第15話 夜と凪沙➁

 今から、7年前――。


 私と凪沙は家が隣の幼馴染で学校でもそれ以外でもいつも一緒にいた仲だった。凪沙は私がいないと何もできない女の子で、困るとすぐに泣きだしてしまうほどに繊細でとても内向的な性格だった。


「凪沙! 見てこれ」

「なにこれ……?」

「お父さんから借りてきたの! 映画!」

「やだ……恐いよ」

「ダメダメ! これ見れば凪沙も勇気がみなぎってくるから!」


 凪沙の両親はお医者さんで家に帰ってくるのは毎日夜遅く、私はそんな凪沙のお姉ちゃん代わりだった。私が居ない時でも明るく強くなってほしいという願いからきたのか、よく刺激の強いアクション映画やバトル漫画を凪沙に勧めていた。


「みのしろきんって何?」

「このお母さんの子どもが悪い奴らに誘拐されたでしょ? それで返してほしければお金を出せ! って意味だよ」

「……そうなんだ」


 その日の夕方に2人で観たミステリー映画は身代金を要求してきた犯人をアクション熱血探偵が頑張って逮捕するという内容だったのだが、最後は人質が助からないというバットエンドで終わってしまう、小学生だった私たちには刺激の強すぎる作品であった。

 

「……うぅっ……」

「凪沙? 泣いてるの?」

「……夜ちゃんのバカ!! もう知らない!!」

「ちょっと待ってよ! 凪沙!」

「こんなの見てまで強くなりたくない! 一生弱くていい!」

「どこ行くんだよ!」


 

 

 外に出ていってしまった凪沙は日が暮れそうになっても戻ってくることは無かった。

 追いもせずに家で待っていたのは、無意識に凪沙はどうせ私がいないとどこへも行けないと思っていたからだ。

 さすがに心配になって近くのスーパーや学校、公園を探し歩いたが凪沙の姿はどこにもなかった。


「凪沙……ぁ」


 公園の水溜りの泣きそうになっていた自分を見て、1人じゃ何もできなかった弱い奴は凪沙なんかじゃなくて、守屋夜自分自身だったのだと気づいた。


 目をこすりながら凪沙の家を通るとその日は珍しく両親の2台の車が駐車してあった。

 私と入れ違いになって既に凪沙は家に帰っていたのかと思い、玄関の呼び出しベルを鳴らした。



 玄関が開くと同時に凪沙の父親に頬を叩かれ、母親からは悲しみ交じりの罵声を浴びせられた。


「あんたのせいで凪沙は誘拐されたのよ!!」

「どういう……こと、ですか?」

「犯人から電話がかかってきた。娘を返してほしければ大金を持って安土公園第二駐車場に来いとな。君に凪沙を任せていた私が悪かったよ、本当に」

「……すみません。私が必ず助けます!」

「ちょっと、待つんだ! どこに行くつもりだ!」

「……助けに行きばすっ!」

「犯人は拳銃らしきものを持ってるんだぞ! 警察が来るまで待ちなさい……!」


 私はがむしゃらに走った。

 口の中が血の味がしても顔が鼻水と涙だらけになっても……私の頭の中は凪沙を助けることでいっぱいだった。


 しばらく走って目的の場所に着くと、黒のワゴン車の助手席に縛られて寝ていた凪沙が見えた。私は周りの怖そうな大人が拳銃を持っていたことなんて気づかずに全力で真っ直ぐ凪沙のところに向かっていった。


「凪沙を返せ!!」


「何だァ? このガキ」

「おい、気絶させて遠くに捨ててこい……」

「へ~い」



 …………。



「何なんだ……こいつ、ボコボコにしてやったのに全然倒れねえぜ」

「ハァ……ぁ、なぎ……さ」


「おい、何そんな奴に時間かけてやがるてめぇ……」

「すみませんアニキ……。って、え!? そ、そんなの使ったらヤバいっすよ! 何も殺さなくてもっ!」

「うるせぇ黙ってろ! てめぇがちんたらやってるからだろうが、」


 映画やドラマで見た拳銃。ホンモノの拳銃。

 

「私は……今日、ここで引いたら、何かさ……全部無くなっちゃうような気がしたんだよ。本当は私の方が……1人ぼっちで寂しくてさ、本当は私の方が……弱くてさ、凪沙の両親との約束も守れなくてさ……」


「あ? 何言ってんだ?」


「だから……大切な友達1人くらいどんなことがあっても護れるんだって今ここで証明してやるんだよ! もう凪沙に強くなれなんて言わない。私が凪沙の分まで強くなるからさ……」


「じゃあ、死ね……!」







「それで胸を撃たれた!?」


 さっきの痕はその時のか……。


「そう。それですぐ警察が来てくれてさ、凪沙は助かったの。私は結構ヤバかったけどね……はは」

「そりゃそうだろ! ……なんでそんなに危ないことを」

「言ったでしょ……凪沙を護りたかったってのと、私の生き方っていうか信念がこの先ずっと曲っちゃうんじゃないかなって思ってね。ま、こうやって生きてるから問題な~し! ブイ!」


 剣持さんはずっと後ろを向いたままだ。察しの悪い俺でも彼女の表情を想像することができる。


「そうか……これからはあんま心配かけるなよ?」

「は~い」


 守屋夜は自分の命を失うことよりも何か言葉では言い表せない大切なものを失うことを恐れたんだ。大切な人……か。それは剣持さんも同じというわけで……。


「なるほど、それで剣持さんは剣道を始めたのか」

「そうだ。今度は私が護るためにな」


 夜はイヤそうな顔を何故か俺に向けて、剣道を辞めさせるように説得してくれと目で訴えてきた。


「私は辞めないよ、夜。それと、要らない心配はするな。これは返す」

「え゛?」


 ファッション誌やら恋愛占い誌やら結婚に求める条件三選と大きく表紙に書かれた雑誌やらが大量に道場の隅から出てきた。


「バレてるから。全部」

「いやぁ……今度は凪沙に女の子っぽくなって欲しいかなぁ~なんちゃって……はは」

「俺にできることがあったら協力するよ。ほら、ファッションとかよくわかんないけど……今度、」

「今度3人で! ね? それなら凪沙もいいでしょ?」

「あ、うん……」

「あ、そうそう! 私のことは夜で、凪沙のことは凪沙って呼んで! それと彼方くんも協力してね」



 何か、大切なものを知れた気がした――。


 過去の出来事は何があっても変えられない。けれども人の気持ちは変えられる。俺や彼女たちのように。

 

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