ただひたすら剣を振る、試験官との模擬戦に挑む。(2)

 吸い込んだ息を吐きながら丹田たんでんに力を入れる。



「先手は譲ってくれるみたいだな」



 剣をゆるりと眼前に構え、俺は口の中だけで呟いた。

 視線を前方に向ければ、お爺さんは身動き一つせず、ジッとこちらを見ている。



「はぁ――ッ!」



 総身に魔力をみなぎらせ、それを剣にも付与させた。


 ドクンッ、と。


 金色の魔光波オーラが胎動し、炎のように燃え上がる。



「行きますよ」

「うむ」



 睨み合ったのも束の間、俺は地を這うように駆け出した。

 数メートルの距離を一瞬で詰め、振りかざした剣を叩きつける。

 だが、



「どうした。君の力はこんなものではないじゃろ?」



 俺の一撃は涼しい顔で受け止められた。

 底知れぬお爺さんの実力に、俺は――笑っていた。



「まだまだ、これからですよッ」



 主導権は渡さない。流れるような六連撃を繰り出す。 

 呼吸をすることすら忘れ剣を振るう。

 その速度が、回転数が、上がっていく。


 激突、激突、激突。

 視界の端々で火花が舞い散る。


 苦しい。酸素が足りない。でも俺は攻めの手を緩めない。

 そして。



「っ……!」



 ついに俺の剣がお爺さんの体勢を崩した。

 手繰り寄せた絶好の機会。これを逃すわけにはいかない。



「アーサー流剣術――火剣ひけん・【裟斬華さざんか】ッ」



 言葉に気迫を乗せ、お爺さんを袈裟懸けに斬る。煌めいた刃が火華ヒバナを散らす。



「なッ!?」



 しかし、俺の斬撃は空を切った。斬ったのはお爺さんの残像だった。



「……これこれ。斬り合いの最中に気を抜いてはあかんぞ」



 ゾクリ、と。首筋が凍える。

 背後に気配を感じて、俺は咄嗟に振り返ろうと――



「両者そこまで!」



 その時、切れ味鋭い女性の声が、静まり返った第一教練場内に反響する。



「……そろそろ面接試験の時間ですよ」



 声の主はジェシカさんだった。

 いつの間にか観客席から飛び降り、すぐ近くまでやって来ていた。



「もうそんな時間か。時が経つのは早いのう。そりゃ儂も老けるわけじゃ。あっはっは」



 お爺さんは楽しそうに笑って、俺の首元に突きつけていた剣を引く。



「……俺は負けたのか」



 顔を伏せ、敗北に打ちひしがれる。悔しい。



「まだまだ若い者には負けんよ。じゃが、落ち込むことはないぞ、お主はすでにその歳で二十歳の頃の儂を超えとる」



 そんな俺の気持ちを察してか、お爺さんが優しく声をかけてくれた。



「断言しちゃる。お主は強くなるぞぉ」



 お爺さんは剣を肩に担ぎ、回れ右をして歩いていく。その先には剣の鞘が転がっていた。

 遠ざかる背中を見て、俺は両膝をつく。格の違いを痛感した。相手の実力を見誤っていたのだ。



「父上、大人げないですよ。彼はまだ十五歳なのですから」

「いやー、思っとったより強うてな。つい力が入ってしもうた」

「つい、で済む話ではありません! 私が止めに入らなかったら首が飛んでいましたよ。まったく……」

「むむ? あまりパパを見くびるでない。お前が止めに入らんでも剣は止めておったぞ」

「ほほう? それなら何故、私から目を逸らすのです?」



 ジェシカさんとお爺さんの会話を聞いて、俺は目をパチパチさせた。

 お爺さんが父上? パパ? そういえばお爺さんって何者……



「おおっ。そういえば自己紹介がまだじゃったな」



 剣を鞘に収め、お爺さんが俺の方を見る。



「儂の名はハウゼン・デトーリ。当代の剣聖じゃ。そこにいる娘のパパで、お主の父親エドガーの剣の師でもある。よろしくな」



 驚きを通り越して言葉が出ない。まさか俺の実技試験の相手が剣聖ハウゼン様だったとは。



「パパはおやめください! パパは!」



 と、顔を赤くして叫ぶジェシカさんを尻目に、俺は「は、ははは」と笑うしかなかった。




 ◆◆◆




「おお、師匠とやり合ったのか! で、どうだった息子よ」

「完敗だよ。まあ、楽しかったけど……」

「あんたが落ち込むなんて珍しいね」

「そりゃ落ち込むよ母さん。最後、ハウゼン先生の動きが全く見えなかったんだ。実力差を感じてる」



 家族で食卓を囲みながら、俺は今日のことを父さんと母さんに話している。

 ハウゼン先生に敗北した後、そのまま第一教練場で面接試験を受けた。


 面接官はハウゼン先生とジェシカさんのデトーリ親子。もっとも面接試験とは名ばかりで、二十分ほど雑談して終了になった。


 それからは再び受験生たちに合流して能力測定を受け、ジェシカさんに家まで送ってもらい、今に至る。



「ところであんた、筆記試験の話はまったくしないけど……どうだったのよ」

「ッ――げほっ、げほっ」



 意図的に避けていた話題を振られ、咳き込んでしまった。



「……その反応、やっぱりダメだったみたいね」



 母さんの冷たい視線が突き刺さる。言い訳をしようか悩んだ結果――素直に謝ることにした。



「ごめん」

「だーっはっは! まぁお前は特待生だ。それで不合格にもならんだろうし気にするな」



 気持ちの良い笑顔で親指を立てる父さん。

 だが、それを母さんが黙って見ているわけもなく、



「もとはと言えば、あんたが入学試験のことを忘れていたのが原因でしょうが! 笑うな!」

「ひぃ!?」



 喧嘩するほど仲が良い両親を薄目で眺めつつ、俺は食後の茶をすする。

 ……あっ、そうだ忘れてた。二人に言っておかなければいけないことがあった。



「父さん、母さん。俺、ハウゼン先生に剣聖を継がないかって言われた」 



 アーサー家の食卓に、数舜の間が流れる。



「息子よそれは本当か!? 剣聖を継がないかなんて、弟子の俺も言われたことないぞ!」

「ハウゼン様はずっと後継者を探してるってジェシカが言ってたけど……まさかギルバートが選ばれるなんて! さすがあたしたちの子どもね!」



 こうして、俺は入学試験をなんとか乗り切った。

 あとは入学式までに剣を振って振って振りまくり、ハウゼン先生に少しでも近づくために努力あるのみだ。



「ごちそうさま。じゃあ俺ちょっと素振りしてくるよ」



 勉強はまあ……なんとかなるだろう。俺が通うのはあくまで騎士学院。勉強よりも剣の腕が重要視されるはずだ。

 と、自分に言い聞かせつつ、俺は食後の腹ごなしに道場へ向かうのであった。

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