元弟子の気持ち


 無理やりお茶に連れ出したり、やり方は強引だけどエルベルトはエルベルトなりに、元弟子のことを心配してるんじゃないかなとユーリは思った。

 なんだかんだ言ってもエルベルトは面倒見がいい。ただ、なぜかいつもテオにはそれが伝わらないけれど。部屋を出て行ったテオの背を見送ると、ユーリはエルベルトの顔を見上げる。

「旅行の間は、ずっと天気が良くて移動が楽だったんですけどね。この先、しばらく雨らしいですよ」

「テオ、大丈夫かな、熱もあるみたいだった」

「慣れない環境で働き出したばかりですから。ま、寝てれば、きっと良くなりますよ」

 エルベルトは部屋の隅にある薪ストーブを使って、紅茶用の新しい湯を沸かした。

「あの先生、旅行先リサーヌだったんですね。やっぱり国王様が気にしていたから、調査も兼ねてですか? それなら僕もお供したのに」

 ユーリはエルベルトの隣に立ち、話を続ける。


「えぇ、国王様が心配なさってましたしね。念の為。でも、ほとんど旅行ですよ。あそこは興味深い書物も多い。あと学会でよく行っていましたから少しも怪しまれることもなく、城門を開けて通していただけましたよ。こういう時ハーウェルの名は便利ですね」

「あの、先生聞きたいことがあるのですが」

「なんでしょうか」

「先生は知ってたんですか? テオが、守護霊を呼び出したら、体の調子が悪くなるって」


 エルベルトは目を細めて微笑み、頷いた。

「君は、自分の力をいつも過小評価していますが、やっぱり、ユーリくんは特別なのですよ。私だって長い間、守護霊を実体化させて呼び出すためには、媒介の一つもなければ、難しいです。当然、君のように彼らとお友達のように遊んだりは出来ない。せいぜい、本当に困った時に手を貸していただくくらいです」

「そう、ですか」

「私は、君が少しだけ羨ましい」

 体質的なもので、霊と関わることは自ら望んだことじゃなかった。けれど、自分以外の降霊術に関わる人間は、皆ユーリの力を羨ましいと言う。

「あの、テオは、先生に」


 ユーリは過去、テオが自分と同じ道を歩いてくれると言ったことが嬉しかった。だからこそ、心変わりしたことを何も知らされていなかったことが、ずっと心に引っかかったままだった。エルベルトには相談していたのだろうか。もしそうなら悔しいと思った。いくら師匠でも、エルベルトよりも自分の方が、テオと長く一緒にいたのに。

 そう思ってしまった。

 今まで、こんな感情をエルベルトに抱いたことがなかった。尊敬している師匠なのに、こんな感情を持ちたくなかった。

「テオくんに、何か気になることでも?」

「い、いえ! あの、なんか、こんなに一緒にいたのに。僕テオのこと何も知らないなって、それだけです」

 ユーリはエルベルトに自分の醜い感情をぶつけそうになり、はっとして、寸でのところで慌てて伝える言葉を変えていた。


「テオくんに体のこと秘密にされて悔しいですか?」

「それは……はい」

 エルベルトは、ふわりと優しげに微笑む。なんだか、ユーリの感情を全て見通されているようで恥ずかしくなった。


「君たちは、よく似ていますよ。性格は全然似ていないのに。いつも同じことを考えている」

「そうでしょうか?」

「ずっと、先生として君たちを見て来ましたから、色んなことが分かるんですよ。なんだか、面白いですね。まるで鏡写しのようで」

「お、面白いとか!」

「ねぇ、ユーリくん。人間、誰だって、秘密の一つや二つはあるんじゃないでしょうか?」

 エルベルトは急に、真面目な声色になった。


「秘密、ですか」

「君だって、秘密くらいあるでしょう。今回の仕事の件だって、初めはテオくんには黙っていた。それは仕事だったから、です。そんなふうに大人になれば秘密ばかり増えていく。けど、なんでも話し合えるだけが、友達じゃないと私は思いますよ」

「……僕は」


 ユーリは言葉を続けられなかった。

「極論ですが、大切な相手のためなら、君だって、いくらでも嘘がつけるんじゃないですか? この先、師匠の私にだって、言えないことが出来るかもしれない」

 師匠にも言えないことに心当たりがあって、ぎくり、とした。

 ユーリはエルベルトに話していないことがあった。

 テオが、不審な行動をしていること。降霊会の翌朝、おそらく東の塔にいたこと。

 ユーリは多分、テオのためならエルベルトにも嘘をつき通せると思っている。本当は嘘なんてつきたくないし、誰にだって正直に全てを話せる自分でいたい。

 自分はエルベルトやテオみたいに、器用な人間じゃないと思う。

 だからテオには悩みや言いたいことがあるなら、全部教えて欲しい。

 何も知らないまま自分だけ外にいるのは嫌だった。これは子供の域を出ないわがままな感情なのかもしれない。けれど。


 ――結局、お前は、誰だっていいんだよ。

 そうテオに言われた言葉に段々と、もやもやした気持ちが募っていく。

 誰だっていいわけじゃない! テオがいい。


(だから、もっと、僕のこと頼って欲しい!)

 いつだって、頼って、守ってもらってばかりの自分の、何が、国一番の術師だと思う。

 なんだか自分で自分のことが腹立たしかった。


「あの先生! 僕、今日、もう一度、降霊会をやり直そうと思います」

 ユーリはティーポットにお湯を注いでいるエルベルトの目をまっすぐに見た。

「おやおや急にやる気ですね。何か心境の変化でも?」

「やっぱり……悔しいから。テオに頼ってもらえないのが、僕は、一番嫌なんです。いつまでも、頼りにならない幼馴染でいる方がよっぽど怖い」

「そう、では、頑張りなさい。申し訳ないですが、私は、このあと用事があって、お手伝い出来ないですが、一人でも大丈夫ですか」

「はい」

 こんな感情は生まれて初めてだった。臆病な自分でいるより、もっと怖いことがあるのを知った。


 けれど、その晩もう一度、勇気を出して降霊会を一人でしたのに、今まで一度だって失敗したことがなかった降霊術を初めて、失敗してしまった。

 どんなに条件が悪くても、話ができなくても、呼び出すこともできない日なんて、今まではなかったのに。どうしても「何か」に邪魔をされている気がしてならなかった。

 終わった後、エルベルトに降霊会の報告をしにいった時も、やっぱり東の塔とテオのつながりについては相談できなかった。

 こうしている間にも、幼馴染がもしかしたら、取り返しのつかない悪事に手を染めているんじゃないかと思うと、夜も眠れないし怖くてたまらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る