第2話 チェンソーマン持ってこいよ

『召喚術師と世界の果て 第一章 #005 英雄と少年』より抜粋。

#005


「おー、いたいた! やぁスキャットくん」


 スキャットと呼ばれた少年は、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた後、庇うように一歩だけ前に出た。


「おっと。頼むよスキャット君。頼むから、少し落ち着いて?」

「落ち着いてますよ勇者さま。俺は至って冷静です」


 深い森。

 ざーざーと雨は降り注ぎ、少年ーースキャット・デルバルドの黒髪を濡らす。

 スキャットはまるで雨粒をひとつひとつ数えているかのように天を見上げ、青年ーー勇者ゆうしゃの言葉を聞いた。


「なら分かるだろ? こんなガルディア国をーー世界を敵に回そうなんて間違ってる! ほらこれを読んで!」

 

 勇者は難解な文章で書かれた紙を突きつけ、わがままな子供を説得するように語尾を強め説明する。

 だがスキャットはちらりとだけ紙を見て、


「あいにく勇者様、俺は文盲なもんで。文字はよめません」


 と言った。


「じゃあ聞かせてあげるよ! よく聞いて! この命令書はね、ガルディア国公式のものなんだ。命令は単純。”魔女は抹殺”だ。分かるかい? 抹殺だよ抹殺」

「すみません勇者様、実は耳も聞こえないんです。都合が悪いことは特に」


 スキャットの視線はようやく勇者の方に向き、軽いジョークを飛ばす。


「それはズルいよスキャットくん。都合の良いことばかり言っちゃいけない」

「人類最強を相手にしてるんです。ズルいこすいぐらい見逃してくださいよ勇者さま」


 スキャットは腰に下げた木刀を抜く。

 

「おっとまさか、スキャットくん、勝つつもり? 英雄のボクに? たかが村の少年の君が? 木刀ひとつで?」

 

 冗談にしても笑えないよ、と勇者はため息をつく。


「勝ちますよ、そりゃ。そうしないとならないならね」 

「はぁ……きみはやっぱり冷静じゃないね、率直に言って、頭がイカれてる」

「さぁ? どっちがイカれてるんでしょうね」

「いいかい? これはこの国の法律だ。君はそれを破ってる。そんな横暴を許されるのは悪魔だけだ」

「それで結構。悪魔にでも神にでも、魔神にだってなれますよ俺は」

「大きく出たねスキャットくん。神……ね。いい響きだ。じゃあ神様なら、海でも割ってみるかい? それとも水をワインに変えるかい?」

「必要なら海をワインにしてみせますよ」

「はは、いいね」


 勇者はようやく笑った。

 けれど、スキャットは本気だった。 

 唯一この場で、彼だけが命を懸けている。

 勇者は彼の目をみて、もう言葉では伝わらないと悟った。


「はぁ……君のことは好きなんだけどね。出来るなら、戦いたくはないんだ」


 勇者は諦めたかのように背丈ほどもある国宝の剣"シンデレラ"を抜く。

   

「俺も好きですよ勇者様、あなたのことが。なんてったって俺は、国のために、世界のために戦うあなたたち英雄に、憧れてたんです。だから出来ることなら、そう出来ることなら。俺だって戦いたくない」


 雨で滑らぬよう、木刀を万力のように強く握る。


「でも……約束したんです。死んだ母と。たったひとつの約束を。だから――出来ません。避けられません。あなたのお願いを、俺は聞けません。”君の妹を殺させて欲しい”なんて――到底無理なんです」


 勇者達は、スキャットの大切な妹を、背に隠れ怯える妹を、奪い殺そうとしているのだから。




参考文献

『召喚術師と世界の果て』



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 漫画家になると宣言して、もう十五年も経った。


「チェンソーマン持ってこいよチェンソーマン」

  

 コーヒーを片手に机の向かいにふんぞりかえって座る編集は、人を逆なでするような声色で俺の漫画を読んでいた。


 「彰人あきとくんの漫画さぁ今の流行にあってないんだよね。 絵はいいよ? まぁマシってだけで別に褒めるほどのようなものではないけどまだ百歩譲ってあげる。下手ではないよってぐらいに」

 

 編集者は茶髪の毛先をねじねじと指で触りながら、俺の書いた原稿を床に雑に投げた。

 血と熱意を込めた物語は、まるで枯れた木の葉のように机に散らばる。

 

「でも内容はホントだめ。駄作もいいところ。時代に合ってないんだよなぁこんな漫画は。王道っていえば聞こえはいいけどさぁ、ベタすぎんだよ。ベタベタ。オレぐらいの編集になるさぁ、感動させようってのが見透けてるんだよね」


 ひとつひとつの言葉が、ちくちくと俺の胸を挿していく。


「タイトルも悪いよ、これ。『召喚術師と世界の果て』なんてさぁわかりづらくて仕方ないよね。主人公が化物を仲間にしながら旅をするって話、ありがちすぎてつまんない」

「その……この漫画は主人公が嫌われ者の魔族や魔獣と仲間になって冒険してく話でーー」

「そういうのが古いんだってば。最近の流行分かる? しっかりと仲間が死ぬことで、物語に緊張感を持たせるわけ。鬼滅も呪術もチェンソーマンも、キャラクターを殺すことで他のキャラクターが成長していくわけよ」

「はい……」 

「いまの読者は目が肥えてるから、どんなにピンチでも『どうせ死なないんでしょ?』っていうのが漫画越しに伝わっちゃうから」

「けど――」

「けど? けどって言ったの?」 

「すみません……」

「素直にアドバイス聞けない人いらないんだよね。大作家先生ってわけじゃないし、キミはまだ漫画家の卵なんだよ? アドバイスもらったら言うことあるでしょ?」

「……はい」

「ありがとうございます、な?」

「ありがとうございます……」

「人の意見も聞けないんじゃさぁ。ほんと彰人くん才能、ないんじゃない?」


  編集は続ける。


「だから最近はさー呪術〇戦とかチェンソー〇ンみたいにエグ味がある漫画がウケるのよ。ガンガン仲間が死ぬような漫画。分かる?」

「……どこを直せばいいですか?」

「全部だよ全部。……ったく設定だけ凝ってもさぁつまんないんだよ。まぁけど、キャラクターデッサンはこれをそのまま使えば? この『ミレ』って女敵幹部はそのまま使えばいいんじゃない? あとは『勇者』だけど……ププ 今どき勇者なんてダサすぎない? 他も厳しいし」


 だからさ―― 

 

「チェンソーマン持ってこいよチェンソーマン」


 これは俺にとって侮辱に聞こえた。いま人気だからそれに乗っかれと、編集は言っているのだ。チェンソーマンは確かに面白い。呪術もヒロアカも面白い。けれどそれをなぞったところで、同じように面白くなるようには思えない。


 「コーヒー……ご馳走様でした」


 けれど、それを否定するだけの実力が、今の俺にはなかった。

 俺は立ち上がり喫茶店を出るため出口に向かう。


「いいですよ経費で落ちるんで。あのぉこういうこと言うのもアレなんですけどぉ――まぁもう諦めてもいいんじゃない?」


 俺の背中に向けて、編集はそういった。

 

「才能ってさ、突然溢れてこないよ。努力でできる部分ってそんなに多くないよ。彰人くんの熱意は分かるよ。だから僕だって時間を作ってこうやって君の漫画を読みに来てる。けどさ、どんなに必死に描いても、どれほど熱意を込めても、面白くないものは面白くないから。彰人くんって今いくつ?」

「もうすぐ26になります」

「今ならまだ間に合うよ。今諦めれば、真っ当な人生を歩める」

「夢なんですよ」

「夢を諦めれる勇気って必要じゃない? って話だよこれ」

「諦めれる夢を……俺は知らないので」


諦めれないから夢だということを、漫画を通して伝えたつもりだったが、それすらも届いていないんだとよくわかった。


「あっそ。ならまた電話してよ。この喫茶店で待ってるから」

「アドバイス……ありがとうございます」


 ぐっと言葉を飲み込み、怒りに蓋をして喫茶店を後にした。

 




 

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