第8話:パニックコメディ『変換ハニートラップ』

 レミさんの指さしたのは『変換ハニートラップ』のコマだった。


『変換ハニートラップ』。

 JUピー!で男子学生に人気のある、思わせぶりなシーン満載のパニックコメディだ。

 主人公は秘境探検家の父をもつ高校生・堺浩太。

 父が持ち帰った新種のキノコを間違えて食べてしまったことで、周りの男性の姿や言動が浩太の認識では女性のそれに変換されるようになってしまう。

 共学の学校に通っているのだが、彼にとっては女子高に唯一の男子状態。

 まさにハーレム!

 男友達の距離感の近いやり取りや無防備な行動にドキドキして苦悩する日々を送ることに……。片思い中のクラスメイト・間中里美との恋の行方はどうなるのか!?

 ちなみに読者から神回と言われているのは「ヌーディスト水泳」のエピソード。

 海パン姿の女子たち(本当は男子たち)がプールではしゃぐ見開きは、通勤電車で読むのがはばかられるほどエロく、単行本ではさらに過激に加筆されているそうだ。


「これだったら、安全に再現できそうじゃん」


 レミさんが指さしたコマは、教室にいる浩太が机の上にあった牛乳瓶に肘をぶつけて倒してしまうシーン。

 浩太の吹き出しには『やべっ』というセリフが書かれている。

 ちなみに次のコマは倒れた瓶からこぼれた牛乳が、たまたま机の横でタンクトップを着てスクワットをしていた友人・轟の胸にぶちまかれるシーンになっている。

 確かにこれなら失敗して魔術が暴発しても被害は少なそうだ。


「では、準備しますね」


 ソラちゃんが空の瓶をテーブルンに置く。

 コマのシーンを再現するためには瓶が必要だからだ。そして、JUピー!に先ほどの眼鏡と同様に魔力を充填していく。

 そうか。魔力を入れておかないと使えないのか。

 レミさんは説明では特に言われなかったけど。……レミさんの説明は結構おおざっぱだからな。


「はい、ポチさん。魔力の充填ができましたよ」


 ソラちゃんがそう言って、俺にJUピー!を手渡した。

 魔力を充填されたと言われても、外見の変化は全くない……たぶん。

 俺は間違い探しの類の微妙な変化を見つけるのはあまり得意じゃない。なので、パッと見た印象では何も変化を見つからなかった。


「じゃあ、さっき説明したように魔術を使ってみよう!」

「わかりました。やってみます」


 俺はレミさんに言われたように、JUピー!を手前に放ってみた。

 普通なら床に落下するはずなのに、俺の手前でJUピー!はゆらゆらと浮いている。

 本当に聖異物というものになったんだな、俺のJUピー!……。


「えーと……開帳! 388ページ!」


 レミさんに言われた通りにページ指定の命令をする。

 JUピー!は俺の言葉に反応するように、パラパラとすごい速さでページをめくられていく。

 そして、該当の388ページにたどり着くとぴたり止まった。


「次は……拡大解釈率ですよね?」

「うん。ここはそのまま再現して良いから『中』で良いよ」

「わかりました。拡大解釈率、中!」


 JUピー!の388ページが鈍く光る。

 コマの内容の再現っていうのはすごいことだが、個人的には漫画のキャラクターの召喚とか、キャラクターに変身できる方を期待していたので少々残念ではあった。


「じゃあ、呪文を唱えてみて」

「わかりました。えーと。呪文ってこの吹き出しの文字でいいんですよね?」

「……たぶん」

「たぶんって……」

「私の眼鏡による分析には、『書かれた文字を呪文として唱える』って出ただけだからね。そもそも私は漫画っていうものをよくわかってないからさ。とにかく唱えてみなよ。このページの内容だったら、ひどい失敗にはならないだろうからさ」

「わかりました。じゃあ唱えてみます。……『やべっ』」


 ……何も起こらない。

 テーブルの上の瓶はそのままだ。


「……何も起きませんよ?」

「何も起きないね」

「起きないですね」


 3人でテーブルの瓶を凝視する。

 しばし様子を伺ってみたが、特に変化はなかった。


「呪文が違うのかも。ここの文字を唱えてみてよ」

「え、ここは絶対に違うと思いますよ」

「いいから。物は試しじゃん」

「わかりました。……『大木戸ゆうや先生にぜひ応援のお便りを!』」


 これは絶対に違う。コマの余白に書かれたそもそも漫画の内容に関係ない編集部の定型文だ。 

 漫画に詳しくなく、日本語が読めないレミさんだから仕方がないけど。

 案の定、何も起こらなかった。テーブルの瓶はそのままだ。


「他に文字はないよね。他のページで試してみよっか?」


 確かにこのコマに書かれた印刷の文字は吹き出しの『やべっ』しかない。

 だけど、よく見ると他にも文字があった。

 もしかしたら、これかもしれない。


「これ以外にも文字はあるんですけど、ちょっと試してみていいですか?」


 俺は浅く息を吸うと、このコマに書かれていて、唱えていなかった最後の文字を呪文として唱える。


ガッ


 俺の言葉に合わせて、テーブルの上の瓶が倒れた。

 俺の予想はあたったようだ。


「すごいよ、ポチ君! なんで成功できたんだい?」

「これです」


 俺が指さしたのは、コマに書かれた手書きの擬音。

 浩太の肘と牛乳瓶の間に「ガッ」という衝突を表現する文字が書かれている。


「これも文字なんだ。私はポチ君の世界の文字を知らないから、ただの模様かと思ったよ」

「そうか。聖異物になっても、JUピー!の文字はこの世界の文字に変換されなかったから、レミさんとソラちゃんには文字だってわからなかったんですね」

「よし! これで魔術書の使い方はわかったね。じゃあいろいろと試してみようか」


 それから俺は、レミさんに言われるままにJUピー!のいくつかのページの擬音を使って、いくつか魔術を発動させてみた。

 だいぶスムーズに発動できるようになったところで、レミさんが「そろそろ実戦で使ってみよう」と言い出し、翌日、森で火熊と呼ばれるモンスター相手に実戦させられた。

 

 そして、決闘の日を迎えた。

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