第18話 慎の苦悩

 留置所に入れられて何日経ったか。

 ここには時計もなければカレンダーもない、今の時代にテレビもない。携帯だってもちろん電波が届かない。

 だからここは普通の留置所じゃないんだと思う。

 探索者専用の留置所。一体いつまで俺はこんな場所で過ごさなきゃならないんだ?


 日が経つにつれ、自分の犯してしまった罪の重さが両肩にのしかかる。

 なんで、ナンデ、何で。

 もっと自分は上手く立ち回れたはずだ。

 どうして引率の俺が、逃げ帰るだなんて無様な真似を?


 正直プレッシャーに押されていたのが原因だと思う。


 俺を雇ってくれた会社の社長は言っていた。

 若い力を伸ばすために力を貸す、と。

 俺の他にはテレビで活躍してるアイドルや俳優だって居た。


 皆が皆、ゲームの延長線でダンジョンに潜った。

 会社の方針で、自分の能力以上のモンスターと戦うのは禁止とされている。

 自分のランクよりも一つ下くらいが一番ちょうど良い。

 ただしやり過ぎるな。上手く魅せるのもダンジョンタレントの腕の見せどころだ、と口が酸っぱくなるほど言われたな。


 多分、俺は人生が上手くいきすぎて驕っていたんだろうと思う。

 自分一人だけでなら上手くやれる場所に、他人を連れてきた。

 もしあの場所にもう一人自分がいたら上手くやれたんじゃないのか?


 いや、違うな。俺の心は濁りきっていた。

 頼忠に嫉妬し、亡き者にしようと計画した。

 そして選別した女の子は、俺に同調してくれるヨイショ組二名。

 もう一人は敢えて中立の子を混ぜた。

 頼忠に淡い希望を持たせるためだ。


 それはどんどんと思い描いた通りになる。

 そこまでは良かった。

 けど、女子達がたかがレベル5で天狗になるのは予想外だった。


 Eランクダンジョンの推奨レベルは10

 俺は25あるが、レベルが離れすぎてると、経験値がうまく入らないシステムがある。

 基本的に経験値はモンスターと向き合い、恐怖に打ち勝つことから始まる。

 動きを見切り、隙をついて討伐。

 トータルで与えたダメージが経験値に換算されるのだ。

 

 自分一人で倒せば総取りできる。

 しかし経験値の分配時に一番恩恵がでかいのは与ダメージMVPだ。

 次いで被ダメージMVP。ラストアタッカーなんて微々たるもの。

 アイテムの所有権が手に入るくらいだ。


 それがEランクダンジョンなら尚更ゴミもいいところ。

 ゴミをもらって一喜一憂する彼女達が滑稽で、内心嘲笑っていた俺は心の底からのクズ野郎だった。



「E-65、面会だ」


「俺に会いにくるやつなんて居るのか?」


「お前の母君だ。面会室は録画されている。滅多な気を起こすんじゃないぞ?」



 チッ、開口一番嫌味かよ。嫌な奴だ。

 俺は片腕を強く引っ張られながら見たこともない景色の通路を歩み、面会室へと入った。

 防弾ガラスの向こう側にはいつもより枯れた母さんが座っていた。


 ああ、ああああ! 

 何で俺は思い至らなかったんだ。

 俺がミスを犯せばその皺寄せが全部母さんに行くって。

 席に着くなり、俺は自分のミスに気が動転した。


 母さんは最後に見た日より10歳以上は枯れていた。

 いや、疲れ切っていたんだと思う。

 俺が罪を犯したから。本当だったら親子の縁すら切られていたっておかしくないのに、それでも母親として来てくれた。


 俺は、そんな偉大な人を裏切ったんだ。



「母さん。会いにきてくれてありがとう!」


「慎、なかなか来てあげられなくてごめんなさい」


「その、仕事だって忙しいんでしょ? しょうがないよ」


「仕事は辞めたわ」


「え?」



 どういう事だよ、仕事を辞めたら食べていけないじゃないか!



「記者がね、慎の事情を聞きに押しかけてくるの。一体どんな教育をしたらあんな子供に育つんだって。お母さん軽いノイローゼにかかってしまったわ。会社はね、ご迷惑をかけてはいけないと自主退社したの。慎が家に入れてくれたお金でも食べていけるから、もうこれ以上頑張るのはやめようと思ったのよ」


「あ、ごめん。俺のせいで」


「いえ、こればかりは慎だけの所為ではないわ。母さんもね、愛する夫を亡くして気が動転していたの。ちょうどその時現れた【聖女】の称号を持つ方が、日本に来日してくださった。蘇生できるかもしれないという情報に、母さんは藁にも縋る思いだったわ。その情報を集めるために、お仕事を何件も掛け持ちしたし飯狗さんご一家にも迷惑をかけた。きっとまだ気持ちが若かったのね、母親としての気概が足りてなかった。一人じゃ何もできない慎を置いて、私は無駄だと知りつつお父さんの復活を願ってしまったの。ごめんなさいね、慎。私は貴方にとって良い母親ではなかったわ」


「え、お父さん? 俺の?」



 どういう事だ?

 俺の父親は飯狗のおじさんだったんじゃないのか?



「そうよ、それがどうしたの?」


「飯狗のおじさんは?」


「あの方は、お父さんと過去に一度だけパーティーを組んでダンジョンにアタックしたことのある人でね、その時世話になったからと私のお父さんの蘇生計画に手を貸してくれたの。女手一つじゃ大変だろうと、慎の面倒まで見てくれて。頼忠君だって、見ず知らずの貴方に手を差し伸べてくれたでしょ? 本来あの子は引っ込み思案であまり明るい子ではなかったらしいのよ」



 そんな、嘘だ!

 でも、もしそれが本当だったら?

 俺は頼忠にとんでもない勘違いをしてしまった事になる。

 あいつの距離感がおかしいのは、俺に無理やり合わせてくれただけ?


 そう考えればいくつか辻褄が合う。

 そして飯狗のおばさんの「いっぱい食べないと大きくなれないわよ」という声は、頼忠と比べてのことではない。


 母さんが父さんの蘇生に傾倒してるのをみて、俺に多めにご飯やおかずを盛ってくれてたんだ。


 全て善意でのことだったのに、俺って奴は!

 何でそんな勘違いをしてしまったんだ。

 謝ろう、今すぐに頼忠に会って謝りたい。

 俺が間違ってたって、だからまた友達としてやっていこうって!


 ……でも肝心の頼忠は、俺がダンジョンに置いてきてしまった。

 【+1】は雑魚中の雑魚。

 それを知ってて連れて行った。

 孤立させれば死ぬって分かってて!

 俺は、自分の手で懺悔の機会すら奪ってしまったんだ!



「慎、貴方もここでいっぱい悔やんだと思うわ。でもね、娘さんを亡くしたご家族はそれ以上に連れて行った貴方を憎んでいる。当然その憎しみの矛先は私の元にも届いてる。謝れば済む問題ではなくなっているのよ? もし許しを得たいのなら、次のダンジョンアタックに貴方も参加なさい、慎。それが娘さんを亡くしたご家族の溜飲を下げることの出来る唯一の方法らしいの」



 待って欲しい、今母さんはなんて言った?

 ダンジョンアタック。そう言ったよな?

 一般家庭の主婦が、ダンジョンを語る。

 それは一体誰からの指示だ?



「難易度は?」


「ランクBだそうよ?」


「死んじゃうよ!」



 母さんはダンジョンのなんたるかを知らないからそんなことが言えるんだ。ダンジョンの恐ろしさは、ランクが一つ上がるたびにモブモンスターからのプレッシャーが上がる。

 俺が逃げ出したレッドキャップはCだった。


 たった一つ上がっただけで勝てないと思わされる。

 そんな場所より更に上。それは死ねと言ってるのと変わりなかった。俺は顔面蒼白になる。



「そうね、死ぬかもしれない。ご遺族は貴方に死んで欲しいのかもしれないわ。うちの愛娘を亡き者にした慎を、同じダンジョンで殺してやる! そんな気迫が見てとれたわ」


「母さんは、俺にそこに潜るべきだと思うの?」



 俺はせっかく助かった命を再び棒に振れという母親の顔を伺う。



「潜らないと貴方は死刑になるそうよ? でも潜って目的を達成したら聖女様はお二人を蘇生してくださるそうなの。こんな機会は滅多にない事なのよ、慎」


「えっ、死刑? 何のことだよ母さん」



 ……俺はここで3ヶ月我慢すれば釈放されるんじゃなかったのか?



「貴方ね、頼忠君のステータスが低いにも関わらず連れて行ったでしょ? 他の子達も、Eランクダンジョンでやっていける目が薄い子を選んで連れてった。世間では計画的で極めて悪質であると沙汰が下りたのよ。貴方はそのダンジョンに潜ることでしか生きる選択肢が得られないの。母さんは慎ならやってくれるって信じているわ」


「そんなの無理だよ!」



 俺は叫んだ。叫ぶことしかできなかった。

 だって、それは死ねというのと同じ意味だから。

 会社の社長も言っていた。

 決して格上と戦うなと。タレント生命の喪失もあるが、下手すれば死に直結する。そういう意味合いが強かった。

 否定をする俺に、母さんは優しく問いかけてくる。



「ねぇ、慎?」


「なぁに母さん」


「貴方は何度も無理だ無理だというけれど、一般のお子さんを死んでもおかしくない場所に連れて行ったのは他でもない貴方なのよ?」


「あ……」


「頼忠君はタダでさえモンスターを倒せないステータスだわ。Fランクダンジョンですら生きて帰って来れるかも怪しい。そんな子を、無理やりEランクダンジョンに連れてった貴方に拒否権があると思うの?」


「頼忠は死んだの? だから飯狗のおじさん達は怒ってる? それで俺にBランクダンジョンに行けって言うの?」



 俺は今まで聞けずじまいだった事を聞いた。

 母さんは首を横に振った。



「生きてるわよ。貴方が無理だと言って逃げ出した場所を踏破して帰ってきたわ」


「えっ?」



 理解が追いつかない。だって【+1】だぞ?

 もう一人だって【洗浄】だ。どうして生きてる?

 そもそも踏破って何だ?

 あの場所はボスの前で合流するはず、引き返せば良かっただけではないのか?



「その様子じゃ知らないようね。貴方の連れてったダンジョン、最終的にランクをBまで上げてるの。内部構造も変わったらしいわ。もうあなたの知ってるダンジョンとは変わってしまったらしいの。そんな場所をね、死ぬかもしれないステータスと装備で生き抜いたのよ頼忠君は。もう一人の要石カガリさんを生かした状態でね? 世間ではどんなトリックを使ったんだと騒がれているけどね、母さんは分かるわ。頼忠君は誰よりも諦めが悪かったの。あの子にもお父さんと同じ探索者の血が受け継がれているのね。だというのに貴方ときたら! 相手が格上だから怖くて戦えない? それを天国のお父さんが聞いたらきっと悲しむわよ! 私だって悲しいわ。慎、母さんをこれ以上失望させないでちょうだい……」



 俺は母さんの気迫に飲まれてしまった。

 最初優しかった口調が途端に責めるようになり、そして最後に見せた気迫は上位探索者のプレッシャーにも勝るとも劣らないものだった。



「頼忠は生きてるの……?」


「そうよ、生きて帰ってきた。【洗浄】の要石カガリさんがライフコアを綺麗な状態で持ち帰ったおかげで死んだ二人の復活の目処が立ったの。本当ならこれは奇跡と言っていいほどの確率なのよ? 普通ダンジョンに食われた人間は、宝箱から低確率で遺品がドロップするのだけれど……」


「頼忠が全部引いてきた?」


「凄いわよね? お父さんのライフコアはいまだに見つからずじまいなのに、あの子はそれを全て引いて持ち帰ったの。貴方に謝罪のチャンスをくれたのよ、慎」



 俺は、そんな凄い相手に勘違いを起こした挙句、亡き者にしようとしてたのか。

 バカじゃないのか? 

 今更ながらにそう思う。



「分かった。俺、潜るよ。死に物狂いで目標を達成してみせる。ところで目標って何なの?」


「これは結構な貴重品らしいのだけど、“金の鍵”というアイテムよ。慎は聞いたことある? それを一人につき一本持って帰ればいいらしいのだけど」



 は?

 はぁあああああああああああああああああああああああ?

 嘘だろ、よりによって金の鍵かよ!

 足元見やがってぇえええええええええええええええええ!

 探索者にとってそれがどれほどのお宝か知ってて要求してきてるのか?

 たかが一般人の蘇生にそんなもん要求すんなよ!!!

 銀の鍵でいいだろ! あいつら程度!

 何でユニーク確定の金の鍵!?

 頭沸いてんのかよ!



「どうしたの、慎? 表情がすぐれないようだけど」


「ごめん、母さん。脳が理解を拒んでて。その金の鍵を持って帰ることが条件なの?」


「そうよ、頼忠君もついていくみたいだから、貴方も頑張るのよ?」


「そっか、頼忠も来てくれるんなら何とかなるかもしれないね」


「言っておくけど、頼忠君のスキルに頼り切るのはダメよ?」


「え?」



 何言ってるんだよ母さん。

 タダでさえ獲得条件が深層ボスのオーバーキルなんだよ?

 ここでこそ頼忠の【+1】が光るところだろ?

 何でそれを使っちゃダメって言うんだよ!



「頼忠君が一本引くから、もう一本は貴方が引くこと。これが娘さんを亡くしたご遺族の総意よ。二本引けと言われなくてよかったわね? ご家族も時間を無駄に経過させて復活できないのでは本末転倒として頼忠君に縋ったの。何せあの子、ライフコアを持ち帰った後、金の鍵をご遺族に無償提供してるのよ。それを売った金額で蘇生してもらってくださいって。それは1億で売れたそうよ。でもタイミングが悪かったのか、聖女様が求められたのは金の鍵の方。お金なんかで解決させてくれなかったの。そして一億で買った落札者はとっくに自分のために使ってしまったそうなの。やるせないわよね、全く」



 そりゃそうだよ、それが普通だよ。

 何で一般人の蘇生に金の鍵なんて求めるんだよ。

 ぼったくりもいいところだろ!



「慎、くれぐれもこれ以上世間様に迷惑はかけないでちょうだいね? 母さんは信じてるけど、世間の目は特にあなたに厳しいわ。そうだ、ちょうどその時のダンジョンアタックはメディアに広く公開されるらしいのよ! 母さんにかっこいい慎を見せて頂戴ね? お家で応援してるわ」


「はい?」


「面会時間終了だ。いくぞ、E-65」


「ちょっと待って! 電子機器の使えないダンジョン内でどうやってメディア公開を!?」


「ノーコメントだ。お前に知る権利はない。期日まで大人しくしてるんだな!」



 そうやって、俺はまた殺風景な個室へと閉じ込められた。

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