第7話 戦々恐々

「あんた、新しく修練場に入った娘でしょ。 女子のグループから外れて、今までどこにいたの?」


 いち早く駆けつけて来た女子が、心配そうに問いかけた。



「昨夜、ここに荷物を置きに来たら、カザフという男子とその仲間に絡まれて、ずっと逃げていたの。 それで早朝に、こっそりと道具を取りに来たら、見つかって乱暴された」


 俺は、悔しさで涙が流れた。

 乱暴された乙女の気持ちになった気がして、自分でも不思議だった。


 騒動に紛れて、ベアスが見に来ていた。彼は、女子の中に紛れ込んで、そこから、こちらを注意深く見ていた。



「ねえ、何の騒ぎなの?」



「あっ、サーナ。 この娘がカザフとその仲間に乱暴されたって」



「えっ、本当なの! 許せない! ナーゼ様への被害報告が必要ね!」


 この娘が、スパイのサーナだった。


 普通スパイと言うと正体を隠すものだが、堂々としているところを見ると、スパイというより憲兵みたいな存在のようだ。



「それで、何をされたの?」


 サーナの目は血走っていた。



「3人がかりで押さえつけられて、カザフに脱がされたの。 凄く恥ずかしかった」



「可哀想に、裸にされたのね。 その後は?」



「隙を見て逃げたんです。 それで、この部屋に飛び込んだの」


 思い出すと、悔し涙が止めどなく流れた。それが功を奏し、より一層の真実味を醸し出していた。



「未遂ね。 でも、女の子の裸を見て楽しむなんて、万死に値するわ。 安心して! あなたの恥ずかしい姿を見た4人には、この世から消えてもらう。 そうなれば、あなたの裸を知る者は存在しない。 少しは気が晴れるでしょ」


 サーナは、笑顔で俺を励ました。


 しかし、今の口ぶりからすると、4人をこの世から抹殺しようとしている。 正直に言うと、ぺったんこの胸を見られただけで殺されようとしている男子を少し哀れに思ったが、因果応報なのだと自分に言い聞かせ忘れる事にした。



「あいつらの仕置き程度なら、私1人で十分だけど、Cクラスのナーゼ様への報告が必要なの。 夕方になったら、あなたも一緒に来てちょうだい」



「分かりました」


 ナーゼは、統括ボスだ。俺は、ビビったが、心の内を見せないように下を向いた。

 


「下を向いて …。 怖かったのね。 ところで、あなた、名前は何ていったかしら?」



「イースよ」



「可愛い娘ちゃんだけど、男みたいな名前ね」


 サーナは、ニコッと笑った。



「両親が男の子を望んでいたから、名前だけでもと考えたみたい。 でも、気にしてないわ」


 俺は、適当にごまかした。


 サーナは、肩を叩いて励ましてくれたが、もし、男だと分かった時の事を考えると恐ろしくなってしまった。

 俺は、恐ろしすぎて、これ以上は考えないようにした。



◇◇◇



 一方、カザフ達は、女子が近寄って来るのを見ると、その場から逃げ去った。


 そして、就寝場から、かなり離れたところで、身を隠すようにして、相談を始めた。



「ヤバいぞ、ヤバいぞ、ヤバいぞ」


 仲間の1人が、震えながら同じ言葉を繰り返している。



「ボルト、うるせえ黙れ!」


 カザフが、苛立って声を荒げた。



「カザフが、イースは男だと言ったんだろ! 俺らは、それに乗ったんだ。 まさか、それが女の子だったとは …。 どうすんだよ。 責任取れよ!」


 もう1人の仲間が、声を荒げた。



「ダキザよ! 変な事を言うなよ。 だって、髪も短いし、男の名前だったじゃねえか。 確かに顔は女見てえだが、誰が考えたって男だと思うだろ! だから、俺は悪くない!」


 カザフは、強い口調で反論した。



「でも、イースの顔を見ると、どう見たって綺麗な少女だ。 それを、どう間違えて、男だと思うんだ! ナーゼが知ったら、俺達は全員殺される。 俺は、死ぬのは嫌だ」



「セルトまで、そんな …。 皆んなで俺を責めて楽しいのか? 可愛い少女を抱いた気分になれるって、スケベ心を起こしたのは、皆んな同じじゃねえか!」


 カザフは、3人を睨みつけた後、しばらく黙った。

 その後、何かを思いついたのか、いきなり明るく話し始めた。



「なあ皆んな、ボスのトラフを引き入れて闘おうぜ! 何だったら、他の男子も引き入れて、女子どもを打ち負かそうじゃねえか! どうだ、良い案だろ!」


 カザフは、胸を張った。



「Eクラスの男子全員が集まっても、統括ボスのナーゼに敵うわけねーだろ。 闘うのは嫌だ。 そうだ! 俺は、イースに謝るべきだと思う。 誠心誠意謝れば、許してくれるかも知れない。 その結果をもってナーゼに許しを請うんだ。 でも、こうなったのは、カザフが全て悪いから、俺はおまえを許さない!」


 セルトがドスの効いた声で話すと、カザフは後ろに退いた。



「いや、それじゃダメだ。 ナーゼは冷酷だから許さない。 だから、知られちゃダメだ。 サーナがナーゼに報告する前に手を打たないと! サーナに許しを請うんだ! これから直ぐに行かないと!」


 ダキザは、震えながら話した。



「そうだ、そうだ。 でも、サーナには手土産が必要だ」



「手土産って何だ?」



 ボスッ



「グフッ」


 鈍い音がした直後、カザフは倒れた。



「テメエを手土産に差し出すのさ!」


 ボルトは、カザフを見下ろして不敵に笑った。

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