第47話 ベルナの国都へ

 マサンが、ビクトリアの家に得体の知れぬ強い思念を感じると言ったが、俺には分からなかった。


 それよりも、ビクトリアの思い出が詰まった空間に居る事が、俺を苦しめる原因となっている。

 もう、耐えられなかった …。


 当時、俺がいくら説明しても、彼女は信じてくれず、聞く耳を持ってくれなかった。

 今でも、ビクトリアの絶望した顔を思い出す度に、俺の胸は苦しくて潰れそうになる。



「なあ、イース。 直ぐに行こう」



「ああ。 実は、もう限界なんだ。 俺も、そうしたい」



「やはり、色の変化がないか …」


 マサンは、俺をチラッと見てつぶやいた。



 その後、2人はビクトリアの家を後にした。

 そして、最初の一本道に戻ると、マサンから魔法のマントを渡された。



「このマントを被って透明になれ! それから、はぐれないように手を繋ぐぞ」


 マサンは、恥ずかしいことを平気な顔で言った。そして、魔法のマントを被ると、直ぐに姿が消えてしまった。


 それを見て、俺もマントを被ったが、なぜか透明にならない。

 不思議に思いマサンを見たら、やはり、透明で何も見えなかった。



「魔力を出しながら、透明人間になりたいと強く願うんだ! アッ、ちょっと待て。 最初に、手を出しな …」


 俺が手を出すと、誰かに手を握られた。見えないが、マサンの手のようだ。



「驚く事はないよ。 透明になってるから、見えないのさ」


 マサンに言われた後、魔力を放出しながら、透明人間になりたいと強く願った。

 すると、自分の姿が透明になった。


 何も見えないが、手を繋いでいる感触はある。

 不思議な気分だった。



「よし、それで良い。 あとは、「魔法の門」とやらに向かえ!」


 姿は見えないが、高圧的な声が聞こえた。



「ベルナ王国に、マサンが知ってる空間移動ポイントは無いのか?」



「2ヶ所あるが、国都の場所は知らない。 国都に行かないと、敵の情報を探れないだろ!」


 

「そうか、分かった」


 マサンに言われ、シモンへの恨みがフツフツと蘇ってきた。



 その後、マサンの手を引っ張り、「魔法の門」をイメージしながら一本道を歩いた。

 しばらく行くと、突然、道が一本増えた。その道に入って行く。


 また、しばらく歩くと、パッと景色が変わり広場に出た。

 振り向くと、そこには「魔法の門」があった。


 見慣れた、ムートの光景である。



 過去に戻ったような気がしたが、透明の自分を見ると、死んで幽霊になったような錯覚を覚える。

 周りに、騎士修習生が数人いたが、誰も気がつかない。悪戯をしたい衝動に駆られる。


 しばらく、そんな思いに浸っていると、近くで、ささやくような声がした。



「人通りの多い場所に早く連れて行け!」


 マサンの声だった。

 透明なせいか、彼女と手を繋いでいる事を、すっかり忘れていた。



「建物に一旦入らないと外に出られない構造なんだ。 だから、騎士修練場に入る。 あの、赤い屋根の建物だ」


 ささやくように返事をすると、軽く背中を叩かれた。ちゃんと感じる。

 透明になっても、身体は存在しているのだと、改めて実感した。



 俺とマサンが、手を繋いだまま建物の中に入ると、行き来する修習生が多数見えた。しかし、2人の侵入者に気づかない。

 動きによっては、マントがめくれるが、それでも全身が透明になっている。

 優れた、魔道具だと思った。



 ムートの建物を出ると、マサンの肩を叩いた。



「バカ、どこ叩いてんだ!」


 マサンは、ささやいて怒った。

 どうやら、オッパイを叩いたらしい。

 でも …。 

 柔らかくなかった事は、言わないでおいた。


 

「あの白く大きな建物の中に王宮があるんだ」



「見ればわかるさ。 ありゃ、お城だわさ。 それより、繁華街に行きたい」



「城から下る道があるだろ。 その道は正門に向かってる。 その門を出れば市街地に行けるが、門番が警備してるぞ。 だいじょうぶか?」



「そのために、透明になってるんだろが!」


 マサンは、ささやいて怒った。

 オッパイを触ってから、ご立腹気味だ。



「なあ、イース。 やっぱり、王宮に入って見ないか?」


 何を思ったのか、急に、マサンの気が変わった。



「王宮はダメだ。 侵入者を排除するため、上級魔法使いが探知魔法を張り巡らせている。 見破られるぞ!」



「だいじょうぶだ。 このマントは、魔力による探知も遮断するんだ。 それに、魔道士のマサン様が居るんだぞ。 安心しな!」


 強気のささやき声が聞こえると、今度は、マサンに手を引っ張られて王宮へ向かった。



 久しぶりに見る王宮は、前と同じく美しかった。彫刻や絵画を、時が過ぎるのも忘れて見入った。

 俺は、子どもの頃のように、周りをキョロキョロしながら見ていたが、透明だから恥ずかしくない。

 だが、時々、マサンが繋いだ手を引っ張って邪魔をした。



 そんな時である。


 国務に携わる官僚2人が、小声で話しながら歩くのを見つけた


 俺とマサンは、直ぐに近寄って、聞き耳を立てた。もちろん、透明だから相手は気づかない。



「3日後にある、緊急戦略会議だが、王命だったよな」



「ああ。 準備する方も大変なんだぜ。 あの若い宰相は、王の威を借りて、やりたい放題だ」



「おいおい、万が一聞かれたら粛清されるぞ」



「おっと、気をつけねば」


 官僚は、周囲を見回した。


 俺とマサンが、直ぐ横にいたが、透明だから気づかない。面白くてしょうがなかった。



「なあ、今回の招集範囲なんだが、いつものメンバー以外に、絶世の美女が来るぞ!」



「3傑の一人、ビクトリア将軍だろ。 凄く、楽しみだな」



「でも、宰相の婚約者だぞ。 いくら魅力的でも、俺たちには縁がないぜ」



「でも、ビクトリア将軍が最前線に赴任してから、2人は、1年近く会ってないんだろ。 あの綺麗な人を放っておいて、宰相は、よく我慢できるよな」



「あの人はモテるから、他の女とよろしくやってるのさ」



「バカ! 誰かに聞かれたら、粛正されるぞ」



「おー怖い。 俺は、何も言ってないぜ」


 官僚達は、無駄話をやめた。


 俺は、2人の会話を聞いて、無性に腹立たしくなった。

 マサンも反応したようで、握る力が強くなっていた。

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