第74話 メディアとの別れ

 賃貸アパートの5階の窓から外の景色を眺めると、城が遥か遠方に小さく見える。

 よく目を凝らさないと、見えないほどだ。


 ここは、メディアのいる場所から、かなり遠方にあるようだ。これだけ大きな街になると、ホテルの場所を探すのに苦労しそうである。


 サイヤの国都は、ベルナ王国とは違い、比べ物にならないくらい大きな都市だった。



「なあ、ベスタフ。 メディアをここに連れて来たいが、ホテルの場所が分からないんだ。 地図とか持ってないか?」



「そんな物無くてもだいじょうぶだよ。 人を運ぶ魔石車が走ってるから、手で合図して止めな。 乗り込んで運転手にホテルの名を告げれば、そこまで走ってくれる。 料金は5,000シーブルもあれば足りるだろう。 イース殿は、お金は持ってるのか?」



「マサンから多めに貰ってるから心配ないよ。 それと …。 俺に対して、殿は要らない。 イースと、呼び捨てにしてくれ …。 ところで、魔石車って、魔石で動く箱の事だよな?」


 ベルナ王国では馬車が主流のため、ほとんど見た事が無かった。



「イース、あれは箱じゃないぞ! 車って言うんだ。 工業の盛んなタント王国から輸入してる。 サイヤ王国は、魔石資源が豊富で輸出してるから、経済が潤ってるんだよ」


 俺は、知らなかった。ベルナ王国では、誰も教えてくれなかった。

 だから …。

 なぜか、疎遠になった家族に教えてあげたいと思ってしまった。



「その、魔石車だけど …。 ベルナ王国では、ほとんど見た事が無くてさ …。 サイヤ王国は、大国だとは聞いていたけど、いろんな面で進んでるんだな」



「でも、イースはタント王国に居たんだろ? この国以上に発展してるけど …。 本当に、住んで居たのか?」


 ベスタフは、訝しげな顔をした。



「5年も居たんだけど、ほとんど国を見ていない …。 実は、国都にも行った事が無いんだ …」



「5年も居たのにか?」



「修行に明け暮れていたんだ」


 俺は、小さな声で返事をした。



「あっ、そうか …。 亡くなった魔道士のジャームと、異次元の世界に居たんだったな …」


 ベスタフは、疑り深い表情で、俺を見た。

 どうやら、本気で信じてないようだ。



 その後、外に出て魔石車に乗り、メディアが待つホテルまで難なく行く事ができた。


 ホテルの部屋に入ると、メディアが心配そうな顔をして、近づいて来た。

 どうやら、ワムの事が気になって仕方がないようだ。

 言いづらかったが、ワムが会いたがってない事や、1ヶ月後にジャームから譲り受けた長剣をめぐり立ち合う事など、全て、包み隠さずに話した。


 メディアは、ワムに拒絶され泣きそうな顔をしたが、歯を食い縛り我慢しているようだ。


 俺は、そんなメディアを見ても、ただ、立ち尽くすだけで、何もできない。



「イース、いろいろとありがとうね。 私は、ベスタフのところには行かないわ。 マサンが作った亜空間で生活するよ。 だから、一人で行ってちょうだい。 私は、ワムを裏切ったから …。 悪いのは自分なの …」


 俺は、ワムの冷たい態度を思い出して、メディアに何も言う事ができなかった。

 メディアが、可哀想で仕方なかった。



「これを、やるよ」


 俺は、マサンから貰った予備のポーチに、食材と魔法の水晶を入れて渡した。



「ありがとう。 でも、こんなに貰って良いの?」


 俺は、黙って頷いた。



「ねえ、イース。 心配しないで。 これでも私は、以前、冒険者だったのよ。 マサンの亜空間の森は豊かだから、自然の恵みを得られるわ。 だから、食材に困らない。 それより、ワムとの手合わせ、負けないでね。 あなたは、間違いなくジャームの弟子よ。 そうだ! 立ち合いの日取りと場所が決まったら、魔法の水晶で連絡をちょうだいね」



「うん、分かったよ」


 俺は、快く頷いた。

 彼女は、明るく話しているが、心の中は、かなり落ち込んでいるはずである。

 『感情の鎖』が解けて、最もしたかった事ができない。つまり、ワムに逢って謝りたかったのに、それが拒否されてしまったのだ。



「俺も、メディアと、マサンの亜空間に行くよ」


 メディアを、放っておけなかった。



「ダメよ。 あなたは、ベルナ王国の連中に恨みを晴らすんでしょ。 一人ではできない。 サイヤ王国を利用するの。 私は、ベルナのベネディクト王を操って、カマンベールを復権させて、撹乱して見るわ」



「それは、ダメだ。 居場所を突き止められて追ってを向けられるかも知れない。 危険過ぎるよ」



「じゃあ、魔法の水晶で指示をくれる? イースの言う事に従うから」


 メディアは、俺の肩に手をあてて微笑んだ。

 母から言われているように思え、目頭が熱くなってしまった。




 その後、ホテルを出て、メディアと別れた。


 寂しさを紛らわすため、魔石車には乗らず、街を散策しながらベスタフのアパートを目指した。


 途中、腹が減ったので、飯屋に立ち寄ると、ガヤガヤと人の声が聞こえてくる。

 その中に、興味深い話をしている連中がいた。



「この新聞を見ろよ! ベルナ王国に、テロによる大規模な爆発があったのが載ってるぜ。 プレセアという組織の仕業だと出てるけど、我が国に取っちゃラッキーな話だよな」



「そうだな。 ところで、フィアスとか言うプレセアのリーダーが死んだとあるが、ベルナの3傑が相手では、勝てんわな」



「奴らは、強いって評判だからな」


 俺は、声のする方を見て、思わず近づいた。



「今の話は、本当なのか?」



「ああ、この新聞に出てる。 これをやるけど、読んだら、店の棚に返しといてくれ」


 俺は、新聞を受け取ると、記事を食い入るように見た。そして、マサンの情報を探したが、不思議な事に、どこにも書いてなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る