彼岸桜より咲き出でて

楽しげに響く、子供たちの笑い声に揺り起こされて、少しばかり遅い朝をむかえた。長い夢を観ていた。夢だとわかっていても、そこから脱け出すことができないイヤな夢だった。外が賑やかなのはきっと花のせいだろう。桜並木が見頃をむかえているはずだ。遮光カーテンの隙間から射し込む光に目を細め、その向こうにある世界に思いを馳せる。

麗らかな春の陽を浴びながら、桜の花弁を追って燥ぐ子供たち。弥生、三月、江戸彼岸。はらりはらりと舞う欠片たちが、私の指からすり抜けるようにおちていく。

こぼれ桜の花ひとひら、揺蕩う君は嫋やかに強か……


厭人たる自身の気質を見出だし形成されたのは、幼少期ではなかったか。私は、喜怒哀楽を表に出すのが苦手だった。両親の顔は遺影でしか知らなかったし、思い出などもない。幼稚園や保育園に通わなかった為、同じ年頃の子供と遊んだことがなかった。人との関わりが希薄だと目を合わせるのが怖くなり、いつしか下ばかり見るのが癖になった。たまに口角を上げぎこちない笑顔をみせたが、それは、不安を隠す本能的な対応術で心などなかった。そんな少年時代を過ごした。


淡紅うすべに色の一重咲き――

貌を無くしてしまいそうなそれを、果たして私は、美しいと感じることが出きるだろうか……

今日に至るまで私は、何も変わっちゃいやしないのだ。




思いきってカーテンを開けると、眩しい日差しとピンク色の絨毯が敷かれたアスファルトが、窓ガラスを通して瞳にはいり、こっちへおいでと誘う。


――彼岸桜より咲き出でて――


 あぁ、そうだ……


私は窓を開け、空を仰いで身を投げ出し、うんと唸ってまっすぐ手を伸ばした。揺蕩うひとひらを掬おうと、子供のように、ただ、一心に。


『彼岸桜より咲き出でて、一重、八重追々に咲き続き、弥生の末まで花のたゆることなし』※



 変わろう、変わらなくちゃいけない。


 きっと、変われるはずだ。



・・・


参考文献

※『江戸名所花暦(1827)』より引用


参考音源

「まちがいさがし」

https://youtu.be/qY-R3UDCjko





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