佐藤株式会社

光河克実

 

 その青年は私たち夫婦の前で土下座をして言った。

「僕に娘さんをください。」

「ヤダ。」私はかぶせ気味に返答した。


 青年は顔面蒼白となっており、その横に座っているウチの娘は驚いた顔をしてこちらを見ている。

「え、えっと・・・それはなぜですか?」

「確かに君はなかなかの好青年のようだ。家柄も良いし、良くは知らん会社だがきちんと定職にもついていて生活力もある。」

「ではなぜ?」

「名字がね。・・・鈴木じゃなければね。」

「はぁ?」

「私は佐藤だよ。全国で一番多い名字だ。君、佐藤姓が日本に何人いると思う?」

「さぁ。存じ上げません。」

「約184万2千人だ。」

青年はポカンとしている。

「では二番目に多い名字が判るかね?」

「さぁ。・・・田中ですか?」

「田中は4位だ。およそ132万人いる。2位は君、鈴木だよ。およそ177万8千人だ。因みに3位は高橋の139万2千人。」

「知りませんでした。確かに私も小学校からずっとクラスに必ず一人は佐藤や私と同じ鈴木はいましたね。でも、それが何故、僕たちの結婚の反対に繋がるんですか?」

青年の質問は至極真っ当なものだった。

「君は娘から私の職業を聞いておるのかね?」

青年は娘の方をちらりと見て言った。

「いえ。サラリーマンとしか。・・・」

私はおもむろに名刺を青年に差し出した。青年は私の名刺を見ていぶかし気に呟いた。

「佐藤株式会社。・・・」

「そう。私と同じ佐藤だ。何をしている会社か知っているかね?」

「すみません。存じ上げておりません。」

「だろうな。あまり世間一般に知られていない、いや、知られたら困る会社だからな。」

「え?」

「さっき佐藤姓が日本で一番多いと言ったがこれはたまたまだと思うかい?」

「違うんですか?」

「これは私たち佐藤株式会社の長年の努力の賜物なのだよ。明治元年創業以来、先人たちが佐藤姓を全国一番にする為にどれだけ活動してきたか。」

「どういう事です。そんな事ができるんですか?」青年が不思議がるのも無理はない。私はできるだけ丁寧に説明した。

「この会社の主な仕事は全国の佐藤姓の人々をネットワークで結ぶことだ。その中から結婚適齢期の青年を選択して佐藤以外の名字のひとり娘の女性と縁談を勧める。そして上手く結婚に至れば佐藤姓は一人増え、相手の姓は親の代で消える。又、その新婚家庭に男の子が生まれれば佐藤姓はさらに増える。その様なことを繰り返しながら佐藤姓はトップの位置を守り続けているのだよ。」

「なぜ、そこまで全国一位に拘るのです?二位じゃダメなんですか?」

青年は動揺しながらも気丈に尋ねた。

「昔、スーパーコンピユーターを仕分けしていた女性議員みたい事いうなぁ、君。さっきもいった通り私達は佐藤姓のネットワークを構築している。この繋がりは強固だ。」

私はそう言って一口茶をすすった。

「・・・・。」青年は黙っている。

「数は力なのだよ。私達、佐藤は裏からこのネットワークを駆使して日本を裏から支配している。例えば古くは佐藤栄作を総理大臣に仕立てノーベル平和賞をとらせたのも我々のネットワークの力だ。」

「ノーベル賞ってスウェーデンですよね?そこにまで佐藤さんがいるんですか?」

「え、あ、まあ何人かはいるだろう。知らんけど。と、とにかくいざとなれば裏で日本を牛耳ることだってできるのだ。」

「牛汁?」

「牛耳る!有事の際など今後、国民投票が行われた際、その全国の佐藤の数は大事な票田だ。どの政党も侮れないだろう。その時、佐藤は影の権力を持つのだよ。」

「その為の佐藤株式会社。・・・」

「さよう。創業者も現会長も社長も、その他役員も全て佐藤。株主も佐藤姓の者のみ。もちろん社員も全員佐藤だ。」

そう言うと私はおもむろに立ち上がり

「佐藤バンザイ!」

と声高に言いながら両手を挙げた。誇らしい気持ちでいっぱいだった。自然と涙が溢れた。それから二度ほど同じように叫ぶと満足して座り直した。そして青年に言った。

「だから、二位に追従している鈴木姓を増やす加担を私がするわけにはいかないのだ。まぁ、ランキング10位以下の姓、例えば吉田とか山田だったらまだしも。」

そこまで言うと青年の横にいた娘がワッと泣き出した。慌てて女房が助け舟を出した。

「鈴木さん。あなたがウチに婿入りする事は出来ないの?」

「残念ながら、僕は長男で一人息子です。それは難しいでしょう。」

「ならば、今は夫婦別姓というのもアリよね。ねぇ、お父さん。」

女房は私に懇願するように言った。すると青年の方から意見があった。

「僕は、夫婦は同姓であるべきだと考えています。生まれてくる子どもの事を考えて。」

「私も同意見だ。」

女房はやれやれという顔で押し黙った。そして娘の脇に寄って慰め始めた。


 しばらく沈黙が続いた。娘は泣きやみこそしていたが憔悴しきっていた。可哀そうだが仕方がない。すると女房が珍しく毅然とした態度で言った。

「私たち別れましょう。」

「うむ。そうだな。別れた方が・・・え、私たち?」流石に驚いた。

「あなたにもあなたの会社にも愛想がつきたわ。まったく馬鹿馬鹿しい。何が佐藤ネットワークよ!そんなことで、あの子達の結婚を許さないなら私はあなたと別れて実家の鈴木に名字を戻します!」

そうだったのだ。女房も元々鈴木姓なのだった。すっかり忘れていた。娘の結婚を許せば、娘は佐藤でなくなる。許さないと今度は女房が佐藤姓を捨てる。どちらにしても佐藤が一人消えて鈴木が一つ増えるのだ。女房の奴、巧いこと考えたな。

腕を組んでしばらく考えたが、私だって鬼ではない。ひとり娘の幸せを願う父親だ。それに女房と別れて今更ひとりで暮らすものしんどい。事情を説明すれば会社も了承してくれるだろう。

「・・・わかった。娘の結婚を許す。」

女房と娘から歓声があがった。

「お父さん。ありがとう!」と娘。

「ホントですか!ありがとうございます!

お父さん!」青年が言った。

「おいおい。まだ父さんは早いぞ。」

皆の笑い。絵にかいたような歯の浮くような光景。それもまぁ、悪くはあるまい。こうなったら娘の幸せを願うまでだ。


 青年は何度もお辞儀をして彼女のウチを出た。そして歩きながらスマホで会社に電話を入れた。

「上手くいきました。ええ、ひとつ佐藤姓を鈴木に変えられそうです。」

生涯の伴侶と今月のノルマを達成した喜びに青年の口元が自然とほころんでいた。


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