第4話 ゲームマスター
「真道くんは頭がいいみたいだね」
突然後ろから聞き覚えのない声がした。
不意の出来事だったから、体を震わせてしまった。
少々恥ずかしい気持ちを抱えながら、同時にある疑問も覚えた。
どうして、僕の名を知っているんだ?
そう思った瞬間に体から変な汗が出てき
た。この妙な胸騒ぎはなんだろう。
まるでこの人に全てを見透かされている様な、そんな嫌悪感が体中に巡っていた。
「誰だ、お前は」
「私はこの世界の創造者。ゲームマスターとでも読んでくれたまえ。」
黒い、人間の形をした不気味な物体。
顔のパーツも無く、人間的な要素を全体的な形以外で判別できない。
どこから声を発しているのかさえも分からないから、はっきり言って気持ちが悪かった。
「早く僕らをこの世界から出せよ」
「はははっ。それは無理な話だ。出たきゃ自分たちの力で脱出してみろ」
大笑いするそいつに、無性に腹が立った。でも何となく想像がつく、そいつに歯向かったらどうなるか。
「ふざけんなよ、何で閉じ込められなきゃいけられねえんだよ」
司令塔が声を上げる。憤慨という様子でゲームマスターを睨んでいた。
僕はそいつの顔を見て『抵抗するな』という意味を込めて首を横に振った。
「ったく、仕方ねえな」
「察しがいいようで。この世界は俺が仕切っている。俺が望むものは何だって叶うのさ」
「だから大人しくしたがっておいた方がいいぞ、死にたくなかったらな」
僕はそいつの一言で、僕らの立ち位置を何となく把握した。
「ここはどこなんだ」
「それは内緒だ。自分達で当ててみたまえ。まあ、当てるのは無理だろうね」
ゲームマスターは高笑いしながら言った。僕の憤りの感情が徐々に大きくなっていく。いずれ爆弾のように我慢の限界を迎えるだろう。
しかし僕の気持ちとは裏腹に、ゲームマスターは神経を逆なでするような話を続けた。
「脱出方法を教えてくれとかほざくなよ。敵が教えてくれるのは作られた話の中だけだ。現実っていうのは甘いもんじゃねえからな」
目がカッと見開かれて、口角は上がっている。
もしゲームマスターに顔があればそんな表情を浮かべていただろう。
こいつには近づいてはいけない、僕の本能がそう叫んだ気がした。
「……おっと、取り乱してすまない。とにかくだ、ここから出て行きたきゃ、自分たちで方法を見つけるんだな」
全員が押し黙った。
その気迫に圧倒された僕らは言葉を失い、同時に感情を失っていた。
全員が思考を止めてゲームマスターに耳を傾け、どこか心に訴えかけるような魔法に感情をコントロールされたようだった。
そしてただ一人を除いて僕らは足並みが揃った。
「なんでそんな事を、この社長の息子である私がやらなくちゃならないのさ」
眼鏡をかけたワックステカテカの気弱そうな男は、弱々しくそう叫ぶと青ざめた顔つきで教室から逃げ出していった。
「あっ、おい待てよ……」
僕はそう制止したが、時すでに遅し。
絶望の言葉を何度も口にしながら、転倒を繰り返し足取り重く廊下へ走っていった。
やばい、このままじゃあいつの命はない。
別に確証があった訳ではなかった。
もしかすると、僕の感覚的な考えだったのかもしれない。
僕はそう心で呟くと、正面にいたゲームマスターがおもむろに言った。
「気づいたんだね、真道くんは」
「心を読んだのか……」
僕が言うと、ゲームマスターは見下したように言った。
「まあね、とりあえず立場的には神と同じだから。一通りのことは出来るのさ」
という事は、ゲームマスターへの直接攻撃は一切できないという訳だ。
僕らが腹いせで手を上げても、魂胆を見透かされてゲームオーバー。
逆に返り討ちに合うだろう。
そんな新たな恐怖感を抱いた僕に、ゲームマスター重ねて尋ねた。
「何で、気づいたのか教えてくれるかな。」
「あれだけ心に隙のある人間が、この残酷な世の中で生きていけるわけがない。飲み込まれるのがオチだ……」
そして僕の目の前でそいつは、僕の予想通りの展開になっていく。
地面から突如出現した真っ黒い渦に飲み込まれて、一瞬のうちに消えていった。現れたのはおどろおどろしい『黒い手の数々』だった。
それに捕まった金持ち息子は為す術もなく、怪異的な力で引きずり込まれた。
「助けてくれよ。死にたくない……、俺は死にたくなよ。誰か……、誰かー……!」
「哀れなやつだな……」
司令塔がポツリと呟く。その端的な一言が金持ち息子の状態を上手く表せているような気がした。
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