第20話:追放姉妹は野望を語る
決闘後、ナーガスは熊さんブリーフを露出したまま、担架で病院に運ばれていった。
ただの気絶だろうと言われていたが、念のためにレミさんが治癒の魔術をかけていたので大事ないだろう。
観衆は見世物が終わったと、それぞれ祭りの屋台へと戻っていった。一部の女性陣は運ばれるナーガスの後を追っている。熱心なファンだな。
俺は緊張の糸が切れたようで、急に足がガクガクト震えだし、その場にへたり込んでしまった。そして、ナーガスの攻撃を受け止め続けた両腕の痛みをはっきりと認識して、その場で動けなくなった。腕はうっ血して晴れているようだ。
そんな俺を村長がレミさんの家まで運んでくれて、俺はリビングのソファに座るとそのまま寝てしまった。
目が覚めて両腕を見ると、包帯がグルグル巻き。
近くに人の気配がして見上げると、心配そうに俺を見つめるソラちゃんと大量の屋台料理を抱えたレミさんがいた。
「ポチさん、気分はいかがですか?」
「……両手の痛み以外は大丈夫みたいです」
視界に入っている窓の外は、すでに暗くなっている。
数時間は寝ていたようだ。
「そろそろ夕飯の時間だけど、食べられるかい?」
レミさんが抱えた料理の包みを軽く持ち上げる。
漂うスパイシーな香りに、俺は空腹なことに気が付いた。
ここ数日、決闘のプレッシャーでまともにご飯を食べられなかったから。
「お腹ぺこぺこです」
「そうか。ポチ君の健闘を称えて、今日は祝杯だ!」
俺がテーブルにつくと、そこには屋台で売られていた数々の料理が並んでいた。
そのほとんどは俺の勝利を祝して屋台の店主たちが無料でくれた物らしい。
焼いた大ぶりの肉につややかなソースがかかったものや、野菜がたっぷり入ったスープ、たぶんチーズだと思われる白い物体など、きちんと皿に移し替えられていた。
「では、ポチ君の勝利を祝って、かんぱーい!」
「かんぱい!」
レミさんが高々とワインの入ったグラスをかかげる。
それに倣うように、ソラちゃんもジュースの入ったグラスをあげた。
「……あの、レミさん?」
「なんだい?」
「俺、両手が包帯グルグル巻きでグラスもフォークも掴めないんですけど」
「ストローつけてあるから、グラスを置いたままでも飲めるよ」
「食べ物はどうすれば?」
「もうー甘えん坊か、君は。しょうがないなぁ」
レミさんが手近にあるチーズをぶっきらぼうにフォークで刺すと俺に向けてくる。
「なにしてるんですか?」
「綺麗なお姉さんが『あーん』ってしてあげるんだよ。ほら、口あけて」
美人に「あーん」ってしてもらうなんて、これまでの人生で一度もなかった。
そもそも「あーん」なんて、記憶にはないが幼い頃に母親くらいにしかされたことないはずだ。
両手がこんな状態だから仕方ないことだとはいえ、これはかなり恥ずかしい。
目の前で料理を取り分けているソラちゃんの視線も気になる。
「気持ち悪い」って思われたら、ソラちゃんが口をきいてくれなくなるかも。
「お姉ちゃん、いきなりそれは……」
ほら、やっぱり!
ソラちゃんに通報される!
「まずは野菜からですよ。はい、ポチさん。サラダをどうぞ」
ソラちゃんはトマトのような赤い実をフォークで刺すと、テーブルに身を乗り出して俺に食べさせようとする。
なんだこの状況は!
両手に花! 我が世の春! モテ期到来!
我が人生に一片の悔いなし!
と思ったのも、つかの間。
「あ、私、これ苦手だからポチ君食べなよ」とレミさんは次々と俺の口に美味しくないものを入れていき、ソラちゃんは「栄養があるので」と生野菜ばかり差し出してくる。
美女たちの「あーん」も味も楽しむことなく、俺は必死に咀嚼するだけだった。
……もっと、ラブコメ展開みたいなことさせてほしいのに。
「あの、もうお腹いっぱいです」
「そう? ソラ、もういいって」
「ポチさん、お粗末様でした」
「……はい」
お腹いっぱいになり、ストローでワインを飲む。
レミさんはチーズをつまみにワインを飲み始めた。
ソラちゃんはデザートのケーキを満面の笑みで食べている。
「それにしても、ポチ君は本当によくやったよ。いきなり異世界に召喚されて、戦闘経験なんてほとんどないのに、『聖異物』を使って熟練の剣士を倒しちゃうんだからね」
「……いきなり召喚したのはレミさんですけど」
「あはは。そうだったね。最初にポチ君が出てきたときは、『ひょろっとしたオジサンが出てきちゃった』とがっかりしたけど、まさかこんなに結果になるなんてね」
「こっちも想定外ですよ。怨霊退治しないと死ぬと言われて、決闘までさせられるなんて」
「でも、決闘も勝てたし、これで怨霊退治に行けるよ」
レミさんが何杯目かわからないワインを飲みほして、満足げに笑う。
「あの、ずっと気になってたんですけど」
俺たちの一連の会話を聞いていたソラちゃんが切り出した。
「別に村の要請で行かなくても、勝手に怨霊退治しても問題なかったと思うんですけど。あと、ナーガスさんと協力しても問題なかったかと……」
「……確かに」
ソラちゃんの指摘に、レミさんが頷く。
ちょっと間をおいて、グラスにワインを注ぎ、ひと口飲む。
「ま、いいじゃん! 結果として怨霊退治できるんだから」
「えー」
「いきなり怨霊退治するよりも、決闘で実戦経験できたんだよ。『聖異物』の使い方だって決闘がなければうまく使えなかったかもしれないじゃん!」
「……なんの準備もしないで怨霊退治に行くつもりだったんですか?」
「そのときはそのときでどうにかする予定だったよ……たぶん」
本当にこの人は無計画というか、行き当たりばったりというか。
発言を聞いていると、落胆してしまう。
「そもそも、なんでふたりはそこまで怨霊退治にこだわってるんですか?」
ふと沸いた疑問を口にすると、レミさんとソラちゃんが視線を交わした。
そして、レミさんが俺を見つめる。
美人の見つめられるのは慣れないので、無駄に緊張してしまう。
「……ポチ君。それ、今さら聞くこと? もっと前に聞くことじゃない?」
「ずっと疑問でしたけど、いきなり決闘って言われたり、JUピー!が魔術書になったり。直近の問題を対処するのに精いっぱいで、基本的なことを聞くタイミングがなかったんです」
「まあ、確かにね」
「お姉ちゃん。ポチさんにきちんと説明した方がいいと思いますよ。ここまで私たちのために頑張ってくれているんですから」
「……そう、だね」
レミさんはグラスをテーブルに置くと、いつにない真剣な表情で俺を見た。
「では、基本的な説明からしようか。私たちは自分たちの住む次元を『ヨタ』、ポチ君の住む次元を『ツネ』と呼んでいる。ここは『ヨタ』で一番大きな大陸を統治するムズーリ聖王国、その西の辺境にあるロロリア村だよ」
召喚されたときにまず説明されるようなことを今さらながら聞く。
知らない地名を耳にして、改めてここが異世界なのだと実感した。
魔術を使っておいてなんだけど、レミさんたちの姿や外の様子を見ていると、ここは現実世界のどこかで、ただ魔術が使える状況になっていると言われても違和感がなかった。
「それで、ふたりが怨霊退治にこだわる理由は?」
「私とソラが成り上がるためだよ」
「成り上がる?」
「そう。私たちの一族は代々国に仕える宮廷魔術師なんだ。でも、私は魔力がないし、ソラは術式がうまく構成できない。つまり、一族のお荷物ってわけ。両親はそんな私たちを持て余して、ロロリア村に住む遠縁の魔術師に修行という名目で預けたわけだ」
何か言いたそうなソラちゃんに、レミさんがふっと苦笑して返す。
「遠縁の魔術師……師匠は、ひとりでは未熟な私たちもニコイチだったら優秀な魔術師になれると、いろいろと修行をつけてくれてね。修行の最終段階として、怨霊退治を課題にしたんだよ。これがうまくできたら、師匠の推薦で国家魔術師の資格がもらえるんだ。そして、そこから実績を積めば、さらに上にいけるっていうわけ」
「つまり、最終的に宮廷魔術師になって一族を見返したいと?」
「んーそこまでは考えてないかな、今のところ。だって、嫌いな一族の顔を見ながら仕事するなんてストレスでしかないじゃん。とりあえずは国家魔術師になってお金を儲けて、悠々自適なスローライフを送るっていうのが目標かな」
結構ヘビーな話のはずなのにレミさんがあっけらかんと言うので、そこまで重く聞こえない。
今も新しいワインの栓を開けているところだ。
この人のこういう性格は、この境遇ではある意味で救いになっているのかもしれない。
「その師匠…さんってどこにいるんですか? 俺がここに来て数日経ちますが、一度も見てないんですけど?」
「師匠? あの人は気まぐれだからね。ふらっと出かけるとなかなか帰ってこないよ」
「師匠は優秀な国家魔術師なので、国の要請で各地に出かけることが多いんです」
「へえ。すごい人なんですね」
「師匠のことは追々話すとして、私とソラの素晴らしいスローライフのために、ポチ君には頑張って怨霊退治をしてもらうよ!」
「はぁ、はい」
「なんだいその気のない返事は。一族に追放された可愛そうな姉妹を、君は助けたいとは思わないのかい?」
「よよよ」と大げさな芝居がかった泣き真似をするレミさん。
断っても、例の契約で俺は死ぬだけだ。
選択肢なんてあってないようなものだ。
「……わかりました。協力はします。ただ、成功したら、命以外にも俺になんらかの利益をください」
「なに! 私の体が目当てってこと!?」
「違います!」
「じゃあ、ソラの体!?」
何を言い出すのか、この人は。
ちょっとソラちゃん、警戒しないで!
「もっと違います!」
「国家魔術師になれたらお金も手に入るから、なにかお礼はさせてもらうよ」
レミさんは満足げにワインを飲みほした。
俺は追放された姉妹の幸せため、次は怨霊と戦うことになった。
かなり不安ではあるが、JUピー!があればどうにかなるだろう。
そう自分を納得させ、ストローでワインを吸い込んだ。
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