ただひたすら剣を振る、賑やかな朝のひと時を過ごす。(2)
「今日もレイネさんのオムレツは美味しいな」
「フフンッ。当然でしょ」
「……いや、どうしてお前が得意げなんだ。リリアン」
俺たちは四人で円卓を囲み、リビングで朝食を取っていた。
「すまないレイネ君、そこのソースを取ってくれないか」
「かしこまりました」
レイネさんは茶色い液体が入ったガラスの小瓶を持ち上げ、
「どうぞ。ジェシカ様」
斜め前に座るジェシカさんに恭しく差し出した。
「リリアンお嬢様、こちらを向いてください」
「え? どうしたのレイネ」
どこからか取り出した白い
「や、やめてよ。言ってくれれば自分で拭いたのに……恥ずかしいわ」
「これも私の仕事ですから。譲れません」
平坦な口調でレイネさんが言う。今日もシックなメイド服が似合っていた。
出会った当初は口数も少なく目つきが鋭いので怖い人なのかと怯えていたが、優しいお姉さんだということを今は理解している。
そして朝食を済ませた後、職員会議に出席するジェシカさんを三人で送り出し、
「ジェシカさんも大変ね」
「学院長も楽じゃないよな」
俺たちはリビングでティータイムを楽しんでいた。
美味しい紅茶を淹れてくれたのはレイネさんだ。
「ねぇ、レイネ。あなたも突っ立っていないで、座って一緒に飲みましょうよ」
「しかし……」
「いいから!」
手を引かれ、強引に座らされるレイネさん。
「では、いただきます」
遠慮がちにティーカップに口をつけるレイネさんを見て、
「ふふっ」
リリアンは嬉しそうな顔をしていた。
この二人は本当に良い関係を築いている。貴族は従者に対して冷たい印象があったけど、みんながみんなそうじゃないんだな。
「リリアンお嬢様、そろそろお時間です」
レイネさんは立ち上がり、隣に座る主人に視線を送る。
「わかったわ」
と頷いて、リリアンも椅子から腰を上げた。
「忘れ物はございませんか?」
そう尋ねながら、リリアンの乱れた制服を正す。手慣れたものだ。
「大丈夫よ。じゃ、ギルバート。あたしは先に行くわね」
「ああ。またあとでな」
「いってらっしゃいませ」
屋敷の玄関で、リリアンを見送る俺とレイネさん。
同居していることは秘密なので、少し時間を置いて登校している。
学院の生徒たちにバレたら面倒なことになるからな。間違いなく。
「リリアンって昔からああなんですか?」
「ああ、とは?」
「いやあの、悪い意味ではないんですが、あんまり貴族のお嬢様っぽくないなと思って」
「ギルバート様といる時は――そう見えるかもしれませんね」
「…………」
「…………」
シーン、と。気まずい沈黙が流れる。
リリアンが一緒にいる時は問題なくレイネさんと話せるが、二人きりだと会話が弾まない。
何とも言えない空気に耐えられなくなり、横目でこっそり彼女の様子を窺う。
すると――
「っ」
何故かレイネさんはジッと俺の方を見ていた。
ばっちり目が合い、変な声を出してしまいそうになる。その直後のことだ。
「……え?」
レイネさんが俺の手を掴み、自分の丸みを帯びた膨らみに引き寄せた。
「んぅ」
レイネさんが小さな嬌声を上げた。無表情がわずかに揺らぐ。息遣いが熱っぽい。
ようやく我に返った俺は、大きく一歩、跳び下がる。
「レ、レイネさん!? どうしたんですか急に!」
カーッと熱くなった顔で、レイネさんに叫ぶ。声が上擦ってしまった。
しかし、
「……ふむふむ。私の胸で性的興奮はしているようですね。問題はなさそうです。となると、どうしてお嬢様のお体に興味を示さないのでしょうか。いや、あるいは……」
レイネさんは俺のことなど無視してメモ帳に何かを書いていた。声が小さすぎて呟いている内容は聞こえない。
「……あの、レイネさん聞いてます?」
「おや、まだいたのですかギルバート様。ゆっくりしている余裕はないのでは?」
開いた懐中時計を俺の眼前に突き出してくる。時刻はすでに八時を回っていた。
「まずいッ。ホームルームに遅れる!」
玄関のドアを押し開けた俺は、後ろを振り向いて、
「すいませんレイネさん、屋敷の戸締りお願いします」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、ギルバート様」
「いってきます!」
言うが早いか慌ただしく屋敷を飛び出した。
話をはぐらかされてしまったが仕方ない。遅刻するわけにもいかないからな。
「それにしても柔らかかった……いやいや! 俺は何を考えてるんだ」
赤くなった頬を自分で叩いて先を急ぐ。
手のひらに残るレイネさんの感触を、俺はしばらく忘れることができなかった。
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