第26話 ジャームの弟子

 女性は、髪がボサボサで見るからに汚い格好をしており、街で見かけても関わりたくないタイプだった。

 背が高く、顔も髪で隠れて見えないため、声を聞かない限り男性だと思ってしまうだろう。



「あなたは、女性なんですよね?」


 思った事を、つい口に出してしまったが、これが本当に素直な気持ちだった。



「失礼な事ばかり言う奴だな。 あたしゃ女だって! 胸の膨らみを見りゃわかるだろ!」


 でも、ペッタンコだった。

 気を悪くするといけないので、一応頷いておいた。



「何だよ、本当に信じたのか? 服の上からで分からないなら、直に見るかい?」



「いえっ! あなたが女だって事は分かったよ」

 

 俺は、丁重にお断りした。正直に言って、髪がボサボサで汚らしい格好を見ると、性欲が湧かない。

 どうでも良い感じの女性だった。



「そうかい。 分かってくれたんなら良かったよ。 実際、女で無いなんて言われちゃ、自信を無くすよ」


 そう言って、彼女は髪をかき上げた。

 すると、チラッとだが顔が見えた。その姿は、目がぱっちりとして鼻筋が通っており、滅多にいないような正統派美人だった。



「えっ」


 俺は、驚いた。



「あのう …。 胸を見せてもらえる話は、まだ有効ですか?」


 つい興奮して、とんでもない事を口走ってしまった。そして、彼女の胸の辺りを見つめた。



「はあっ〜! バカ言ってんじゃないよ。 それに、私の身体を魔法で透視しようとしてるだろ! このムッツリスケベが!」


 俺は、透視した事がバレて恥ずかしくなり、下を向いた。



「ところで、あんたの名前は何てんだい? それから、何で魔法を使えるんだ?」


 

「はい。 俺は、イースって言います。 魔法と剣術を、魔道士のジャームから学びました。 憲兵の話では、俺の師匠は高名な方だと言ってましたが …。 知ってますか?」


 ボサボサの髪で顔が良く見えないが、ジャームの名前を話した時、彼女の目が輝いた気がした。



「ああ、知ってるよ。 伝説の魔道士だろ。 ところで、そんな今更な事を、何で聞くんだい?」



「えっ …。 それは、どう言う意味?」



「タント王国の民なら、誰でも知ってるさ。 ある意味、国王より有名だぞ …。 ところで、国王の名前を言ってみな?」



「あっ、ごめんなさい。 ど忘れした」



「なあ、おまえ。 他国から密入国したんだろ?」



「いや、違うよ。 でも …。 密入国の罪は重いのか?」



「入管施設に送られて、そこで処遇が決まるようだ。 でも、私らの、一生強制労働の刑よりはマシかもな」


 彼女は、自分のおかれた境遇を卑下する事もなく、明るく笑った。



「ところで姉さんは、何をやらかしたんだ?」



「あんたと反対さ。 無断で出国しようとして捕まったんだ。 あと、マイドナンバーカードの不所持だ」



「タント王国では、そんなにマイドナンバーカードが重要なのか?」



「国民を管理するカードで、全ての国民に対し、所持を義務付けている。 4年前に民主貴族党の連中が考えた事さ。 実は、あたしゃ作ってないんだが内緒だぞ …。 無宿人に取って、住みにくい国になっちまったなあ。 ところで、あんたは何処から来たのさ?」



「実は …。 ベルナ王国から来たんだ」


 もう、隠せないと思い観念した。



「そうなの? でも、ベルナ王国から来るメリットが分からない」 



「タント王国は国力のある大国だろ。 だから来たんだ。 何か、おかしいか?」



「ベルナ王国は、富国強兵政策が上手く行って経済成長が著しい。 民は皆、裕福になったと聞いたぞ」



「富国強兵政策で経済成長した? 民が裕福になった?」


 俺の知らない5年の間に、ベルナ王国はだいぶ変わったようだ。大国に対抗し得る国になったのなら、ムートを設立したベネディクト王の目論見は成功したと言える。

 なぜか、憎きシモンや俺を裏切った連中の顔が、脳裏に浮かんできた。

  


◇◇◇



 その頃、ベルナ王国の王宮において、ベネディクト王以下、重臣が揃い、重要な会議を開いていた。


 そこでは王を前に、軍の参謀により戦果の報告が為されているところであった。その颯爽と話す姿は、とても格好が良く、周りの誰もが見惚れていた。



「サイヤ王国への特別軍事作戦において、目覚ましい戦果を上げており、念願である魔石鉱山も我が手中に収めました」


 参謀であるガーラは、魔石鉱山を手に入れた事を吹聴し、報告の最後を締め括った。



「そうか、良くやった。 そちに褒美を遣わす」


 王は、手を叩きガーラを誉めた。



「ありがたき幸せ」


 彼女は、王に対し深くお辞儀した。



「ところで、サイヤ王国に潜む厄介な魔道士の正体は分かったのか?」


 王は、初老の情報局長を見たが、彼は苦しそうに黙っている。



「その件なら、僕から」


 宰相のシモンが、口を開いた。



「おう、シモンか。 報告せい!」


 王は、よほど彼の事を信頼しているのか、嬉しそうに目を輝かせた。



「奴は、ワムと言う男性の魔道士です。 元々はタント王国におりましたが、20年以上前に、サイヤ王国に引き抜かれ、その頃から、我が国に強力な呪詛を仕掛けております。 相当に強力な魔力を放つ奴で、我がベルナ王国最強の魔法使いであるビクトリア将軍に匹敵する力があります」



「そこまでの力なのか …」


 王は、ため息を吐いた。



「タント王国にジャームと言う高名な魔道士がおりましたが、ワムはその1番弟子です。 ジャームは天地を揺るがすような強力な魔法を使えたようで、ワムも、その系統の魔法を駆使します」



「儂も、ジャームの名前を聞いた事がある。 生きておれば相当の歳だろう」



「はい。 ジャームは、だいぶ前に亡くなっております。 厄介なのは、ワムが、その師匠の魔杖を持っている事です。 この魔道具を使われると、我が国最強の魔法使いであるビクトリアでさえ敵いません。 私とガーラの力を合わせてもです」



「そこまでの強さか …」



「しかし、勝機はあります。 ジャームの2番弟子のマサンと言う女性の魔道士は、ワムを超える強さとの事。 彼女を味方にできれば、ワムを倒す事も可能かと …」



「直ぐに探し出して、その者を懐柔せよ!」


 王は机を叩き、情報局長に命令した。

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