第10話 高知要は桜庭佳南の為なら
夏の太陽が沈むのは随分と遅い。
まだまだ夕陽ですら無い。
炎天下と表現して差し支えない日差しの中、俺はひた走る。
シャツが張り付いて気持ち悪くても止まれない。口の中が血の味で満ちてもだ。
一体何の為にこんな走ってんだろうな。
協力関係だからって、これ結構損してね?
まぁでも仕方ない。そう仕方ないんだ。
あいつは俺に似てるから──
「……ハーッ……ハーッ……!!」
汗だくの俺が着いたのは、最近出来た巨大なショッピングモールから少し離れた位置にある遊具もない小さな公園だ。
人の気配はない。
たった二人の男女を除いて。
「どうしたの……?要君……」
「汗だくじゃないですか……」
今にも倒れそう俺を見て心配そうに駆けよって来る倉橋君と七宮さん。
そう、二人がこの近くをデートすると電話口で言っていたからわざわざここまで走って来たのだ。
マジで疲れた……。
二人はどうやら自転車で来たらしい。俺もチャリ通に変えようかな。でも保険とか面倒だしなぁ。
……あぁ駄目だ、疲れすぎて頭の整理がつかん。
「ゼェ……ちょ、ちょっと待って……くれ。今、息を整え……ハァッ……るからっ……」
『は、はい……』
……情けなさすぎるぞ、俺……。
※
「それで、どうしたの?」
俺が公園についてから早10分。
ゼェゼェ言いながらもようやく落ち着きを取り戻した俺は、現在倉橋君と七宮さんと向かい合っている。
ショッピングモールから少しだけ離れたこの場所に人影はなく、大小様々な建物に囲まれているおかげで死角も多い。
俺にとって都合の良い場所でもあった。
「急に呼び出してごめんな。せっかくのデート中だってのに」
『デッ……!?』
「ん?」
昼休みの時も思ったが、この二人反応がイチイチうぶと言うか……。
もしかして、まだ付き合ってないのか?
あんなにイチャついてたのに、マジかよ。
「あ、あの高知君……あんまりからかわないで頂けると助かるのですが……」
「……すまん」
「その、私達はまだ男女のお付き合いをしている訳では無いんですから……わ、私はいつでも良いのですが……」
七宮さんが赤くなった顔で倉橋君を横目で見ると、彼も同じように顔を赤くした。
「ちょ、エミちゃん……!」
「ごめんなさい、でも、本当に待ってますから。あの女に植え付けられた傷が癒えるまで……」
「……ごめん」
「倉橋君は悪くないです。全部……全部あの女が悪いんですから……!」
そう言った七宮さんは体の前で組んでいた手を、ぎゅっと握り締めた。
ほんと、筑波も言ってたけど主人公とヒロインみたいだな。
そして俺はそんな二人の邪魔をするモブ、もしくは敵の一人か?
笑えない、そう本当に笑えないんだよ。
だって、だったらこの二人のラスボスは佳南って事だろう?
あいつはどう考えたってそんな玉じゃない。
良いとこ悪役令嬢くらいじゃないか?
あれ、ならやっぱラスボスか?
まぁ何でも良いか。俺から観測出来る、あいつが俺に観測させる佳南は少なくとももっと単純な女の子だ。
腹黒い打算も出来なくて、真っ直ぐにバカをやらかしてしまう、そんな女の子。
だって普通追い込んで傷付けたら自分しか見れなくなるなんて、思ってもやらない。
あいつ、バカ過ぎんだろ。マジで。
でもそこに黒い思想は一切無いんだ。
方法は間違っていた。発した言葉も間違っていた。
それでも、悪意だけは無かった。
俺の……どっかの幼馴染みとはえらい違いだ。
だってあの幼馴染みには情状酌量の余地なんて存在しないから。
だから俺はまだ佳南には最後のチャンスがあっても良いと思う。
きっと倉橋君や七宮さんにはこの気持ちは伝わらないだろう。
被害者なんだ、当然だろう。
佳南も、俺だってそんな事分かってる。
──それでもだ。
「倉橋君、俺は君から幼馴染みの愚痴を沢山聞いたな。そんで俺も俺の幼馴染みの愚痴を言った。俺達共通点多いよな」
「そ、そうだね。そう言えば要君は僕の感想を聞いてどうするか決めれたの?」
「……そうだな」
俺は一瞬下を向き掛けたが、すぐに視線を戻した。
そして今、俺の心の一番手前にある幼馴染みへの気持ちを口にした。
答えは出せてない。ただ、湧いてくる感情が一つだけある。
「全然駄目だわ俺!やっぱまだマナには許せる部分がどっかにあるんじゃないかって思ってる」
「大丈夫なの……?」
「……大丈夫さ。恨みもあるし、絶対あいつには報いを受けさせてやる。でもこんな矛盾した気持ち、答えとは言えないだろう?」
「そう……だね。ごめん、僕には正直ちょっとわかんないや。やられた分やり返すのは駄目なの?」
「……」
そうだろうな。きっと倉橋君には分からないだろう。
君は心の奥底から幼馴染みを恨んでた。
俺だってそうだ。
でも俺達は決定的に違う部分がある。
俺はそっと七宮さんに視線を向けて微笑んだ。
「……倉橋君にはヒロインが居るからな。守るものがある奴は中途半端は出来ないだろ?俺は違う。迷って苦しんで、うじうじと悩んでから結論を出すよ」
「大変じゃない……?」
「あぁ……」
この3ヶ月、もう十分に苦しんだ。
未だ俺は苦しみ続けている。
それでも俺は昨日神様に出会ったんだ。
そいつは俺よりも頭が良いのにバカで、マヌケでアホで。
でもそいつは俺の涙を掬ってくれた。受け止めてくれた。
だから俺はそいつを助けてやりたい。
守りたい訳じゃない。俺もあいつを拾ってやりたんだ。
「えと……用って感想の感想を伝えに来るためだった?」
倉橋君達はわざわざ自分達の時間を割かせてまで呼び出した俺に、そろそろ不信感を抱いている様子だ。
お前が俺に感想の感想を求めて来たくせにとも思ったが、それは堪えて俺は本題に入った。
「いや、本題は今から言う事にある」
「はぁ……エミちゃんも居てて良いの?」
そういう気遣いは出来るんだなこいつ。
「大丈夫、むしろ居てくれないと困る」
「分かった。それでどうしたの?」
……いよいよ来たか。
はぁ……ヤだなぁ……絶対このエミちゃん怒るもん~……。
でもやるしかないんだ。
「倉橋君、七宮さん。俺の用は一つだ。どうかもう一度だけ佳南と話をしてやって欲しい」
『……!』
二人は驚いた様子で顔を見合わせた。
「そ、それは……どうして……!?」
「そうですよ……もしかして昼休みにそんなお話をなさっていたんですか……?脅されて倉橋君と話をさせて──」
「──あいつがそんな事する訳ないだろ」
『……』
俺は思わず強く拳を握り締めていた。
爪が食い込んだ痛みでそれに気付く。
大体連れ出したの俺だぞ?
そうも佳南を悪者にしようとしなくても──
俺は酷く、そう酷く嫌な予感がした。
まさか、あのDMは七宮さんが……?
……いや、だとしても仕方ない。
やり過ぎだとは思うが佳南に文句を言う権利はない。きっと彼女自身もそう言う。
それよりも、だ。
「どうしても駄目か?あいつはもう一度だけ話したいって言ってるんだ。倉橋君を追い込みたい訳じゃない」
「……もう一度だけ……か」
「! そうだ。あいつに謝る機会を与えてやってくれないか。頼む……!」
倉橋君は俯いて、きっと色んな事を考えている。
彼からしたらもう昨日にケリを着けた関係だ。
乱入してきた部外者が延長戦をしているのと変わらない現状に、彼はかなり頭を悩ませていた。
だが、倉橋君の思考が整い終わる前に隣の七宮さんが口を開いた。
「……駄目……駄目ですよ……そんなの……許可出来ません……!!」
「七宮さん……」
彼女は瞳を潤ませながら俺を強く睨んだ。
「あの女は倉橋君を……私の大好きな人をずっと傷付けて来たんですよ!?それなのに……そんなの都合が良すぎますよ!!倉橋君は入院までしたんです……!今さらもう遅いんですよ!!!」
「……」
七宮さんは
「大体あなたはどういう立場なんですか!?もしかして本当にあんな女が好きなんですか!?だったらそっちはそっちで仲良くやってて下さいよ!!あなた達の罪悪感の精算に、これ以上私達を巻き込まないでっっっ!!!」
「……」
至極真っ当な意見だと思う。
だからこそ言い返せない。
お前らがやる、言う、全ての事は肯定される。
だって全部佳南が悪いから。
息が切れたのか、七宮さんは肩で呼吸をしている。
そんな彼女の体に手を回し「ありがとうねエミちゃん……」と言った後、倉橋君は俺に苦笑いを向けた。
「……ごめん、要君。本当は君の頼みは聞きたいけど、さすがにエミちゃんに悪いから……本当にごめん」
「……」
結局、佳南の願いは届かなかった。
あいつのたった一つ、だけど一番叶えたい願いはな。
てかどういう立場って、なんか昨日も似たような事言われたなぁ。
なに、俺ってそんなモブっぽい?
普通に友達も居るし、顔だって別に普通だと思うんだけど。
あ、特徴がないって事か。筑波と同じじゃん嬉しい!
……はぁ、そんなモブが物語の主役である二人を動かせる訳ないか。
佳南はきっと気持ちに踏ん切りが付けられないまま日々を過ごして行くだろう。
周りから蔑まれて、一人ぼっちで。
そしてそんな彼女に手を貸す俺も、その内友達が居なくなるんだろうなぁ。
はっ、ほらな、信用出来ねぇ。
俺が信じられるのは両親と自分自身。
──そしてもう一人だけだ。
あのDMが来てから話は出来てないが、少なくとも俺はあいつがあんな事する奴じゃないって信じてる。
だってあいつは俺なんかの話に涙を流せる奴だ。
優しく抱き締めてくれる奴なんだ。
そんなの放っておけないじゃないか。
別に俺には失うものはない。
もう、一番傍に欲しかったものは全部失ったから。あれ、俺カカ○先生みたい。
……こうやって軽口を言えば良い塩梅で返してくれる奴を俺は失った。
一番大事だった。一番好きだった。
3ヶ月もうじうじ悩むくらいに。
そんな俺に出来る事。
卑怯で、同情を誘い、後味の悪いやり方だ。
佳南は怒るかも知れない。
だから人気のない場所は都合が良かった。
間違っても佳南が現れる事はない。
唯一来そうだった筑波も置いて来れた。
この話が広まる事はない。
広まれば、どっちに転んでもこいつらの悪評も広がる。
同級生に
そしてこれは最後の手段だ。
これで駄目なら本当にもう無理だ。
出来れば切りたくなかったカード。
俺は主人公じゃない。そんなカッコ良く、躊躇なくは出来ない。
でも……それが佳南の為なら。
俺を救ってくれた優しい女の子の為になら、俺だって主人公に噛み付く悪役令嬢の傍付きくらいにはなってやる──
俺はそっと姿勢を下げ、地面に膝をついた。
『!』
額を出来得る限り地面に擦りつけ、手はそっと顔の横に置いた。
人生で初めてする。冤罪を擦り付けられた、あの口紅を置いていた店に謝罪に行った時ですらしなかった。
──誠心誠意、俺が出来る全部を込めた土下座。
「お願いします。あいつは君らが思うあいつより、ほんの少しはマシな奴なんだ。倉橋君も俺の幼馴染みの話を聞いたろ?あんな奴よりも随分マシなんだ。酷い事をしたろう、言ったろう。でも、最後のチャンスくらい与えてやって欲しい。俺に出来る事なら何だってする。だからどうかこの通りだ……どうかお願いします……!!」
しばらくの間、二人は何も言わなかった。
その間もずっと俺は姿勢を保ち続けた。
決して崩す事だけはしない。
これ以上俺に出来る事はないのだから。
随分長い時間が経ったように感じた。
でもきっとそれは僅か数瞬で、佳南の願い届くようとずっと祈っていたからそう感じたんだ。
七宮さんが静かに呟いた。
「……ずるい……です。私達……ずっと耐えて来たのに……やっと解放されたって思ったのに……そんな事されても……」
「そこを曲げて頼む。ほんのちょっとの時間でも良い。あいつに時間を与えてやって欲しい」
「……っ」
二人の表情を見る事が出来ないから、感じ取れる情報は少ない。
だが七宮さんに迷いが生じているのは確かだろう。
畳み掛けるように俺は続けた。
「そんなに悪い話じゃないとも思う。最後に話し合って、そこで倉橋君がフればあいつも諦める筈だ」
あいつはそうなる事を分かっていた。
言われなくたって分かるさ。何故だかな。
「都合が良いのも卑怯なのも全部分かってる。だけどどうかっ……!」
「……顔を上げてよ。要君」
「……!」
倉橋君が頭を下げ続ける俺の肩に優しく手を置いた。
俺はそっと頭を上げて倉橋君の顔を覗き込んだ。
「君が本気であの女を──佳南ちゃんを好きになっちゃったんなら仕方ない。僕への想いを断ち切らせるよ」
……ん?
「きっと僕の話を聞いて興味が湧いて近付いちゃったんだよね……本当ごめんね。そこまで言うなら僕ももう一度だけ向き合うよ。他ならない友達の恋の為だ……!」
……おーっとぉ……?
昼休みに本当に余計な嘘をついたせいでなーんか妙な勘違いをされてるよーな……?
俺、佳南に恋したから、元カレを引きずってるあいつの気持ちを断ち切って欲しいとか頼んでる訳じゃないんだけど……
あ、七宮さんも少し残念そうな顔をしてる。
こいつ……そんな所まで主人公しなくて良いんだよ!!イマドキ鈍感主人公なんて流行んねぇぞ!?
ったく、ある意味お似合いだったんじゃねぇの佳南とさ。
人の気持ちが分からない奴と鈍感な奴とでさ。
「任せてよ要君!君も幼馴染みを忘れようとしてるんだよね!その努力、絶対無駄にしないから!!」
どんな結末だよこれ……俺土下座までしたってのに……。
結局佳南が最初に言ってた『わ、私と付き合って欲しいのっ……!』って奴と似たような結果になってしまった。
まぁ良いか。何はともあれ、これで佳南の願いは叶うだろう。
俺は立ち上がらせようとしてくれた倉橋君の手を取り、嫌味を込めて口元を歪めた。
「それでこそ主人公様だよ」
「へへぇ照れるな」
誉めてねぇよ。
さーてと、ようやく終わったぞ……
俺が二人に「邪魔して本当に悪かった。話し合いの日にちはまた連絡するよ」と言ってその場を去ろうとした時だった。
「待って下さい」
「七宮さん……?」
彼女はきっと視線をきつくして俺を睨む。
表情がクールな奴のそれ、心臓によろしくねぇんだよ……。
「私は絶対許しませんから。佳南さんも、あなたも。卑怯な手段を取った事、忘れませんよ」
今にも泣きそうな顔をする七宮さんに、少しだけ同情する気持もある。
だけど俺はもう佳南に協力するって決めてる。
それに、一つだけハッキリさせておかないといけない事がある。
「卑怯な手段はお互い様だろ。SNSでの嫌がらせは履歴が残るから気を付けろよ」
「……え?どういう事ですか?」
それは本当に分からないという顔をしていた。
演技かどうかを見分けるには、俺は彼女を知らなすぎる。
だが──
「ま、まさか──わ、私、誓ってあの怪文書のような事はしません!」
「そうだよ要君。彼女、ストーリーの上げ方さえ知らないくらい機械音痴なんだ」
「……」
きっと嘘は言っていない。
だったら……あれは……。
「悪い。俺犯人探しで皆にこんな感じで聞いて行こうと思ってたんだ。またジュースでも奢るから許してくれ」
「……28人分、用意しておきなさいよ」
「りょーかい」
おい、敬語はどこいったんだよとは言えず、俺は公園を跡にした。
ちなみにうちのクラスは30人。まさかのうちのクラスに犯人は居ないと思ってやがる。
クラスの全員への聴取、これに関して俺は本気でやるつもりだった。
だが俺には心当たりがあった。
陰湿なやり方で人を追い詰める。
証拠が残ろうが罪を犯そうがお構い無しのやり方。
どういうつもりかは知らない。
だがたった一人、思い出したくもない奴の顔が俺の頭にこびりついて離れなかった。
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