったよ!」
「せ、先輩?」
「さっさと帰りやがれ!」
「……」
俺はイライラが収まらず、またあの日のように風俗にでも行ってやろうかと頭を掻きむしりながら、歩いていこうとした瞬間だった。袖を握られる感じがした。
「あぁ?」
後ろを振り向くと、彼女だった。
「なんだよ」
「ごめんなさい」
「は?」
「あんな言い方してごめんなさい……」
「んだよ。いまさら」
「わ、私好きな人にはあんな態度しか取れなくて、自分でも気持ち悪いし、何こいつって思われても仕方ないし……」
彼女は目をうるうるとさせながら言っていた。確かに面倒くさい性格だなと思わず思ってしまったが、その反面、好きな人にはこういう態度しか取れないというひとつのワードにも引っかかっていた。
「せ、先輩は入社当初の頃から私に優しく接してくれてて、気づかないところでも私が怪我しないようにしてくれてたりしてて、あの日更衣室を覗かれていた時は本物のクソ野郎だって思ってたけど、それでもずっと優しくて」
「え、待って? 更衣室ちらっと見てたのバレてたの?」
「あ、はい」
「あ、え、あ、うん」
俺は警察に通報されたら終わりだなぁと感じながら彼女の話の続きを待っていた。
すると、彼女はおもむろに俺の胸元をグイッと掴み下に落とす。情けない「うおっ」という声が漏れたが、次の瞬間だった。
彼女は俺の頬にキスをする。
「先輩、好きです」
「……」
「これが叶わなくてもいいんです。先輩、好き……」
俺はすぐ答えを出していた。
「……俺も好きだ」
☆☆☆
〜数年後〜
「起きなさい」
「あと5分……」
「ふん。遅刻してもしらないからね」
はね起きた途端飛ぶ掛け布団。ガシッと掴んだ目覚まし時計の針を見て叫び声をあげる。だがそれを冷たく彼女はあしらう。
「うるさい」
だが、その言葉も俺への愛情だって分かってる。あの日から。
彼女は冷たくても、本当は好きな人にはデレデレで心の暖かい優しい人だって。
「おはよう、こはる」
「おはよ、りゅーしん」
〜fin〜
今日も冷たい乙女は俺の愛する人 徳田雄一 @kumosaki
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