003.リアフレ幼馴染みとの距離感
「アイちゃん!結婚式しよっ!」
急に背後から声をかけられたのと同時に首に抱き付かれたので、そのまま背負い投げの要領でポイと投げ捨てた。
「わっ!?」
しかし求婚してきた不審者はくるりと空中で体勢を持ち直し、四点着地でそのまま動物のように身体にタメをつくる。
このゲームのプレイヤーキャラクターの身体能力はリアルの人間のそれよりも優秀で、走力やジャンプ力は膝にバネが入ってるのかと思うほどだ。
そんなキャラクターで繰り出されるクラウチングスタートからの低空タックルに、しかし予想していたあたしは完璧に飛び膝を合わせて迎撃する。
『ゴッ』とあたしの膝と相手の額がキスする素敵な音がして、そのまま彼女が崩れ落ちた。
「タックルに膝を合わせられるなど無様な……」なんて解説が聞こえた気がしたけどきっと気のせい。
そして一通り茶番を済ませて満足したあたしが、倒れた相手に手を差し伸べる。
「ほら」
「うう~、アイちゃんひどいよ~」
「このゲームプレイヤー同士でダメージ判定ないんだから無傷でしょうが」
このゲームには最近の流行りと同じく、PKなんて物は存在していない。
PvPはあるけど専用モードの範囲内でのみだしね。
あと当然痛覚なんかも設定されていないのでリアルなら一発KOレベルの当たりも問題なしである。
「急に投げられて私の心が傷付いたの。という訳でぎゅっとさせて」
「もう一回投げてあげましょうか?」
なんて茶番で遊ぶのはほどほどにして、握られた手を引っ張り起こす。
ちなみに急に抱き付いたりするのはハラスメントになる可能性があるので、知らない相手にはやっちゃダメね。
このゲームの通報から規約違反か判定するAIはとても優秀で、迷惑行為なら普通にアカウント停止させられるし。
VRMMOだと旧来のモニター越しにキャラクターを動かすMMOよりも圧倒的にハラスメント案件が多いので、このAIくん無しにはサービスを維持できないなんて言われてたりするくらいである。
逆にお互いの合意があれば抱き着く以上のことをしても許されるらしいけど、まああたしには関係のない話だ。
彼女の名前はリサ。
あたしのフレンドかつリアルフレンドで、幼馴染みだ。
長い金髪と綺麗系な顔立ち、女性らしい恵まれたプロポーションは、ゲームのスキャンシステムを使ってほぼリアルをそのまま反映した値。
逆に言うと、リアルの容姿そのままゲームに落とし込めるくらいの美人ってこと。
当然ゲームキャラクターとしてのデフォルメが入れられてはいるけれど、おそらくゲーム内の知り合いがリアルの彼女を見たら普通に本人だと気付くレベルで再現されている。
ちなみにあたしはぱっちり一重、スッとした鼻先、黒髪ショート、低めの身長、リサほどではないけれどちゃんとある胸、とリアルとはかけ離れた容姿だ。
というかリアルの容姿をゲームに持ってくるとか個人的には信じられないし、それを自然にできるほど容姿が恵まれている人間には嫉妬で心が黒く染まりそうになるんだけどね。
「それで、急にどうしたの」
「今日結婚式に行ってきたの」
「なるほど」
だから急におかしくなったのね。
リサとはこのゲームの中じゃ一番高頻度で顔を合わせるけれど、だからと言って普段から急に求婚されてるわけじゃない。
今日は結婚式に参加して自分も結婚したくなったんだろう。
まあしないんですけど。
結婚というシステムに興味がないわけではないけれど、わざわざネットゲームの中でリアフレと結婚したいとは全く思わないわけで。
「それにリサなら結婚する相手くらいいくらでもいるでしょ」
「私はアイちゃんと結婚したいのー!」
「あたしはしたくないけど」
「ひどい!」
なんて遠慮のない冗談を飛ばせるのも幼馴染みゆえなので、リサのことは嫌いではないけれどそれはそれ、これはこれ。
「まあそれは置いておいて」
「置いとかれた!?」
「今日の日課終わった? もう済んでるなら一人でやってくるけど」
「んーと、あとノーマルバトルだけかな」
「ノマバト、あたしもやってないわ」
ノーマルバトルというのは、限定されたフィールドでボスと戦うコンテンツのこと。
モンハンで例えると闘技場みたいなものね。もしくはダクソのボス部屋みたいな感じ。
IDは4人だけどノーマルバトルは8人パーティーなのが特徴だ。
ということで、パーティー申請を投げて、視界の脇に浮かぶパーティーリストに名前が追加される。
「ジョブどうする?」
「アイちゃんは?」
「あたしはナイトかな」
「じゃあ私は暗黒」
ちなみにナイトというのはホーリーナイトの略称、暗黒というのはダークナイトのあだ名。
ネトゲーマー、なんでも略しがち。
「タンク2ならすぐシャキるかなー」
タンクは慢性的に不人気ロールなので、必然的に8人コンテンツにタンクタンクでランダムマッチングに申請すると待ち時間が大幅に短縮される。
数分の差でも毎日繰り返していれば結構な時間になるので、あたしはメインジョブに関係なくタンクを出すことが多いかな。
自由に待ってられるとしても、短くなるならそれにこしたことはないのだ。
ポチッと申請ボタンを押すと、1秒も待たずにシャキーンと完了の効果音が鳴った。
「それじゃ、行きますか」
「うん、がんばろー!」
まあ頑張るほどのコンテンツでもないんですけど。
基本的にメインストーリーで戦うボスとの戦闘になるノーマルバトルは、難易度的には誰でもクリアできる物になってるのでそんなに気合を入れる必要もないからね。
転送が終わり、リサと並んで床を踏みしめる。
周囲の風景は炎に包まれていて仮想の感覚でその熱を感じるが、臨場感を演出するのが目的なので苦になるほど暑すぎると感じるほどじゃない。
一応砂漠マップとか雪山マップで熱い寒いはあるけど、プレイするのが苦になるほどだと本末転倒だしね。
円形のフィールドの対面側、そこそこの距離を開けて獣のような炎の化身が鎮座している。
今日は当たりかな。
戦闘時間が短く倒せる今回のボスを見ながらそんなことを思う。
戦闘を始める前に視界の中に拡張のパーティーリストを表示して、それを確認。
集まった内訳は、ホーリーナイト、ダークナイト、ホワイトメイジ、ホワイトメイジ、サムライ、アーチャー、ガンナー、サモナー。
前からタンク2、ヒーラー2、アタッカー4の基本構成。
ちなみにノーマルバトルでは、ランダムマッチングを使うと確定でこの構成になる。
「よろしくお願いしまーす」
全員で軽く挨拶をしていくけれど初見のプレイヤーはいなそうなので特に前置きとかはなくリサと話を進めていく。
「MTどっちがやる?」
聞くと、リサがスッと握った右手を差し出す。
「じゃーんけーん……」
「ぽんっ、よし勝った!」
「負けた~~!」
ということであたしがMTに決定。
MTというのはメインタンクの略で、主にボスの攻撃を受ける役割のタンクのこと。
逆にMTじゃない方のタンクはサブタンクと呼ばれていて、概ねメインタンクが死んだ時用の控え役割を持つ。
簡単に言うと、「私が死んでも代わりは居るもの」システムだ。
「それじゃあカウント10で行きますねー」
システムウィンドウを表示して、パーティー全員に聞こえるカウントダウン機能を10秒に設定して起動する。
10…9…8…。
システム音声で秒読みされていくカウントを聞きながら、0になる寸前にあたしは最初の攻撃を飛ばした。
ボスが武器を振りかぶると、あたしの頭上に▼みたいな逆三角形の矢印が2つ重ねて表示される。
「アイちゃんっ」
「はいよー」
床に出現する攻撃範囲予兆とはまた違ったそれは、ボスからのヘイト(敵視)1位対象の二人受け予兆。
一人だと100食らうダメージを二人で集合すると50ずつで済むのでタンク二人で受けてねというギミックだ。
ちなみにこの予兆のダメージ分配は二人が上限で、三人で受けても50ずつなので何人も集合する意味はないので注意ね。
ナイトのあたしは右手に剣と左手に盾を持っているのに比べて、ダークナイトのリサは身の丈以上の大剣を持っている。
その形状は『それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。大きく分厚く重く、そして大雑把すぎた。それは正に鉄塊だった』なんてナレーションが聞こえてきそうなモノ。
そしてそんなリサが肩をくっ付けて密着してくるとスキルを使うのに普通に邪魔なのだが、どうせ言っても離れないので最初から諦めてる。
ちなみに剣盾も大剣もアタッカーじゃないのかとよく言われるがどちらもタンク。
プレイヤーの中では「タンクはどうやっても人が少ないからイケメン武器はとりあえずタンクにされてる説」がまことしやかに囁かれていたりいなかったりする。
先頭に立って敵の攻撃を受けるっていう役割の性質上、どうやってもタンクは面倒で敬遠されがちなのよね。
おかげで自分で出せるようになればマッチングでかなり優遇されるんだけどさ。
「軽減投げるねー」
「はいよー」
今度は視界のボスのHPバーの下に表示された攻撃詠唱完了までのシークバーとそれに合わせた詠唱モーションを見て、シュピンという音と共にリサから『シャドウヴェール』が飛んでくる。
効果は自身か指定したパーティーメンバーの被ダメージを10秒間20%軽減するというもので、サブタンクからメインタンクに投げられる便利スキル。
リサはあたしと違って最高難易度まで遊ぶ上級者なので、スキルを投げるタイミングも間違えるようなことはほぼない。
そこにヒーラーからのHPの約10%分のダメージを肩代わりしてくれるバリアも飛んできて、ボスの詠唱強攻撃でもほとんどダメージは食らわなかった。
周りからの介護が手厚いMTは楽でいいわー。
逆に介護が一切ないとしんどいんだけど。
そのままボスのHPをみんなで削っていくが、初見さんが居ないのとボス自体の難易度が低いので順調に戦闘は進んでいく。
「アイちゃん」
「んー」
再び二人受けの予告が発生して、リサが身体をくっ付ける。
流石に邪魔!っと思うと同時に、気付くとボスのHPが0になって戦闘終了の演出が流れた。
「おつかれさまでしたー」
戦闘終了のBGMを聞きながら倒れたボスを見て、順次解散していくパーティーを見送りつつ、隣でくっついてる相手に視線を向ける。
「リサ、分かってたでしょ」
「んー、なんのことー?」
リサはボスのHPを見て、攻撃が飛んでくる前に倒しきれるのをわかっていただろう。
最高難易度を遊んでいるプレイヤーならボスのHPを常に把握しているなんていうのは当たり前だし、それが余裕のある低難易度なら尚更だ。
それでもわざわざ二人受けの体勢を作ったのは、単純にくっつきたかったから。
「まあいいけどね」
別に困らないし。
「と言っても流石にくっつきすぎでしょ、もう戦闘終わってるわよ」
コンテンツから退出するためのワープポイントに向かおうとしたら、いつの間にか腕を絡めてくっついてきていたリサは普通に邪魔だった。
「んー、もうちょっとー」
「邪魔!」
バトルが終わり専用フィールドから元居た場所に転送される。
今日の日課はこれで終わったので、ここから先はログアウトするまでノープランだ。
「リサこの後の予定は?」
「特にないけど、ショップでちょっと買い物はしたいかも。アイちゃん付き合ってくれる?」
「まあいいけど」
これがリアルでの買い物なら余裕で断っていたけど、ゲーム内のNPCショップなら消耗品の調達くらいしか用がないのですぐ終わる。
そもそも、初心者以外のプレイヤーの買い物のメインはバザーシステムかプレイヤーの個人店舗だしね。
一応基本的な食材とか消耗品の武器修理用アイテムなんかはショップで買ったりもするけれど。
なんて思いながら歩いていると、リサが思い出したように口を開く。
「そういえばママがね、」
言いかけたリサの口を押さえて塞ぐ。
「だから、リアルの話を外でするのはヤメロッテ言ってるでしょうが」
人によるんだろうけど、あたしはネットでリアルの話をしたくない派の人間。
そしてリアフレで幼馴染みのリサが現実の話をしだすと、周りで聞いていればすぐにあたしたちが現実での知り合いだと察することができるレベルの内容になる。
なので少なくとも他のプレイヤーがいるエリアではリアルの話はするなと毎回言っているのだけど、直る気配がないから困った。
そこまであたしたちのリアルに興味ある人間なんて居ないでしょって話でもあるんだけど、そんな人間の有無に関係なくあたしはリアルとネットは区別したい人種なのだ。
こういうところが直らないから結婚を誘われてもする気にならないのよねー。
まあそれは一因で、もっと大きな要因もあるのだけれど。
「どっちにしろ、リサと結婚するのは無いわね」
「なんで私急にフラれたの!?」
なんて声が通りに響いた。
まあこの数日後には、同じベッドで寝てたりするんだけど。
☆次回、ドキドキ同衾!
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