叶わぬ願い
染井雪乃
ぬばたまの
「ぬばたまの……」
目の前の男が振り返って、「博識なことで」と無表情に水無月を褒めた。
銀世界のなかのブルーサファイアのごとき水無月とは真逆に、艶のある黒髪を伸ばし、闇そのものの瞳をした男は、水無月にソファを示した。
特に反抗することもなく、すんなりと座った水無月に少々の驚きを見せ、男は名乗った。
「
「水無月
まじまじと水無月を眺め、紫月は首を傾げた。
「聞いた話じゃ随分危険な少年だってことだったが、そんな気はしないな。おまえ、いや、はるかちゃんさあ、
唐突に「はるかちゃん」などと呼ばれたことに戸惑いを見せ、水無月は事実を肯定する。
直ちゃん。水無月を保護し、監視する存在、
水無月が嫌悪し、恐怖する存在だ。
「それは、そうなんですけど」
「捕縛のときに何かあった感じか。まあ、能力に慣れてない時期にあれは、それなりにきついんだよな」
紫月は一人納得し、立ち上がってコーヒーと紅茶を用意し始めた。
「はるかちゃん、紅茶派だって聞いたから、紅茶にしとくな」
そもそも飲むか否かを聞かないあたり、紫月も相当に自分のペースで生きている。
アパートの一室のようだけれど、中からは鍵を開けられないこの部屋に一人閉じこめられていれば、気遣うべき他者もないのだから当然か。
少々失礼な納得をして、水無月は紫月の後ろ姿をぼんやり眺めていた。
紫月は、セーターにスラックス、その上にどういうわけか白衣を羽織って、長い黒髪を後ろで簡単に結っている。
髪を伸ばす意図が水無月には想像がつかなかった。首回りを髪が守ってくれることで防寒にはなるけれど、肩を覆い、腰まで届きそうなほど伸ばす意図は不明瞭だった。
「ほい、できたぞ」
「ありがとう、ございます」
淹れたての紅茶を受け取り、水無月は紫月を眺めていた。
「何だ、見惚れたか?」
「見惚れることもあるかもしれませんね。紫月さんは、綺麗だし」
「嘘つけ。おまえは人間をゴミか何かだと思っているだろう」
水無月の感想を、紫月は容赦なく切って捨てた。
「……綺麗だと思ったのは事実です。でも、そうですね。自分以外をどうとも思っていないのも事実、です」
水無月は紫月の指摘に動じることもなかった。
はあっと紫月はため息をついた。
「こりゃ、重症だな」
「何が、ですか?」
「……こっちの話」
水無月は紫月を見つめながら、紅茶を飲み、砂糖をいくつか入れていた。
ブルーサファイアの瞳が、温度のない視線を紫月に向けていた。
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