第8話 暗雲はいつでも彼女と共に
「……って……め……!」
「……」
教室を出た俺達は昼休みで少々賑やかな廊下を早足に歩いていた。
他のクラスへ噂が広まっているのか、それとも学校中で可愛いと言われる佳南が目立っているのかは定かではないが、俺達が歩いていると少し視線を感じる。
早く落ち着ける所に行きたいんだが、この校舎で2人きりになれる場所なんてほとんどない。
だが俺には一つだけ知っている場所がある。
俺が1年の頃、幼馴染みとよく使っていた場所だ。
2年になって来る事は無くなったが、今日だけはあいつが幼馴染みで良かったと思う。
「……め……てば……!」
「……」
Fクラスからかなり離れた、旧生徒会室。
校舎の奥に用意されたこの場所はマナが生徒会役員であった為に自由に出入り出来ていた。
鍵はいつも開きっぱなしで、一度入れば内側からロック出来る為、完全なプライベート空間へと変わる。
当然今は使われていないから誰かが入って来る心配も無い。
言ってみれば教師も知らない秘密の場所だ。
この場所を知ってたのも生徒会でもマナだけだったらしいし。
俺はようやくたどり着いたこの場所のドアに手を掛け、一応誰も中に居ない事を確認した。
そしてそのまま佳南と一緒に中に入り、鍵を閉めた。
「ふぅ……」
何故か冷や汗をかいていた俺は、空いていた左腕で額を拭った。
そして佳南の方を振り返ると、
「ねぇ!ずっと呼んでるんだけど!?」
「えぇ!?」
何故か佳南がご立腹だった。
んだよこいつ……せっかく人が気を利かせてやったってのに。
俺が一つ文句を言ってやろうと口を開け掛けた時だった。
「……腕、ちょっと力強いんだってば……」
「え……?」
「……もっと優しく掴んでよ。なに怒ってるのよ……」
……そうだ。Fクラスからここまで、ずっと佳南の腕を掴んだままだった。
「わ、悪い」
「……ううん」
俺がパッと手を離すと、佳南の右腕には少し赤く跡が残っていた。
俺は無意識に力を入れてしまっていたのか……。
「……どうしたのよ。あんたが怒る事じゃないでしょ」
「別に怒ってなんかは……」
「……ありがと」
「え?」
佳南は俯いて表情を隠した。
微かに体が震えているように見えるのは気のせいではないだろう。
「分かってた事だけど……やっぱ……ちょーっとキツかったや……はは……」
無理をしたように笑う佳南。
昨日よりも痛々しいその姿に、思わず目を逸らしてしまう。
「か、佳南……俺もさすがにあの空気は──」
何か言わなきゃいけない。
そう思って絞り出した言葉だったが、佳南はそれを遮った。
「──やめて。慰めないで。私にそんな資格ないから」
「……っ」
俺は思わず息を飲んでしまう。
自分がしようとした浅はかな行為で、かえって一人で頑張ろうとしている女の子を傷付ける所だった。
……強いな、お前は。
「……でも、ここに連れて来てくれたのは本当に感謝してるから。さすがにボッチ飯とか自殺しそう……」
「それ、冗談……?」
「ふふっどっちでしょ」
「どっちでもいーよ。お前が自殺するなら止めるか一緒に死んでやるよ」
「それ、冗談?」
「どっちだろーな」
「む……」
ようやく軽口を言い合えるくらいには元気になったようだな。
さてと、だったらさっさと飯を食っちまおう。
「佳南、そこの机持って来てくれ。早く飯食おうぜ、俺腹へってそれこそ死にそうだったんだ」
「え?要、一緒に食べるの?」
「え?違うの?」
お前は俺が教室に帰ると思ってたのか?それじゃ結局ボッチ飯じゃねーか。
俺が当然だろって感じで聞き返すと、佳南は少しだけ微笑んで部屋の隅にあった机を持ってきてくれた。
「……ほんと、バ要なんだから」
「おい」
何の意趣返しだよ。ったく。
※
私の心強い協力者高知要が、入った事のない旧生徒会室?に連れて来てくれてお弁当を食べ終わった頃、彼が「あっ」と声を上げた。
「なぁ佳南。お前結局倉橋君とどうするんだ?」
いやどうするも何も仲直りしたいんだけど……。
それが難しい事は分かってる。
ただ今回要が聞いて来たのはそういう感情的な話ではなく、具体的な方法面に関してだった。
「クラスの連中はお前が完全に悪いと思ってるようだし、いや実際そうなんだけど……とにかくお前を嵌めようとしている節がある。正直、この状況で倉橋君と話すの厳しいんじゃねーかな」
「……」
……陸君はそれ程までに私を恨んでたって事だよね。
昨日、家に帰って寝るまでずっと考えてたんだ。
そんなに相手の自信を失くして、自分だけを見て貰うのってダメなのかな?って。
小さい頃から私は頭が良かった。
成績はいつだって学年の1位2位を争うくらいには。
友達も多かったよ。なんで陸君みたいな地味な奴と付き合ってるのって聞かれる事もあったっけ。
陸君は前髪で隠していたけど──隠させてた訳だけど──顔は抜群にカッコいい。
性格だって優しくて、何だが庇護欲をそそるような人だ。
そんなのモテるに決まってるし、悪い女に取られるくらいなら、周りに悪い印象を与えて守ってあげる方が良い。
中学の友達に一度それを言ったら死ぬほど引かれたっけ。
何でそんな反応をされたのか、教えてくれなかったし理解出来なかった。
だって超好きな人だよ?独占したいじゃんか。
……だけど、それは私の自分勝手な想いだったんだよね。
私は彼が精神的な理由で入院する程追い込まれていてもなお、「あ、ならそのまま一人の方が良いよ!陸君はダメな人だから(私が居なきゃダメなんだから)」とか言ってた気がする。
……言葉足らずだったんだろうな。
昨日要や陸君に言われて、ようやくそう思えるようにはなった。
きっと、要が居れば私はもうちょっと人の気持ちが理解出来る気がする。
だから要に協力を求めた。
だけどそれには時間が掛かると思う。
正直間に合わないって分かってる。陸君には陸君を傷付けないで好いてくれる人が出来たらしいから……。
それでもせめて謝りたい。
謝って済む事じゃないのは分かってる。
これがただの自己満足だってさ。
でもそうしないと前に進めないの……諦め、られない……。
だから私は──
「諦めないよ、要。きっかけは何だって良い。お願い、私と陸君に二人きりになる時間を用意して欲しい」
「……そうか」
要は自分の手元を眺めて少し間を置いた。
今いっぱい考えてくれてるんだよね。
ううん、もしかしたら昨日帰ってからもずっと。
本当に変な奴。大好きな人の事は分からないのにあんたの事は分かっちゃう。
本当……変な奴……。
「はぁ……やれやれ……」
「!」
要はひとしきり思考をし終えたのか、ため息をつきながら私の方を見た。
「お前との縁は昨日から始まったばかりで、繰り返しになるけど全然同情はない」
「……うん」
な、なんなの、ちょっとカッコいい言葉期待してたのに……まだ私を追い詰めるの!?この鬼!
心の中で悪態をついていると、要は「だけど」と続けた。
「俺はこの妙な縁を大事にしたいと思ってる。お前は俺の協力者だからな。損得勘定したら得ってのもある。だから──」
要は何故か照れたように顔を赤くして、私から視線を逸らして髪をかきながらぶっきらぼうに言った。
「……俺に任せろ」
「……」
それはとても頼りになる言葉だった。
それはとても心強い言葉だった。
それは──
「……あり……がとう……!!」
「……! まだ胸は貸さないぞ」
「いらない……わよ、バ要……!」
「なら早く止めろよ。せっかくの美人が台無しだぞ」
「う、うるさいわね……」
私は溢れてくそれを必死で抑え、全力でこすった目を要に向けた。
「戻ろう……!方法は全部要に任せるから……私に気を遣わないで良いからね」
要は一人になった私の同情を誘うようなやり方を取るかも知れないからね。
正直それ以外陸君を連れ出す方法は無いだろうし。
「……ま、あんま心配すんなよ」
「……うん。信じてる」
「! ったく……俺を信じてくれるのは両親だけだと思ってたよ」
「あんた友達多いんでしょ。そんな事ないんじゃないの?」
「クラスが変わったら話さなくなるような奴らに信じてるとか言われてもなぁ……」
「あんたいい性格してるわね……」
※
俺達は弁当を持って旧生徒会室を出た。
昼休みも終わりを迎えようとしている為に、廊下にはほとんど誰も居ない。
行きしなとは違い、穏やかに教室を向かえたのには正直ホっとしている。
佳南には少しでも心労を減らして欲しいからな。
「あー……憂鬱~……」
「そこはもう頑張ってくれよ。お前が悪いんだから」
「もう!分かってるわよー……」
そうして俺達が教室に着こうとした頃、ポケットのスマホのバイブレーションが鳴った。
どうやら佳南の方にも着信があったらしく、俺達はお互いにスマホを手に取った。
俺の着信は倉橋君からで、何やら訳の分からないメッセージが送られていた。
『要君大丈夫!?佳南ちゃんに酷い事されてない!?』と。
「……何言っとんのじゃこいつは……」
俺はすぐにでも面と向かって話せるしと思い返事はせず、佳南の方を見た。
「佳南、良いか?教室に──」
「……なに……これ……」
「?」
隣の佳南の様子が何やらおかしい。
変なメッセージでも送られて来たのだろうか。
「どうしたんだ?」
「要……やばい……私……」
「……?ちょっと見せてくれ」
俺は佳南のスマホを手元に引き寄せ、通知を開く。
見てみると佳南がインストールしているSNSに、捨て垢っぽいやつからのDMが届いていた。
そこにはニコニコと笑うスタンプと共にこう書かれていた。
『桜庭佳南は援交好きで性格も粗暴だから近付かないように!#皆でこんな奴は排除しようキャンペーン実施!!#ストーリーで回せ』
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