狼煙


日本では、春は花、秋は月を愛で、季節を楽しんでまいりました。十五夜のお月見は平安時代に中国から伝わり、江戸時代より、中秋の名月を鑑賞する、伝統的な行事となりました。澄み渡る、秋の夜空を昇る月に、人々は収穫の感謝を込めて祈り、来年の豊作を願いました。

わたくしどもにとりましても、まさに……そう、正にこの日は、ねんに一度の収穫を祝う夜なのでございます。

今宵の名月は、黄金色こがねいろに輝く望月は、我が一族には赤く見えるのです。

薔薇の鮮烈な光沢の中に、暗くみだりがましい黄赤を混ぜ込むような、或いは、洋灯にかざした婀娜あだっぽい赭褐色の封蝋ふうろうにも似た、おぞましい血の色に染まるのです。

狼煙のろしのごときその淫靡な赤が、一夜限りの狩猟の合図なのでございます。


そろそろ、日が落ちてまいりました。あなた様はお帰りになったほうが良い。

間も無く、年に一度の名月がいず時分じぶんには、私は、今の姿をとどめておくことが出来ないのです。この意識も半分は、闇の彼方に飛んで行ってしまうのです。……こんな話をするのは、あなた様を、只々お慕いしていればこそ。毛むくじゃらの醜悪な姿を、あなた様の前に晒しとうはございません。


さあ、行きやりょれ。


えっ、なぜ行かぬ、恥を忍んで申したものを。


さあ行かぬか……、早よう!


何を、んっ……覚悟がおありか?



そうなのですか。

何もかも、お見通しだったのでごさいますね。私が、大口真神おおぐちのまがみより血を分けた、人を喰らう人狼なのだということを。

神の道より外れた魔狼だと。


えっ、帝国陸軍の密偵?

戸山町、陸軍軍医学校防疫部隷下……

関東軍731部隊。


生体……実験……?

私に近付いたのは、そういうことだったのですか。


生物兵器……

はなからそれが目的で。


では、私をとらえるか?

或いは、退治なさるか……


密命なのでこざいましょ。




・・・


参考音源

「月と狼」

https://youtu.be/WdW4qz352U0



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