第36話 ダンジョンの街
俺とマサンは、ロック鳥の背中に乗り、身を伏せるような格好で手綱を掴んでいた。
振り落とされる心配はなかったが、常に強風に晒されているため、体が凍えた。
ふと、マサンを見ると、平気な顔をしている。何か、魔道具でも使っているのだろうか。
「ほれよ」
マサンが、おれの背中に何かを貼り付けた。すると、寒かったのが嘘のように感じなくなった。やはり、魔道具を使っていたようだ。
彼女は、俺が寒がっている事に、気づいて助けてくれた。口は悪いが心根は優しい。
師匠から、マサンは優しくて面倒見が良いと言われた事を思い出した。
飛行して、半日ほど経過した頃、ロック鳥は、突然、速度を落とすと同時に、高度を下げ始めた。
「そろそろ、到着するようだ。 しっかり捕まっておけよ!」
マサンが言うが早いか、ロック鳥は激しく旋回した。
「ウァーーーー」
俺は、振り落とされないように必至でしがみついた。マサンを見ると、大きな口を開けて必死の形相だ。
その後、ロック鳥は、大きな山の中腹にある洞穴に入って行き、ふわりと宙に浮いたかと思うと、木々が敷き詰められた場所に、ストンと着地した。
「巣に着いた。 直ぐに逃げるぞ!」
マサンに言われ、ロック鳥の背中からスルリと降り、白クマよりも大きな三羽のヒナの間をすり抜けて、一目散に逃げた。
ある程度、巣から遠ざかったところで、マサンに声をかけられた。
「どうだ、イース。 普通の者なら馬に乗って2ヶ月程度かかるところを、ロック鳥に乗った事により、たったの半日で着いたぞ。 こんなに上手くいくとは思わなかったよ」
「エッ! マサンは、これまでもロック鳥を利用していたんだろ?」
「まさか! 可能性を実行したまでだ。 ダンジョンに来る時は、いつもなら、馬に乗って来たさ」
彼女は、当然のような顔で、悪びれずに言う。
「エッ、なに! それって …」
マサンの慎重そうに見えて、意外とギャンブラーな性格を思い、俺は戸惑いを隠せない。
「それより、早く街に行くぞ。 ギルドで、キングカイマンの皮と肝を換金して、魔道具や食料を買うぞ! それから、街一番の料理屋にも行って、しこたま美味いもんを食うんだ!」
マサンは、凄く嬉しそうだ。下品な物言いさえ無ければ、美しいご令嬢のように見えるのだが …。それが残念で仕方なかった。
◇◇◇
ロック鳥の巣から出て10キロほど歩くと、次第に行き交う人が多くなり、建物も増えてきた。
「ここが、ダンジョンの周辺にできた街だ。 どこの国にも属さない。 だから、街の名前もない。 皆、ダンジョンの街と言ってる。 中心部までは、目と鼻の先だ。 下手な国都に負けないくらい賑やかだぞ。 だけど犯罪も多い。 ギルドが冒険者を雇って治安を守ってはいるが、それでも追いつかないのさ。 絡まれても相手にすんなよ!」
マサンは、ワクワクした様子で、楽しそうに説明する。
「そうか、治安が悪いのか。 でも、マサンなら、どんな凶悪な連中に絡まれても撃退しちゃうだろ。 どうって事はないだろ」
「いや、中にはとんでもない連中が混じってる事があるんだ。 例えば人に化けた魔族なんかだ。 奴らの中には恐ろしく強い者がいる」
「そもそも魔族って、どんな連中なんだ? 俺は、一度も見た事がない」
「魔族は、魔王の国の住人だ。 ダンジョンから出て、この街に紛れ込んでいるんだが、人に化けているから見分けがつかないんだ」
「魔道具かなんかで、見分ける方法はないのか?」
「戦って追い詰めるしかない。 負けそうになった時に正体を現すんだ。 一度だけ3人の魔族と戦った事がある。 追い詰めた1人が正体を現したんだが、奴は、頭に角が生えていて尻尾があった。 だが、それ以外は、人と変わりなかった。 奴らには、魔法が効きにくい。 あの時は、剣で蹴散らしたが、かなり苦労した」
マサンは思い出したのか、ブルっと武者震いした。
「そんなに強いのか …」
マサンが苦労するほどの強さとは、どんなものか。少し興味をそそられた。
さらに歩いて行くと、高い塔が見えた。その横には周辺に比べ、大きな建物がある。
「塔の横にある建物がギルドだ。 8年ぶりだ」
マサンはそう言うと、俺の方を向いて笑った。その愛らしい笑顔を見ると、心が惹きつけられてしまう。
俺は、わざと顔を逸らした。
ギルドの建物に入ると、多くの人で賑わっており、カウンターには長蛇の列が並んでいた。俺は、この列に並ぶかと思うと、気が滅入ってしまった。
「あの奥の扉に向かうよ」
マサンが指さしたのは、ギルドの職員が使う通用口だった。
扉の前に立つと、マサンは何やら呪文のような言葉を呟いた。すると、解錠する音が聞こえた。
彼女は、気にする事無く扉を開け、俺の手を引いて中に入る。不法侵入のようで気が引けたので、俺は尋ねた。
「なあ、マサン。 無断で入るのは、まずいんじゃないか?」
「気にしなくて良いよ。 私のギルドカードは、出入り自由のSSSランクなんだ」
そう言うと、マサンは、また、俺に笑顔を向けた。この街に来てから、彼女はとても機嫌が良い。
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