第97話 逃走(ベアス主観)

 イースの目が金色に変化し、まるで、俺の汚れた心を見透かすように見据えた。

 また、全身から紫色の光を放ち、その姿は、神々しく、畏怖の念さえ抱く。


 彼は、俺が知っているイースではなかった。その圧倒的な力は、見ただけで分かる。

 ビリビリとした、地響きのような振動が伝わり、威圧感が半端ない。


 次元が違う力の前に、俺は死を覚悟した。



 この場に居てはならないと直感し直ぐに逃げようとしたが、身体が金縛りにあったかのように動かない。

 全身から、汗が滴り落ちた。


 しかし、不思議な事に、イースは何も危害を加えない。俺に対する恨みが消えたのかと思ってしまう。


 彼は、産まれた赤子のように、不思議そうに、こちらを見据えている。

 俺も、そんなイースの事を、呆気にとられながら見返した。


 そんな時間がしばらく過ぎて、次第に身体の自由を取り戻した。


 逃げるのは、今しかないと思った。



「イース。 考えて見れば、おまえの言う通りだよ …。 俺は、このまま自分が行くべきところに向かう。 そこで、サイヤ王国のために働く。 ベルナ王国打倒という共通の目的を達成した暁には、分かり会える時が来ると信じている」


 話しかけても、イースは何の反応も示さない。

 彼が攻撃しない事を確認し、俺は逃げるように、この場を去った。


 網の目のような坑道ではあるが、道順を把握していた事もあり、翌日には鉱山の出口まで辿り着いた。


 出口には、警備の者が数名おり、俺を見て、深く敬礼した。

 そして、上役の者が俺に話しかけてきた。



「これは、ベアス大隊長。 お帰りですか?」



「ああ …」



「ところで、ビクトリア司令官の姿が見えませんが?」



「その事は言うな! これから駐屯地に直ぐに戻らねばならない」


 

「ハッ」


 警備の者は、再び敬礼した。



◇◇◇



 俺は、駐屯地には向かわず、森の中の奥深くに潜った。

 そして、背負っているリュックから1枚のカードを取り出した。

 これは、ビクトリア暗殺の指示を受けた時に渡されたカードである。

 そもそも、このカードが何かも分からず、事が成就したら、人が居ないところで右手の親指を当てるように言われている。


 言われた通りに、カードに親指を当てた。

 すると …。しばらくして、カードから女性の声が聞こえた。

 カードを覗いたが、その仕組みが分からず戸惑った。そして、魔法使いがやる事は理解できないと訝しんだ。



「おまえが、ベアスか?」



「ああ、俺がベアスだ。 ところで、あんたは誰だ?」



「単なる、道先案内人だ。 これ以上は言えない」



「パウエルの配下じゃ無いのか?」



「この私が配下だと? 笑わせるな! それより、ビクトリアはどうなった?」

 

 女性とは思えないドスの効いた低い声に変化した。かなりヤバイ奴のようだ。



「ビクトリアは、マサンの弟子のイースに斬り殺された。 斬られるところを見た」



「そうか …。 ところで、イースと連絡が取れないんだが、奴はどうなった?」



「こちら側に引き込もうとしたが拒否された。 その場で別れたから、その後の事は知らない …」


 俺は、イースの目の色の変化や、身体から紫色の光を放った事を伝えなかった。

 貴重な情報であると直感し、敢えて隠したのだ。



「なぜ、拒否された? おまえは、イースの親友なんだろ!」



「今は違う …。 昔、奴が無実の罪を着せられた時に信用してやれず、絶交したんだ。 その件は報告したが、伝わってなかったのか?」



「まあ、良いわ。 それにしても、プレセアは、伝達系統に問題があるようだな …」



「ところで …。 これから、俺はどうすれば良い? 司令官が居なくなった事を尋問されるから、駐屯地には戻れない」


 俺は、泣きそうな声で訴えた。 

 軍の拷問を思うと身体が震えた。



「安心しろ。 これから、おまえをパウエルの所に送ってやる。 但し、これだけは言っておくぞ。 彼は、役に立つ人間以外は切り捨てる。 気に入られる必要がある!」



「パウエルが居る場所に送るって? 意味が分からない …」



「任せておけば良い。 これから始めるから、そのままカードを握っておれ!」



◇◇◇



 次の瞬間、周りの景色が歪んで見えたと思ったら、いつの間にか、見晴らしの良い頂上らしき所に立っていた。


 見下ろすと、高さが200メートルはあろうかと思われる断崖絶壁の岩肌が見える。

 ここは、大きな岩山のようだ。


 そして、下の平原には、遥か彼方まで無数のテントが見えた。


 一目見て、ここがサイヤ王国軍の最前線だと分かった。



「おまえがベアスか?」


 振り向くと、中肉中背で、黒髪で目の色も黒く、肌が黄色みがかった異国人のような男が立っていた。


 彼は、大小長さの違う刀を2本、脇にさして、いつでも抜けるような体勢でいる。


 俺は、思わず身構えてしまった。



「そなたは、ベアスだな? 剣に手を掛けたら斬るぞ!」


 この男の得体の知れぬ強さを感じ取り、抵抗してはいけないと直感した。


 

「はい。 あなたは?」



「パウエル親衛隊長のヒュウガだ。 これからパウエル様のところに案内する」


 そういうとヒュウガは、目もくれず足早に進んで行く。

 俺は、ヒュウガの後に続いた。


 岩山の頂上は広く、奥の方に洞窟があった。

 ヒュウガは、当然のようにその中に入って行った。


 洞窟の入り口は小さかったが、中には100人は入れる大空間があった。

 しかも、非常に明るい。恐らくは、魔石を動力とする様々な設備があるのだろう。

 洞窟の中は、快適そのものであった。


 ヒュウガは、大空間を突っ切った後、奥の部屋の前で立ち止まった。



「パウエル様、ベアスをお連れしました」



「そうか、直ぐに中に入れろ!」



「ハッ」


 待ちかねたような声がした後、俺はヒュウガと共に部屋に入った。


 中には、背が高く、見目麗しい爽やかな顔立ちのイケメンが立っていた。



「私がパウエルだ。 ベアスとやら。 早速だが、ビクトリア暗殺の状況を詳しく話してもらおう!」


 パウエルは、射抜くような目で、俺を見据えた。

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